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連載
両手に花?
しおりを挟む「シン君。せっかくだから間引きした人参もあげませんか?」
「そうだね。捨てるのももったいないし」
小さな人参は人間でも生で食べられる。だが、グラスゴーたちの方が喜んで食べてくれそうだ。
人参は種から育てているので、大量に生えてくる。全部育てるわけではなく良い苗は残し、育成不良の若い苗は抜いてしまう。
ただ捨ててしまうのはもったいないし、喜んで食べてくれそうな相手がいるなら持っていくべきだ。
シンはエリシアとレニを連れて、傍目から見れば両手に花で厩舎へ向かった。
(そういえば、エリシアとどういう関係なのか聞いてくるのが増えてきたよな)
入学した当初もそうだった。その時は、レニと付き合っているのかと聞かれていたが。
レニはシンの護衛である。シンは強い加護を持つティンパイン公式神子。その肩書を隠し、学園に一般生徒として入学している。
対外的には平民だ。若いながらも優秀な人材だと、ドーベルマン伯爵家に目をかけられているから、学園に入学できたという形にしている。
なので、シンとレニはそれなりに仲がいいが恋愛感情は皆無。互いに男女の面倒ごとに巻き込まれがちなので、そういう方面が枯れ気味だ。
エリシアは偶然仲良くなった同級生。だが、彼女は辺境伯令嬢だし、婚約者探し真っただ中だ。エリシアは結婚条件に、貴族であることを前提としている。この時点でどうにもなる気がしない。
この世界の貴族の結婚観は、日本の晩婚化と大きく異なる。名家で優良物件ほど婚約が早く成立する。マルチーズは裕福でもない田舎の辺境伯家。しかも、少し前まで肥満体型だったエリシアは、かなり苦戦していた。
そして最近は、結婚相手の条件に趣味の乗馬(他の騎獣でも可)を入れている。今は痩せて綺麗になったとはいえ、なかなか良い相手がいないそうだ。
近寄ってくるのは訳あり物件ばかりで、エリシアも難儀している。
そんなこんなと思考を巡らしていくうちに、厩舎についた。
二頭の愛馬は、シンの姿を見つけると目を輝かせる。ついさっきまで、近くのグリフォンと「やるんかい、ワレェ」と睨み合いをしていたグラスゴーも、別馬のようにキューティーな眼差しを向けてきた。
「相変わらず、グラスゴーはシンを見ると態度が露骨に変わるわね」
呆れ交じりの嘆息をしたエリシアは、器を持ってくるとその中に勢いよく飼料米を入れた。豪快に入れたものだから、いくつか飛び散ってシンの足元に落ちる。
これは絶好のチャンスである。
そうっとそれを拾い上げ、まだ籾に包まれたままの米を拾う。
「脱穀したほうが良かったかしら? でも、あれって結構重労働なのよね」
米を二頭の前に置いたが、怪訝そうに鼻を近づけてなかなか食べない。その様子に、気づいたエリシアが呟いた。
この世界の脱穀機は機械化されていないから、かなり原始的だろう。
このままだと食べないのだろうかと様子を見ているエリシアに、レニも心配そうに近づいていく。
シンは二人が愛馬たちに意識が行っている隙に、籾を擦って中身を確認した。
丸い。
今までの米より、明らかに丸みを帯びている。ぷっくりと厚みもあり、シンの知っている米の形に近い。この米はもしやと、大きく期待が膨らむ。
そして、これと同じ米の大半が、今どうなっているかを思い出す。
「エリシア、ちょっとま――」
「あ、食べた!」
「良かったですね!」
シンが止めようとしたが、今一歩遅かった。
グラスゴーとピコは匂いから、出されたものが食べ物と判断した桶に顔を突っ込んでしまった。もっしゃもっしゃと無慈悲に咀嚼が始まってしまう。
シンの顔が絶望に染まるが、エリシアとレニはそれに気づかずに喜んでいた。良い食べっぷりを披露する二頭に、良かった良かったと声を弾ませている。
シンにとっては故郷の味(多分)だが、二人にとっては飼料だ。
誰も悪くない。悪意なんてどこにも存在しないけれど、起こるべくして起こった事態である。
しばらくしてレニとエリシアが振り返ると、謎の打ちひしがれているシンがいた。
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