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連載
暴言へ鉄槌
しおりを挟むエリシアを無事救出し、敵だらけの屋敷から脱出した。不思議なことに、ジャニスの雇ったごろつきたちは追ってこなかった。
その程度の間柄なのだろう。ジャニスの振る舞いに嫌気がさしていたのか、報酬の金でもケチったのかもしれない。
ジャニスは今、ロープでぐるぐる巻きにされて床に転がされている。馬車は御者を除いて、六人も乗車しているので窮屈だ。とにかく屋敷から距離をとろうと、かなりスピードを出している。その揺れで時折、誰かの足がジャニスを踏んでしまう。
踏んだ者はそれを申し訳なく思うどころか、犬のうんこでもついたような微妙な顔になる。
圧倒的人口密度だ。シンが狭さに辟易していると、視界の隅で頭を抱えているエリシアを捉えた。
誘拐されたのがショックなのだろうと思っていると、何やら妙な声が聞こえる。
「うう……どうしましょう。せっかくドーベルマン伯爵夫人から誘っていただいたのに、遅れてしまうなんて……!」
「まだいく気なの!? 誘拐されたんだから休みなよ!」
エリシアが頭を抱えているのは誘拐されたことより、ミリアからの招待に遅れてしまうことだった。
気にするところがちょっとおかしいのではなかろうか。シンは思わず大きな声でツッコミを入れてしまう。
「この機会を逃したら二度と会えないかもしれないのよ! 会えたとしても舞台の主役と観衆くらいの距離感があるに違いないわ! 間近で見れる千載一遇のチャンスよ! あわよくば、お近づきになれる……まで行かなくても、多少の会話はできるかもしれないのよ!? 私としては、なんでシンがそんなに気軽に考えているのが分からない!」
青い目を限界まで見開いて、凄まじい勢いで反論してくるエリシア。その勢いに、シンだけでなく同意しようとしていたレニたちも黙り込む。
エリシアの熱意がすごい。むしろ怖い。
「それに、私のためにドレスまで用意してくださっているのに……ご好意を無駄にしたくないの。ミリア様は憧れの方なの。マリアベル王妃殿下ともご友人で、社交界の華で……一生の思い出になるわ」
先ほどとは打って変わって、エリシアはとつとつと拙く喋りはじめる。
エリシアにとって、ミリアは遠い人だ。憧憬を抱いて、一生懸命見上げるだけの存在。声を掛けられる機会なんて、ないと思っていた。
「えー、あの妖怪アンチエイジングが? お嬢さんは知らないかもしれないが、あれは怖い。それに美容にかける情熱は恐ろしいぞ」
そんなエリシアに、実子のリヒターがとんでもない暴言を吐いた。
さすがノンデリ系男子。成人してもチェスターとミリアを困らせるだけある。親子という気安さから出た言葉かもしれないが、エリシアの表情が抜け落ちて真顔になる。
「ふぬー!!」
謎の気合いと共に、エリシアの踵が的確にリヒターの足先を踏んだ。リヒターの靴は金属の覆いがある軍靴ではなく、革製のブーツだった。エリシアの渾身の一撃は、ピンポイントに急所を踏み抜いたようだ。リヒターは痛みと衝撃に飛びあがる。勢いあまって、馬車の天井に頭をぶつけていた。
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