余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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異世界の婚活

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 シンが米を持って、学食の厨房に走る。
 仕込み中なのかふんわりとブイヨンの香りが鼻腔をくすぐる。こんな匂いを吸い込んでいると、それだけでお腹が減ってきそうだ。
 厨房に入ると、大きな鍋を掻き混ぜている小太りの中年男性がいた。

「あ、あの! ここでは米の脱穀って出来ますか!?」

「入るんじゃねえ、クソガキ! まだ仕込み中って……脱穀? それならメインストリートから二本ずれた卸問屋でやってくれるよ。でっけえ麦穂の看板があるから、分かるはずだ」

 つまみ食いかと思い一瞬眉を跳ね上げた料理人だが、シンの質問に意外そうに声を変えた。唸るようだったのが、心底不思議そうな声色になっている。

「メインストリートから二本目」

「怪しい干物を出している婆さんの道を抜ければすぐだ」

「ああ、あの……」

 シンの記憶に、一度も入ったことないけれど覚えのある店構えが引っ張り出される。
とにかくインパクトがあるので、分かる人には分かる。繁盛店の多いメインストリートに、ニーズが不明な胡散な店はたまにあるのだ。
 蛙、蛇、蝙蝠、魚と色々と干からびた状態で吊るされている。パッと見ただけでは、人気店に見えない。だが、メインストリートは人気店がひしめく激戦区。あそこに店舗を構えるのは、何かとお高くつく。ずっと同じ場所に出店し続けられるからには、それなりに売り上げているのだろう。

「忙しい店だからな。休校日とか時間に余裕がある日を狙って、午前中に尋ねたほうがいいと思うぞ」

「分かりました。教えていただき、ありがとうございます」

 料理人のアドバイスに、ぺこりと頭を下げてお礼を言うシン。結局、週末の休日までお米はお預けとなる。
 とぼとぼと温室に戻って報告することにした。

「と、いうわけですぐには食べられないって」

「うちなら脱穀できる道具があるけど、領地まで遠いのよね。籾をとると虫が湧きやすくなるから、距離や所要日数を考えると休みの日のほうが早いわね」

 がっかりしているシンを見て、エリシアなりに考えたらしい。
 たまに物言いがきつくなることがある彼女だが、他者を思いやる心を持っている。

「うちの領地、本当に田舎なのよね。悪いところじゃないけれど、政略結婚としても旨味が薄いのよ。そうそう良縁は転がってないわよね……」

 目からハイライトを消して、エリシアはどんよりと落ち込み始める。現在婚約者探し中で、まだまだ上手く行っていない。自分で言っていて悲しくなってきたのか、ため息まで漏れる。
 以前は癇癪を起こすたびにお菓子を食べて気を紛らわせていたので、かなり太っていた。シンがかわりに白マンドレイクを食べることを勧めたら、成長期の若さもあってすらりとしたスタイルになった。乗馬好きということもあって、背筋もピンと伸びている。
 美人で爵位も結構高いお嬢様だが、それでも難航中である。

「エリシアちゃん、実家にいるのは無理なん?」

ビャクヤとしては不思議だ。貴族の家なのだから、女性一人くらい面倒見れるだろう。

「お兄様が結婚したら、義姉がくるのよ? いきおくれ小姑が居座っていたら、色々と台無しじゃない。周囲からも針の筵だし、お父様が変な縁談でまとめてしまう前に、何とかしないと将来が危ないのよ」

 何かを思い出したのか、エリシアは自分の身を抱いてぶるりと震えた。顔色も悪く、余程嫌なことなのは察せられる。

「貴族令嬢の未婚については、かなりの病弱などの事情がない限り、世間の目は厳しいでござるからな。外聞もあるでござるし、とりあえず出てけとばかりに年の離れた老人の後妻にされるかもしれんでござる」

 令嬢の婚活の闇である。カミーユの説明に、エリシアは無言でこくこくと縦に頷いていた。
 エリシアは見ての通り健康体だし、学園にも元気に通っている。部活動も積極的に行い、騎獣を乗りこなしている。虚弱体質で通すには無理があった。
 ちなみに、この手の婚活は爵位を継承できない子息にも適用される。次男はスペアや手伝いとして残されることがあるが、三男以降は自分で食い扶持を稼ぐ必要がある。
 嫁を取るなり婿に入るなりにしても、相応の努力が求められる。

「某も実家にいたら、どこに売り飛ばされていたのやら」

 そう語るカミーユの諦観の眼差しに、シンは子牛が売られていく曲が聞こえた気がした。

「そういえば、カミーユはテイランのヒノモト侯爵家出身だそうね」

「今は縁を切り、母の旧姓のサナダを名乗っているでござる。十一男なんぞ、継ぐものはないでござるからな」

 エリシアの言葉に、死んだ目をして答えるカミーユ。その荒んだ空気だけで、散々辛酸を舐めて過ごしたのが分かる。

「カミーユんとこは、テイラン貴族の中でも選り抜きのクズやしなぁ」

 ビャクヤがさらりとヒノモト侯爵家を貶すが、カミーユは反論するどころか頷いていた。
 それなりに話をする仲ではあるが、カミーユは実家での良いことを語ったことがない。大抵、闇の深い不幸話だ。
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