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連載
マルチーズ辺境伯家の問題
しおりを挟む「お父様もお兄様も、商売や事業があまり上手じゃないのよね。エルビアまで来て、何の用なのかしら? 何をしたいのかしら? 少し前に先物取引で、貯蓄をパーにしたのに」
嫌な予感がするのだろう。エリシアが渋い顔を浮かべている。
普段は田舎にいるはずの兄が来ると言うのに、全く嬉しそうではない。夏休みぶりの再会のはずなのに、かなり警戒している。
「大丈夫なんかい、エリシアちゃんのおうち」
「私は当主にならないから、その辺は教えてもらえないのよ。でも、ドレスの新調を渋られて、お父様のお気に入りの絵画がなくなっていれば予想はつくわよ」
スンッと表情を消したエリシアが答えると、ビャクヤはなるほどとうなずいた。子供にしわ寄せが来ていて、周囲にも異変があるということは結構やばいのではなかろうか。
「エリシアに変な縁談が来るのも、資金回収のめどが立たずに困っているからでござろうか」
経営状況の悪化から、他の貴族から足元を見られているのなら納得できる。
エリシアが「ぐぅっ」と、鈍く呻いた。カミーユに見たくない現実を突き付けられ、心の柔らかいところにクリティカルヒットである。
父親たちは資金援助の見込める貴族や豪商などの富裕層に、エリシアを嫁がせたいだろう。だが、エリシアが現実に想いを寄せつつあるのは別の人物だ。
それに気づきつつあるエリシアは、婚活に身が入らなくなってきている。以前はあれやこれと理想条件を並べていたけれど、今はそんな意欲すらない。
ビャクヤが以前、シンはある程度まとまったお金があるとは言っていた。小金を持った平民を紹介して、納得する家族ではないのだ。
「……ままならないわ」
がっくりと項垂れるエリシア。
もし、シンが全く見込みのない人間ならエリシアは折り合いをつけられただろう。貴族に目を付けられた平民など、ろくなことにならない。
シンは普通科に所属しているが、成績優秀。宰相であるドーベルマン伯爵から可愛がられ、貴族の支援を受けて学園に通っている将来有望な少年である。
(そういえば……天狼祭の時、王宮で行われた夜会。そこに神子様がいらっしゃったらしいのよね)
神子は年代の近い聖騎士が護衛を務めている。その人物たちが、レニたちに似ているという噂があるのだ。
人前に滅多に出ない神子への接見は、厳しく制限されている。神子と行動を共にする護衛たちも、その夜会とその後の儀式の時しか姿を見せていない。
目につきやすい場所は王宮騎士が配置され、側近の聖騎士は神子の近辺を担当しているから、彼らへの接触も難しい。
ちなみに、マルチーズ辺境伯家は両親と兄が王宮へ向かったが、道中馬車が脱輪して荷物が泥まみれになったり、渋滞に巻き込まれてしまったりと不運が重なって参加が間に合わなかった。ぎりぎり王都へは入れたのだが、挨拶に参上するためのドレスコードに相応しい装いが手に入らなかった。
王族と神子にお近づきになれるチャンスとどこの服飾店も多忙だった。祭りを楽しむためや、他の貴族に召し上げられて店を閉めているところも多かったのも原因だろう。
(妙にプライドが高いところあるのよね、うちの家族。貴族は見栄を張らなきゃならない時があるのは分るけど……)
そのみみっちいプライドで、千載一遇のチャンスを逃したのだ。
あの場所には、王族や神子だけでなく普段はお目にかかれない貴族が多くいた。顔を合わせて会話をするだけでも実りがあったはずだ。
終わったことを蒸し返しても仕方ない。その憤りの中に、自分はその夜会に連れて行ってもらえなかったことを恨んでいるというわけではないのだ。
嘘である。結構恨んでいる。
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