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開戦前
第3話 空母「翔鶴」
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「これが『翔鶴』か。空母にしてはずいぶんと太いな」
第二航空艦隊司令長官に就任したばかりの生沢中将が小さくつぶやく。
その生沢長官は今、竣工して間もない「翔鶴」の艦橋から飛行甲板を見下ろしていた。
二航艦の指揮にあたる以上、その将旗を掲げる艦の視察は欠かせない。
「この『翔鶴』は多数の艦上機を搭載することを最優先として設計されています。そのために艦内容積を可能な限り確保すべく、全幅については帝国海軍の空母の中でも最大のものとなっております」
生沢長官のつぶやきを耳聡く聞きつけたのは、案内役の城島高次大佐だった。
城島大佐は昨年から「翔鶴」の艤装員長を務めており、現在は同艦の艦長に就任している。
だから、「翔鶴」については誰よりも詳しかった。
ただ、完成したばかりの艦の艦長は多忙を極める。
初期不良の対応や、あるいは新たに配属される部下の掌握など、成すべき事案がそれこそ山積している。
だから、生沢長官のほうは案内役については艦長以外の手すきの幹部か、あるいは「翔鶴」の建造に関与した造船官で構わないと申し入れていた。
しかし、城島艦長が是非にということで同伴してもらうことにしたのだ。
その彼の言葉を耳に入れつつ、生沢長官は事前に説明を受けた「翔鶴」の諸元を思い起こす。
「翔鶴」は全長が二五五メートルと、「赤城」にはわずかに及ばないものの、一方で水線幅は三四メートルにも達していた。
これは、「赤城」や「加賀」を上回り、さらに最初から空母として建造された「蒼龍」よりも一三メートル近くも太い。
このことによって「翔鶴」は全長が二〇〇メートル、最大幅が二六メートルにも及ぶ上下二段の格納庫を備えていた。
合わせて一万平方メートルにも達するそれは、「赤城」と比べて五割以上も広い。
そのうえ、最初から空母として設計されていることから形状も良好だった。
つまりは、その分だけ効率よく艦上機を収容できるということだ。
一方、飛行甲板についてはエンクローズドバウを採用したこともあり、全長にほぼ匹敵する二五二メートルの長さを確保していた。
最大幅も三六メートルと、こちらは「赤城」や「加賀」よりも五メートル以上も大きい。
また、従来の空母とは違って艦首に向けて極端な先細りになるようなこともなく、その形状が長方形に近いことから、露天繋止できる機体の数も群を抜いて多かった。
「どれくらい積める」
生沢長官が城島艦長に向けて端的な質問を投げかける。
「現用機の零戦と九九艦爆、それに九七艦攻を均等に搭載すれば、一二〇機程度といったところでしょう。ただし、格納庫に収容できるのは九五機からせいぜい一〇〇機までで、残りは飛行甲板に露天繋止する形になります」
生沢長官の質問の意図を正確に理解した城島艦長が、打てば響くとばかりにその数字を挙げる。
一方の生沢長官は、城島艦長からの返答に胸中で感嘆の声を漏らしている。
城島艦長の言葉を信じるのであれば、「翔鶴」はたった一隻で「蒼龍」と「飛龍」からなる二航戦の戦力に匹敵する。
そして、二航艦は四隻の「翔鶴」型空母で編成されるから、その実力は先輩である一航艦のそれを大きく上回ることになる。
「一二〇機か。しかし、これほどの大艦がよくもまあ八一〇〇万円で建造できたものだ」
そう言って生沢長官が城島艦長に感心の目を向ける。
予算を司る海軍省に勤めていた経験を持つことから、生沢中将も銭金に関しては一家言を持っている。
「空母建造にかかる費用は大きく分けて船体と機関、それに艤装の三つです。このうち機関と艤装は一般的な空母となんら変わるところはありません。つまり、大型化に伴って費用が高騰するのは船体部分だけです。
それに四隻も建造すれば、それなりに量産効果によるコストダウンの恩恵も得られますし、そもそもとして『翔鶴』は一般的な空母の幅をただ単に広げただけの艦だとも言えますから、建造費が極端に上昇するようなことはありません」
そう言って城島艦長は少し間を置き、声をひそめて話を続ける。
「ただ、それでも『翔鶴』はその建造費が九〇〇〇万円を大きく超えてしまいました。このため、架空の戦艦の計上だけでは足らず、駆逐艦や潜水艦の建造をでっち上げるなどして予算の辻褄を合わせたそうです」
マル三計画において、「翔鶴」型空母は八一〇〇万円で予算請求がなされ、議会に対してもそのように通告がなされている。
ただ、八一〇〇万円だと、どんなに頑張っても二万五〇〇〇トン程度の空母を造るのがせいぜいだ。
だから、「翔鶴」については三万トンを超える巨艦の割にはずいぶんと安上がりで済んだものだと生沢長官は思っていた。
しかし、城島艦長の言葉でその疑問のようなものは氷解する。
それと、予算の虚偽申請は米国あるいは米海軍を欺く効果をもたらしているはずだ。
これについては、先日会った山本長官もまた似たようなことを話していた。
城島艦長に苦笑を返しつつ、生沢長官は改めて「翔鶴」に付与された艦としての性質を思い起こす。
「翔鶴」はなによりもまずは運用できる艦上機の数を増やすことを第一に考えられた。
空母は自身が搭載する艦上機にその戦力の大半を依存するから、この方針は当然だとも言えた。
そして、多数の艦上機を搭載するためにはそれらを収容するための巨大な格納庫が必要となる。
これを実現するために、「翔鶴」は空母でありながら戦艦並みに太い艦型を採用した。
この影響で、一六万馬力にも達する大出力エンジンを搭載しながら、しかし最大速力は三一ノットにとどまる。
兵装も平凡で、八九式一二・七センチ連装高角砲が八基一六門と、こちらは「加賀」と同レベルだ。
つまり、「翔鶴」は格納庫容積を除けば、後は城島艦長の言う通り何の変哲もないただの平凡な空母だと言っても差し支えなかった。
さらに、その後も生沢長官は気になったことを次々に城島艦長に尋ねていった。
命を預けることになる艦については、細大漏らさず把握しなければ気が済まなかったからだ。
第二航空艦隊司令長官に就任したばかりの生沢中将が小さくつぶやく。
その生沢長官は今、竣工して間もない「翔鶴」の艦橋から飛行甲板を見下ろしていた。
二航艦の指揮にあたる以上、その将旗を掲げる艦の視察は欠かせない。
「この『翔鶴』は多数の艦上機を搭載することを最優先として設計されています。そのために艦内容積を可能な限り確保すべく、全幅については帝国海軍の空母の中でも最大のものとなっております」
生沢長官のつぶやきを耳聡く聞きつけたのは、案内役の城島高次大佐だった。
城島大佐は昨年から「翔鶴」の艤装員長を務めており、現在は同艦の艦長に就任している。
だから、「翔鶴」については誰よりも詳しかった。
ただ、完成したばかりの艦の艦長は多忙を極める。
初期不良の対応や、あるいは新たに配属される部下の掌握など、成すべき事案がそれこそ山積している。
だから、生沢長官のほうは案内役については艦長以外の手すきの幹部か、あるいは「翔鶴」の建造に関与した造船官で構わないと申し入れていた。
しかし、城島艦長が是非にということで同伴してもらうことにしたのだ。
その彼の言葉を耳に入れつつ、生沢長官は事前に説明を受けた「翔鶴」の諸元を思い起こす。
「翔鶴」は全長が二五五メートルと、「赤城」にはわずかに及ばないものの、一方で水線幅は三四メートルにも達していた。
これは、「赤城」や「加賀」を上回り、さらに最初から空母として建造された「蒼龍」よりも一三メートル近くも太い。
このことによって「翔鶴」は全長が二〇〇メートル、最大幅が二六メートルにも及ぶ上下二段の格納庫を備えていた。
合わせて一万平方メートルにも達するそれは、「赤城」と比べて五割以上も広い。
そのうえ、最初から空母として設計されていることから形状も良好だった。
つまりは、その分だけ効率よく艦上機を収容できるということだ。
一方、飛行甲板についてはエンクローズドバウを採用したこともあり、全長にほぼ匹敵する二五二メートルの長さを確保していた。
最大幅も三六メートルと、こちらは「赤城」や「加賀」よりも五メートル以上も大きい。
また、従来の空母とは違って艦首に向けて極端な先細りになるようなこともなく、その形状が長方形に近いことから、露天繋止できる機体の数も群を抜いて多かった。
「どれくらい積める」
生沢長官が城島艦長に向けて端的な質問を投げかける。
「現用機の零戦と九九艦爆、それに九七艦攻を均等に搭載すれば、一二〇機程度といったところでしょう。ただし、格納庫に収容できるのは九五機からせいぜい一〇〇機までで、残りは飛行甲板に露天繋止する形になります」
生沢長官の質問の意図を正確に理解した城島艦長が、打てば響くとばかりにその数字を挙げる。
一方の生沢長官は、城島艦長からの返答に胸中で感嘆の声を漏らしている。
城島艦長の言葉を信じるのであれば、「翔鶴」はたった一隻で「蒼龍」と「飛龍」からなる二航戦の戦力に匹敵する。
そして、二航艦は四隻の「翔鶴」型空母で編成されるから、その実力は先輩である一航艦のそれを大きく上回ることになる。
「一二〇機か。しかし、これほどの大艦がよくもまあ八一〇〇万円で建造できたものだ」
そう言って生沢長官が城島艦長に感心の目を向ける。
予算を司る海軍省に勤めていた経験を持つことから、生沢中将も銭金に関しては一家言を持っている。
「空母建造にかかる費用は大きく分けて船体と機関、それに艤装の三つです。このうち機関と艤装は一般的な空母となんら変わるところはありません。つまり、大型化に伴って費用が高騰するのは船体部分だけです。
それに四隻も建造すれば、それなりに量産効果によるコストダウンの恩恵も得られますし、そもそもとして『翔鶴』は一般的な空母の幅をただ単に広げただけの艦だとも言えますから、建造費が極端に上昇するようなことはありません」
そう言って城島艦長は少し間を置き、声をひそめて話を続ける。
「ただ、それでも『翔鶴』はその建造費が九〇〇〇万円を大きく超えてしまいました。このため、架空の戦艦の計上だけでは足らず、駆逐艦や潜水艦の建造をでっち上げるなどして予算の辻褄を合わせたそうです」
マル三計画において、「翔鶴」型空母は八一〇〇万円で予算請求がなされ、議会に対してもそのように通告がなされている。
ただ、八一〇〇万円だと、どんなに頑張っても二万五〇〇〇トン程度の空母を造るのがせいぜいだ。
だから、「翔鶴」については三万トンを超える巨艦の割にはずいぶんと安上がりで済んだものだと生沢長官は思っていた。
しかし、城島艦長の言葉でその疑問のようなものは氷解する。
それと、予算の虚偽申請は米国あるいは米海軍を欺く効果をもたらしているはずだ。
これについては、先日会った山本長官もまた似たようなことを話していた。
城島艦長に苦笑を返しつつ、生沢長官は改めて「翔鶴」に付与された艦としての性質を思い起こす。
「翔鶴」はなによりもまずは運用できる艦上機の数を増やすことを第一に考えられた。
空母は自身が搭載する艦上機にその戦力の大半を依存するから、この方針は当然だとも言えた。
そして、多数の艦上機を搭載するためにはそれらを収容するための巨大な格納庫が必要となる。
これを実現するために、「翔鶴」は空母でありながら戦艦並みに太い艦型を採用した。
この影響で、一六万馬力にも達する大出力エンジンを搭載しながら、しかし最大速力は三一ノットにとどまる。
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つまり、「翔鶴」は格納庫容積を除けば、後は城島艦長の言う通り何の変哲もないただの平凡な空母だと言っても差し支えなかった。
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