5 / 108
開戦前
第5話 開戦不可避
しおりを挟む
連合艦隊司令長官の山本大将が、その信念をもって推し進めてきたハワイ作戦。
しかし、いつの間にかその話は立ち消えとなってしまった。
何がきっかけとなって山本長官が心変わりしたのかは分からない。
ただ、それでも海軍省それに軍令部の関係者にとっては良い意味でのサプライズだった。
「ハワイ作戦が中止となったことで、我々は正面から太平洋艦隊と対峙しなければならなくなった。もちろん、このことは不幸にして実際に戦争になった場合の話だ。しかし、時局を鑑みれば、その可能性は決して小さくはない。貴官はそのことを念頭に職務に励んでもらいたい」
第二航空艦隊司令長官の生沢中将が、志津頼諒(しつより・りょう)中佐に帝国海軍の機密情報を伝える。
その志津頼中佐は生沢長官のかつての部下であり、生粋の飛行機屋でもあった。
そして、現在は第二航空艦隊の航空甲参謀を務めている。
その彼は、生沢長官が最も信を置く部下の一人であり、二航艦司令部の中でただ一人ハワイ作戦についてその概要を知らされていた。
一方、志津頼航空甲参謀のほうは、生沢長官との長い付き合いから彼こそがハワイ作戦を企画倒れにした張本人ではないかと疑っていた。
決して表には出さないものの、しかし生沢長官がハワイ作戦について極めて否定的なスタンスでいることを感じ取っていたからだ。
そして、件の生沢長官は先日、山本長官との会談に臨んでいる。
(その席で山本長官はハワイ作戦について生沢長官から何か言われたのではないか。それも、決定的な何かを。そして、そのことで山本長官はハワイ作戦を断念した)
そう考える志津頼航空甲参謀だったが、しかし証拠と言えるものは何も無い。
会談の内容を知る立場にはないのだから、当たり前のことだ。
それに、志津頼航空甲参謀はハワイ作戦については、これに深く立ち入るつもりはない。
世の中には知らないほうが良いものがたくさんあることを、彼はこれまでの経験から学び取っていた。
それに、生沢長官にはこれまでに何度も世話になっていたから、仮に彼がハワイ作戦の流産に関与していたとしても、それを口外するつもりはなかった。
その志津頼航空甲参謀は、かつて生沢長官に助けてもらったことを思い出す。
帝国海軍内で戦闘機無用論がはびこり始めた頃の話だ。
当時、大尉だった志津頼航空甲参謀はその方針に反対の声を上げていた。
「爆弾を落とすために造られた飛行機が、飛行機を墜とすために造られた飛行機にかなうわけがない。そんなことは子どもでも分かる理屈だろう」
そう話す志津頼大尉に、しかし周囲の態度は冷淡だった。
実際、その後に実施された九六陸攻と九六艦戦を用いた演習では、九六艦戦が九六陸攻の捕捉に失敗し、戦闘機側の敗北だと判定されている。
それでも、志津頼大尉は戦闘機の重要性を訴え続け、少佐に昇任したときに出会った当時の生沢少将の後押しもあって、軍令部主導による戦闘機搭乗員縮小計画をすんでのところで撤回させることに成功していた。
そして、志津頼少佐の言が正しかったことは中国との戦争で証明されることになった。
帝国海軍が自信を持って送り出した九六陸攻が、あろうことか九六艦戦にも劣ると考えられていた中国軍の戦闘機に相次いで撃墜されてしまったからだ。
それからは、帝国海軍は手のひらを返すようにして戦闘機隊の増勢に務めるようになった。
そのような記憶を呼び起こす一方で、しかし志津頼航空甲参謀は長官室を訪れた目的を思い出す。
自分は艦上機隊の錬成具合いを報告に来たのであって、何もハワイ作戦が中止になったことを聞きに来たわけではない。
「搭乗員たちもずいぶんと艦に馴染んできました。もともと『鳳翔』や『龍驤』といった小型空母で離着艦の訓練を受けていた者たちです。そういった連中に言わせると『翔鶴』は逆に飛行甲板が広すぎて、むしろ技量が落ちそうだとぼやいていました」
米国との戦争が現実味を帯びる中、「翔鶴」もまた他の帝国海軍の艦艇と同様に訓練の激しさを増していた。
一方、志津頼航空甲参謀からの報告を受けた生沢長官は、その顔に小さく笑みを浮かべる。
「空母の着艦が楽だというのは、すごく良いことだよ。戦争が始まれば、あっという間に熟練や中堅が失われ、全体技量が低下するからな」
表情とは裏腹に、生沢長官は不吉極まりない言葉を吐く。
その彼に対し、しかし志津頼航空甲参謀もそれを否定することはできなかった。
帝国海軍が運用する艦上機は、最新のものでさえ防弾装備が無に等しかったからだ。
かろうじて零戦が防弾鋼板と自動消火装置を装備していたが、しかしそれ以前に制式採用された九九艦爆や九七艦攻のほうは無防備といっていいほどに防弾についてこれが考慮されていない。
そして、そういった脆弱な機体で急降下爆撃や雷撃といった肉薄攻撃を実施すれば、どうなるのかといったようなことは、志津頼航空甲参謀にも容易にこれが理解できた。
(大量の機体とともに、貴重な搭乗員もまたそれこそあっという間に失われてしまうだろう)
ただ、その一方で志津頼航空甲参謀は生沢長官が搭乗員を無為に失わないための手立てをあれこれ考えていることを知っていた。
特に敵をアウトレンジできる誘導兵器の研究に熱心であり、中でもドイツが開発を進めているという動力付き誘導爆弾には強い関心を示していた。
「ハワイ作戦が中止になったついでに、米国とのドンパチもこれを回避できませんかねえ。そうすれば、搭乗員を失う心配もありませんから」
志津頼航空甲参謀が愚痴ともボヤキともとれるような口調で本音を吐露する。
上官によっては敢闘精神の欠如を指摘されたり、場合によっては鉄拳制裁を食らったりしかねない危ない発言だ。
しかし、生沢長官のほうはそのようなことは気にしない。
「まあ、そうだな。戦争はやらないに越したことはない。ただ、現下の情勢では無理な相談だろう。日本と米国は間違いなく干戈を交える。その時期はおそらくは年末、一二月の初旬あたりになるはずだ」
生沢長官の見立てに、一方の志津頼航空甲参謀は胸中で盛大なため息を吐く。
悪い予言はよく当たる。
特に生沢長官の場合はそれが顕著で、百発百中と言ってもいいくらいに当たりまくっていた。
しかし、いつの間にかその話は立ち消えとなってしまった。
何がきっかけとなって山本長官が心変わりしたのかは分からない。
ただ、それでも海軍省それに軍令部の関係者にとっては良い意味でのサプライズだった。
「ハワイ作戦が中止となったことで、我々は正面から太平洋艦隊と対峙しなければならなくなった。もちろん、このことは不幸にして実際に戦争になった場合の話だ。しかし、時局を鑑みれば、その可能性は決して小さくはない。貴官はそのことを念頭に職務に励んでもらいたい」
第二航空艦隊司令長官の生沢中将が、志津頼諒(しつより・りょう)中佐に帝国海軍の機密情報を伝える。
その志津頼中佐は生沢長官のかつての部下であり、生粋の飛行機屋でもあった。
そして、現在は第二航空艦隊の航空甲参謀を務めている。
その彼は、生沢長官が最も信を置く部下の一人であり、二航艦司令部の中でただ一人ハワイ作戦についてその概要を知らされていた。
一方、志津頼航空甲参謀のほうは、生沢長官との長い付き合いから彼こそがハワイ作戦を企画倒れにした張本人ではないかと疑っていた。
決して表には出さないものの、しかし生沢長官がハワイ作戦について極めて否定的なスタンスでいることを感じ取っていたからだ。
そして、件の生沢長官は先日、山本長官との会談に臨んでいる。
(その席で山本長官はハワイ作戦について生沢長官から何か言われたのではないか。それも、決定的な何かを。そして、そのことで山本長官はハワイ作戦を断念した)
そう考える志津頼航空甲参謀だったが、しかし証拠と言えるものは何も無い。
会談の内容を知る立場にはないのだから、当たり前のことだ。
それに、志津頼航空甲参謀はハワイ作戦については、これに深く立ち入るつもりはない。
世の中には知らないほうが良いものがたくさんあることを、彼はこれまでの経験から学び取っていた。
それに、生沢長官にはこれまでに何度も世話になっていたから、仮に彼がハワイ作戦の流産に関与していたとしても、それを口外するつもりはなかった。
その志津頼航空甲参謀は、かつて生沢長官に助けてもらったことを思い出す。
帝国海軍内で戦闘機無用論がはびこり始めた頃の話だ。
当時、大尉だった志津頼航空甲参謀はその方針に反対の声を上げていた。
「爆弾を落とすために造られた飛行機が、飛行機を墜とすために造られた飛行機にかなうわけがない。そんなことは子どもでも分かる理屈だろう」
そう話す志津頼大尉に、しかし周囲の態度は冷淡だった。
実際、その後に実施された九六陸攻と九六艦戦を用いた演習では、九六艦戦が九六陸攻の捕捉に失敗し、戦闘機側の敗北だと判定されている。
それでも、志津頼大尉は戦闘機の重要性を訴え続け、少佐に昇任したときに出会った当時の生沢少将の後押しもあって、軍令部主導による戦闘機搭乗員縮小計画をすんでのところで撤回させることに成功していた。
そして、志津頼少佐の言が正しかったことは中国との戦争で証明されることになった。
帝国海軍が自信を持って送り出した九六陸攻が、あろうことか九六艦戦にも劣ると考えられていた中国軍の戦闘機に相次いで撃墜されてしまったからだ。
それからは、帝国海軍は手のひらを返すようにして戦闘機隊の増勢に務めるようになった。
そのような記憶を呼び起こす一方で、しかし志津頼航空甲参謀は長官室を訪れた目的を思い出す。
自分は艦上機隊の錬成具合いを報告に来たのであって、何もハワイ作戦が中止になったことを聞きに来たわけではない。
「搭乗員たちもずいぶんと艦に馴染んできました。もともと『鳳翔』や『龍驤』といった小型空母で離着艦の訓練を受けていた者たちです。そういった連中に言わせると『翔鶴』は逆に飛行甲板が広すぎて、むしろ技量が落ちそうだとぼやいていました」
米国との戦争が現実味を帯びる中、「翔鶴」もまた他の帝国海軍の艦艇と同様に訓練の激しさを増していた。
一方、志津頼航空甲参謀からの報告を受けた生沢長官は、その顔に小さく笑みを浮かべる。
「空母の着艦が楽だというのは、すごく良いことだよ。戦争が始まれば、あっという間に熟練や中堅が失われ、全体技量が低下するからな」
表情とは裏腹に、生沢長官は不吉極まりない言葉を吐く。
その彼に対し、しかし志津頼航空甲参謀もそれを否定することはできなかった。
帝国海軍が運用する艦上機は、最新のものでさえ防弾装備が無に等しかったからだ。
かろうじて零戦が防弾鋼板と自動消火装置を装備していたが、しかしそれ以前に制式採用された九九艦爆や九七艦攻のほうは無防備といっていいほどに防弾についてこれが考慮されていない。
そして、そういった脆弱な機体で急降下爆撃や雷撃といった肉薄攻撃を実施すれば、どうなるのかといったようなことは、志津頼航空甲参謀にも容易にこれが理解できた。
(大量の機体とともに、貴重な搭乗員もまたそれこそあっという間に失われてしまうだろう)
ただ、その一方で志津頼航空甲参謀は生沢長官が搭乗員を無為に失わないための手立てをあれこれ考えていることを知っていた。
特に敵をアウトレンジできる誘導兵器の研究に熱心であり、中でもドイツが開発を進めているという動力付き誘導爆弾には強い関心を示していた。
「ハワイ作戦が中止になったついでに、米国とのドンパチもこれを回避できませんかねえ。そうすれば、搭乗員を失う心配もありませんから」
志津頼航空甲参謀が愚痴ともボヤキともとれるような口調で本音を吐露する。
上官によっては敢闘精神の欠如を指摘されたり、場合によっては鉄拳制裁を食らったりしかねない危ない発言だ。
しかし、生沢長官のほうはそのようなことは気にしない。
「まあ、そうだな。戦争はやらないに越したことはない。ただ、現下の情勢では無理な相談だろう。日本と米国は間違いなく干戈を交える。その時期はおそらくは年末、一二月の初旬あたりになるはずだ」
生沢長官の見立てに、一方の志津頼航空甲参謀は胸中で盛大なため息を吐く。
悪い予言はよく当たる。
特に生沢長官の場合はそれが顕著で、百発百中と言ってもいいくらいに当たりまくっていた。
92
あなたにおすすめの小説
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
大和型重装甲空母
ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を4隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる