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開戦前
第9話 新型発動機
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「貴官は私を便利な新型機の更新装置か何かだと勘違いしておらんか」
九九艦爆についても、何か手を打っているのかと尋ねてきた志津頼航空甲参謀に、生沢長官は呆れ混じりの視線を向ける。
生沢長官は零戦の防御力の向上を訴える志津頼航空甲参謀の後ろ盾となってくれたばかりか、さらにはそれに先んじて九七艦攻の防弾装備にも手を打っていた。
だから、志津頼航空甲参謀は九九艦爆についても、何かしら策を巡らせているのではないかと考え、その思いを口にした。
そして、その結果は期待外れのものだった。
「九七艦攻のときは当時中将だった山本さん、零戦のときは同期の井上がそれぞれ航空本部長だったから話を通し易かったというだけの話だ。これが別の人間だったら九七艦攻の後継機体の件も、また零戦の発動機強化の話もおそらくは頓挫していたことだろう」
生沢長官は連合艦隊司令長官の山本五十六大将やそれに第四艦隊司令長官の井上成美中将と浅からぬ付き合いをもっている。
三国同盟とそれに対米戦に反対していたことで、彼らから同志にも似た扱いを受けていたのだ。
そして、生沢長官はその伝手を十全に活用して九七艦攻の後継機体とそれに零戦の強化について、これを具現化するのに成功した。
ただ、一方で航空本部をはじめとした関係者らにとっては、それこそ大きな負担となったはずだ。
あるいは、部外者でありながらよけいな仕事を押し付けてくる生沢長官に対して、腹に一物を抱えている者もいるかもしれない。
そこへ、さらに九九艦爆の改良まで持ちかければ、さすがに航空本部も黙ってはいないだろう。
何事にも限度、あるいは堪忍袋の容量といったものはある。
生沢長官もそのことを察し、九九艦爆については不満を抱えつつも一切のアクションを控えたのではないか。
そう考えた志津頼航空甲参謀は、心の中で少しばかり反省した。
あまりにも生沢長官を頼りすぎていたのだと。
しかし、それはそれとして有能な上司は徹底的に活用するのを本旨とする志津頼航空甲参謀は遠慮しない。
それならばとばかりに、生沢長官から九九艦爆の後継機体について、情報を引き出すべく質問を口にする。
「九九艦爆の後継となるのが一三試艦爆だ。こいつは高速性能を得るために前面投影面積の小さな液冷発動機を搭載している。具体名を挙げれば、それはダイムラー・ベンツのDB601だ」
飛行機屋である志津頼航空甲参謀は、新型艦爆に搭載される発動機がドイツ製の、しかもそれが液冷だと聞いて不安を覚える。
ドイツの機械は確かに高性能だが、一方で構造が複雑でその生産には極めて高い工作精度が要求される。
パーツの材質にしても、相当に高品質なものが求められるだろう。
果たして、日本の科学技術力や工業力でそれが生産できるのかは、甚だ疑問だ。
志津頼航空甲参謀はそのことを直裁に尋ねる。
「まあ、可能かどうかで言えば可能だ。熟練工が造ったものに対し、これを整備の神様が付きっきりで面倒を見れば、それなりに高い稼働率もまた維持できるだろう」
生産は可能だが、しかし数を揃え、さらに高い稼働率を維持することは不可能。
生沢長官が言っているのは、そういうことだ。
そして、空母はそのスペースの限界から整備能力については陸上基地のそれに及ばない。
しかし、一方で空母の艦上機はその性格から高い稼働率が求められる。
そのような環境の中でDB601を搭載する機体を持ち込むのは、志津頼航空甲参謀からすれば、それこそ厄介者を受け入れるようなものだった。
「何でまた、よりにもよって液冷発動機の艦爆を造っているんでしょうね。空冷発動機でさえその稼働率を維持するのに手を焼いている状況なのに、そこへ液冷発動機なんて代物を抱え込んだら、まず間違いなく整備のほうはお手上げになってしまいますよ」
疑問と泣き言と、それに文句をミックスしたような志津頼航空甲参謀のぼやきに、生沢長官も同意の苦笑を返す。
「一三試艦爆は敵の艦上戦闘機を振り切ることができる脚が求められていた。確か、最高速度の要件は二八〇ノット以上だったと思う。そして、それを実現するための手段の一つが液冷発動機だったということだ」
志津頼航空甲参謀は脳内で算盤をはじく。
二八〇ノットということは時速にして約五二〇キロ。
これは、零戦二一型とほとんど変わらない。
艦爆としては破格の速度性能と言っていい。
ただ、致命的な問題がある。
一三試艦爆の登場時期の問題だ。
「確かに、一三試艦爆であれば米国のF4FワイルドキャットやF2Aバファローからの追撃を躱し切れるかもしれません。しかし同機体が実戦投入される頃には米国もまた新しい艦上戦闘機に更新している可能性があります。当然、それはF4FやF2Aよりも優速でしょう。そうなれば、一三試艦爆の速度性能も通用しなくなる恐れがあります」
志津頼航空甲参謀が抱いた危惧は、生沢長官の琴線に触れるものがあったらしい。
その表情に感心の色が滲んでいる。
「貴官の想像はたぶん合っている。どちらが先かは分からんが、しかし一三試艦爆と米新型艦上戦闘機が実戦投入される時期はほとんど同じ頃になるはずだ。そうなれば、一三試艦爆の速度性能では米新型戦闘機を振り切ることは不可能になる。
そして、これは俺の予想だが、米国の艦上戦闘機は今後は年あたり五〇キロのペースでその速度性能を向上させていくはずだ。一方、日本のほうは艦爆はもちろん艦戦もまたそのペースにはついていくことが出来ない」
生沢長官の予想に対し、志津頼航空甲参謀は再び脳内で算盤を弾く。
F4FそれにF2Aの正確な諸元は分からないが、仮に零戦と同じとしておく。
そう仮定すれば、米国の艦上戦闘機は二年後の昭和一八年後半であれば六〇〇キロ台前半、昭和二〇年後半なら七〇〇キロ台前半に到達していることになる。
そして、栄や金星といった発動機では、いくら改良を加えてもこの趨勢についていくことは困難だ。
「まずいですね・・・・・・」
小さく唸る志津頼航空甲参謀に目を向けつつ、一方で生沢長官は別のことを考えている。
一昨年の暮れ。
中島では栄をベースに、これを一八気筒化したうえで当面は一八〇〇馬力、最終的には二〇〇〇馬力以上を発揮できる新型発動機の開発計画を打ち立てた。
これを耳聡く聞きつけた生沢中将は航空本部に掛け合い、同計画について最大限の便宜を図るよう依頼した。
さらに、昨年一〇月に同期の井上成美中将が航空本部長に就任すると同時に生沢中将は改めて新型発動機の開発ペースの加速を要請する。
三国同盟反対や日米戦の回避について意を同じくする海兵同期の頼みであるのならばとばかり、井上中将もこれに全面協力した。
そのことで、新型発動機の開発は一気に進んだ。
(新型発動機については公式審査は昨年のうちに終えている。また、飛行実験も順調だと聞くから年明けあたりに制式採用、そして春頃から大量生産に移行といったところか)
新型発動機の現状を思い浮かべつつ、生沢長官はこのことを志津頼航空甲参謀に話すべきかどうか考える。
志津頼航空甲参謀の深刻そうな顔が面白かったので、しばらく黙っておこうかとも考えた。
しかし、時局を考えればさすがにそうも言っていられないので、結局話すことにした。
九九艦爆についても、何か手を打っているのかと尋ねてきた志津頼航空甲参謀に、生沢長官は呆れ混じりの視線を向ける。
生沢長官は零戦の防御力の向上を訴える志津頼航空甲参謀の後ろ盾となってくれたばかりか、さらにはそれに先んじて九七艦攻の防弾装備にも手を打っていた。
だから、志津頼航空甲参謀は九九艦爆についても、何かしら策を巡らせているのではないかと考え、その思いを口にした。
そして、その結果は期待外れのものだった。
「九七艦攻のときは当時中将だった山本さん、零戦のときは同期の井上がそれぞれ航空本部長だったから話を通し易かったというだけの話だ。これが別の人間だったら九七艦攻の後継機体の件も、また零戦の発動機強化の話もおそらくは頓挫していたことだろう」
生沢長官は連合艦隊司令長官の山本五十六大将やそれに第四艦隊司令長官の井上成美中将と浅からぬ付き合いをもっている。
三国同盟とそれに対米戦に反対していたことで、彼らから同志にも似た扱いを受けていたのだ。
そして、生沢長官はその伝手を十全に活用して九七艦攻の後継機体とそれに零戦の強化について、これを具現化するのに成功した。
ただ、一方で航空本部をはじめとした関係者らにとっては、それこそ大きな負担となったはずだ。
あるいは、部外者でありながらよけいな仕事を押し付けてくる生沢長官に対して、腹に一物を抱えている者もいるかもしれない。
そこへ、さらに九九艦爆の改良まで持ちかければ、さすがに航空本部も黙ってはいないだろう。
何事にも限度、あるいは堪忍袋の容量といったものはある。
生沢長官もそのことを察し、九九艦爆については不満を抱えつつも一切のアクションを控えたのではないか。
そう考えた志津頼航空甲参謀は、心の中で少しばかり反省した。
あまりにも生沢長官を頼りすぎていたのだと。
しかし、それはそれとして有能な上司は徹底的に活用するのを本旨とする志津頼航空甲参謀は遠慮しない。
それならばとばかりに、生沢長官から九九艦爆の後継機体について、情報を引き出すべく質問を口にする。
「九九艦爆の後継となるのが一三試艦爆だ。こいつは高速性能を得るために前面投影面積の小さな液冷発動機を搭載している。具体名を挙げれば、それはダイムラー・ベンツのDB601だ」
飛行機屋である志津頼航空甲参謀は、新型艦爆に搭載される発動機がドイツ製の、しかもそれが液冷だと聞いて不安を覚える。
ドイツの機械は確かに高性能だが、一方で構造が複雑でその生産には極めて高い工作精度が要求される。
パーツの材質にしても、相当に高品質なものが求められるだろう。
果たして、日本の科学技術力や工業力でそれが生産できるのかは、甚だ疑問だ。
志津頼航空甲参謀はそのことを直裁に尋ねる。
「まあ、可能かどうかで言えば可能だ。熟練工が造ったものに対し、これを整備の神様が付きっきりで面倒を見れば、それなりに高い稼働率もまた維持できるだろう」
生産は可能だが、しかし数を揃え、さらに高い稼働率を維持することは不可能。
生沢長官が言っているのは、そういうことだ。
そして、空母はそのスペースの限界から整備能力については陸上基地のそれに及ばない。
しかし、一方で空母の艦上機はその性格から高い稼働率が求められる。
そのような環境の中でDB601を搭載する機体を持ち込むのは、志津頼航空甲参謀からすれば、それこそ厄介者を受け入れるようなものだった。
「何でまた、よりにもよって液冷発動機の艦爆を造っているんでしょうね。空冷発動機でさえその稼働率を維持するのに手を焼いている状況なのに、そこへ液冷発動機なんて代物を抱え込んだら、まず間違いなく整備のほうはお手上げになってしまいますよ」
疑問と泣き言と、それに文句をミックスしたような志津頼航空甲参謀のぼやきに、生沢長官も同意の苦笑を返す。
「一三試艦爆は敵の艦上戦闘機を振り切ることができる脚が求められていた。確か、最高速度の要件は二八〇ノット以上だったと思う。そして、それを実現するための手段の一つが液冷発動機だったということだ」
志津頼航空甲参謀は脳内で算盤をはじく。
二八〇ノットということは時速にして約五二〇キロ。
これは、零戦二一型とほとんど変わらない。
艦爆としては破格の速度性能と言っていい。
ただ、致命的な問題がある。
一三試艦爆の登場時期の問題だ。
「確かに、一三試艦爆であれば米国のF4FワイルドキャットやF2Aバファローからの追撃を躱し切れるかもしれません。しかし同機体が実戦投入される頃には米国もまた新しい艦上戦闘機に更新している可能性があります。当然、それはF4FやF2Aよりも優速でしょう。そうなれば、一三試艦爆の速度性能も通用しなくなる恐れがあります」
志津頼航空甲参謀が抱いた危惧は、生沢長官の琴線に触れるものがあったらしい。
その表情に感心の色が滲んでいる。
「貴官の想像はたぶん合っている。どちらが先かは分からんが、しかし一三試艦爆と米新型艦上戦闘機が実戦投入される時期はほとんど同じ頃になるはずだ。そうなれば、一三試艦爆の速度性能では米新型戦闘機を振り切ることは不可能になる。
そして、これは俺の予想だが、米国の艦上戦闘機は今後は年あたり五〇キロのペースでその速度性能を向上させていくはずだ。一方、日本のほうは艦爆はもちろん艦戦もまたそのペースにはついていくことが出来ない」
生沢長官の予想に対し、志津頼航空甲参謀は再び脳内で算盤を弾く。
F4FそれにF2Aの正確な諸元は分からないが、仮に零戦と同じとしておく。
そう仮定すれば、米国の艦上戦闘機は二年後の昭和一八年後半であれば六〇〇キロ台前半、昭和二〇年後半なら七〇〇キロ台前半に到達していることになる。
そして、栄や金星といった発動機では、いくら改良を加えてもこの趨勢についていくことは困難だ。
「まずいですね・・・・・・」
小さく唸る志津頼航空甲参謀に目を向けつつ、一方で生沢長官は別のことを考えている。
一昨年の暮れ。
中島では栄をベースに、これを一八気筒化したうえで当面は一八〇〇馬力、最終的には二〇〇〇馬力以上を発揮できる新型発動機の開発計画を打ち立てた。
これを耳聡く聞きつけた生沢中将は航空本部に掛け合い、同計画について最大限の便宜を図るよう依頼した。
さらに、昨年一〇月に同期の井上成美中将が航空本部長に就任すると同時に生沢中将は改めて新型発動機の開発ペースの加速を要請する。
三国同盟反対や日米戦の回避について意を同じくする海兵同期の頼みであるのならばとばかり、井上中将もこれに全面協力した。
そのことで、新型発動機の開発は一気に進んだ。
(新型発動機については公式審査は昨年のうちに終えている。また、飛行実験も順調だと聞くから年明けあたりに制式採用、そして春頃から大量生産に移行といったところか)
新型発動機の現状を思い浮かべつつ、生沢長官はこのことを志津頼航空甲参謀に話すべきかどうか考える。
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