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開戦前
第10話 新型機の考察
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深刻な様子から一転、新型発動機の話を聞いて表情を明るくした志津頼航空甲参謀に対し、「現金なやつだ」と生沢長官は呆れにも似た感情を抱く。
そのことに気付く様子も無いまま、志津頼航空甲参謀が何かを思い出したとばかりに口を開く。
「新型発動機が一八〇〇馬力を目指しているのは喜ばしいことですが、しかし栄を一八気筒化したとして、その排気量は三六リットルに届きません。これでは一八〇〇馬力を発揮することは困難でしょう。あるいは、ボアアップでもして排気量を増やすのでしょうか」
栄や金星といった現行の発動機はリッター当たり三〇馬力台だ。
それらの改良型でようやく四〇馬力をわずかに超える程度にしか過ぎない。
もし、三六リットル足らずの発動機で一八〇〇馬力を得ようというのであれば、リッター当たり五〇馬力以上が必要になってくる。
志津頼航空甲参謀の目から見ても、その開発と生産はハードルが高すぎるように思えた。
「いや、それはない。栄も新型発動機もボアとストロークはそれぞれ一三〇ミリとそれに一五〇ミリだったと記憶している。それに、シリンダーのサイズを変えるとなると、それらの新規製造やら燃焼実験やらで少なくない手間と時間を食ってしまう。時局を考えれば、そのような悠長なことはやっていられないはずだ。たぶん、出力の向上に関しては、回転数を上げるなどして対処するのだと思う」
そう話しつつ、生沢長官もまた新型発動機の生産についてはこれを危惧するところだった。
基礎科学力や工業力が低い日本では、一〇〇回転上げるだけでもその製造には非常な困難が伴うのだ。
(だが、それでもやってもらわねばならん)
実のところ、生沢長官は中島が栄をベースにこれを一八気筒化した新型発動機の開発計画を知った際に、このことを三菱に密告して彼らの危機感を煽り、金星の一八気筒版の開発を進めさせようと考えていた。
このままでは三菱は中島の後塵を拝する永久二番手の企業に成り下がってしまうぞ、という脅し文句と一緒に。
しかし、結局それはできなかった。
当時の三菱の発動機部門は瑞星や金星の改良に加え、さらに火星の一八気筒版の開発という案件まで抱えていたからだ。
このような多忙な状況を考えれば、さすがの生沢長官も金星の一八気筒版の開発をやって欲しいなどとは口に出せない。
そうであれば、やはり期待できるのは栄の一八気筒版となる。
ただ、生沢長官は知らなかったが、三菱のほうでも中島が栄の一八気筒版の開発に着手したことを問題視していた。
そして、他人がそれをやっていれば、自分もまた同じことをやらなければ不安になる日本人特有の心理が働いたのかどうかは分からないが、いずれにせよ三菱もまた後追いではあったものの、金星の一八気筒版の開発を開始していた。
「三菱も金星の一八気筒版を造ってくれたらいいんですけどね。仮に金星を一八気筒版にした場合はその排気量が四一・六リットルになりますから、一八〇〇馬力を目指すのであればリッター当たり四三馬力、二〇〇〇馬力であったとしてもリッター当たり四八馬力で済みます。栄の一八気筒版に比べれば、こちらはかなり現実的な数値だと思います」
志津頼航空甲参謀の願望に対し、思いつくことは誰もが一緒だなと、生沢長官は胸中で苦笑をこぼす。
「そうだな。これからの戦闘機は最低でも四〇リットル程度の排気量は欲しい。実際、同盟国のドイツの空冷戦闘機は四二リットル近い排気量だというからな。次代の米軍の艦上戦闘機もまた最低でも四〇リットル、場合によっては五〇リットル近い排気量のエンジンを装備して我々の前に立ちふさがってくるはずだ。そうなれば、これに対抗するには同等以上の排気量を持った戦闘機が望ましい。しかし、さすがにそれは難しいだろう」
日本は発動機の技術に関しては欧米に対して一歩も二歩も遅れている。
特に大排気量のそれは顕著で、三菱も中島も過熱問題や振動問題に手を焼いており、信頼性の面でいささかばかり不安があった。
ただ、それはそれとして志津頼航空甲参謀も生沢長官の考えは理解できた。
生沢長官の言う通り、ドイツ空軍で配備が始まったFw190は零戦とほとんど変わらないサイズの機体でありながら、しかし四二リットルもの大排気量エンジンを搭載していた。
その結果、最高速度は六〇〇キロを大きく超え、それを武器にFw190は英戦闘機を散々に叩きのめしているとのことだった。
「もし、米軍の新型艦上戦闘機がFw190並みのコンパクトな機体で登場してきたら非常に厄介ですね。Fw190ですら六〇〇キロを軽く超える速度性能を誇るのですから、さらに強力な発動機を搭載すれば、下手をすれば七〇〇キロを超えてくるかもしれない」
何気なく吐いたのであろう志津頼航空甲参謀の言葉に、生沢長官は衝撃にも似た感情を覚える。
生沢長官は、米軍の新型艦上戦闘機については、重量物の大排気量発動機を搭載することによって極めて大柄な機体になると考えていた。
発動機の排気量が大きければその分だけ重くなるし、それを据え付けるための胴体の強度も上げなければならない。
発動機や胴体が重く大きくなれば翼も相応に巨大なものにせざるを得ず、そのことによって機体はさらに肥大化する。
それに、艦上戦闘機は狭い飛行甲板で運用されるから、翼面荷重の制限もまた厳しいものになるはずだ。
だから、生沢長官は米軍の新型艦上戦闘機については、現行のF4Fが一回り大きくなったようなものをイメージしていた。
万事に堅実な米軍であれば、それほど大きな冒険はやらないであろう。
そう考えていたのだ。
しかし、一方で高い航空技術を持つ米軍であれば、志津頼航空甲参謀のいう大排気量発動機を搭載してなおコンパクトな戦闘機を造ることができるかもしれない。
もちろん、コンパクトな戦闘機であれば、翼が小さくなることによって翼面荷重は相当に大きなものとなるだろう。
だが、航空分野において日本とは比較にならないほどに人材の層が厚い米国であれば、翼面荷重が大きくとも無難に空母で運用できる機体を造りあげてしまうかもしれない。
そして、軽量なうえに大出力の心臓を与えられた機体であれば、速度性能も旋回性能も従来の戦闘機とは一線を画すものになるだろう。
(もし、米軍が大重量大型艦上戦闘機ではなく、大排気量コンパクト艦上戦闘機を出してくるようなことがあれば、その時点で日本の負けは決まる)
突如として胸中にわだかまるようになった不安。
それに対し、生沢長官は為す術がない。
ただ、米軍の新型戦闘機が大型大重量のものであることを祈るのみだった。
そのことに気付く様子も無いまま、志津頼航空甲参謀が何かを思い出したとばかりに口を開く。
「新型発動機が一八〇〇馬力を目指しているのは喜ばしいことですが、しかし栄を一八気筒化したとして、その排気量は三六リットルに届きません。これでは一八〇〇馬力を発揮することは困難でしょう。あるいは、ボアアップでもして排気量を増やすのでしょうか」
栄や金星といった現行の発動機はリッター当たり三〇馬力台だ。
それらの改良型でようやく四〇馬力をわずかに超える程度にしか過ぎない。
もし、三六リットル足らずの発動機で一八〇〇馬力を得ようというのであれば、リッター当たり五〇馬力以上が必要になってくる。
志津頼航空甲参謀の目から見ても、その開発と生産はハードルが高すぎるように思えた。
「いや、それはない。栄も新型発動機もボアとストロークはそれぞれ一三〇ミリとそれに一五〇ミリだったと記憶している。それに、シリンダーのサイズを変えるとなると、それらの新規製造やら燃焼実験やらで少なくない手間と時間を食ってしまう。時局を考えれば、そのような悠長なことはやっていられないはずだ。たぶん、出力の向上に関しては、回転数を上げるなどして対処するのだと思う」
そう話しつつ、生沢長官もまた新型発動機の生産についてはこれを危惧するところだった。
基礎科学力や工業力が低い日本では、一〇〇回転上げるだけでもその製造には非常な困難が伴うのだ。
(だが、それでもやってもらわねばならん)
実のところ、生沢長官は中島が栄をベースにこれを一八気筒化した新型発動機の開発計画を知った際に、このことを三菱に密告して彼らの危機感を煽り、金星の一八気筒版の開発を進めさせようと考えていた。
このままでは三菱は中島の後塵を拝する永久二番手の企業に成り下がってしまうぞ、という脅し文句と一緒に。
しかし、結局それはできなかった。
当時の三菱の発動機部門は瑞星や金星の改良に加え、さらに火星の一八気筒版の開発という案件まで抱えていたからだ。
このような多忙な状況を考えれば、さすがの生沢長官も金星の一八気筒版の開発をやって欲しいなどとは口に出せない。
そうであれば、やはり期待できるのは栄の一八気筒版となる。
ただ、生沢長官は知らなかったが、三菱のほうでも中島が栄の一八気筒版の開発に着手したことを問題視していた。
そして、他人がそれをやっていれば、自分もまた同じことをやらなければ不安になる日本人特有の心理が働いたのかどうかは分からないが、いずれにせよ三菱もまた後追いではあったものの、金星の一八気筒版の開発を開始していた。
「三菱も金星の一八気筒版を造ってくれたらいいんですけどね。仮に金星を一八気筒版にした場合はその排気量が四一・六リットルになりますから、一八〇〇馬力を目指すのであればリッター当たり四三馬力、二〇〇〇馬力であったとしてもリッター当たり四八馬力で済みます。栄の一八気筒版に比べれば、こちらはかなり現実的な数値だと思います」
志津頼航空甲参謀の願望に対し、思いつくことは誰もが一緒だなと、生沢長官は胸中で苦笑をこぼす。
「そうだな。これからの戦闘機は最低でも四〇リットル程度の排気量は欲しい。実際、同盟国のドイツの空冷戦闘機は四二リットル近い排気量だというからな。次代の米軍の艦上戦闘機もまた最低でも四〇リットル、場合によっては五〇リットル近い排気量のエンジンを装備して我々の前に立ちふさがってくるはずだ。そうなれば、これに対抗するには同等以上の排気量を持った戦闘機が望ましい。しかし、さすがにそれは難しいだろう」
日本は発動機の技術に関しては欧米に対して一歩も二歩も遅れている。
特に大排気量のそれは顕著で、三菱も中島も過熱問題や振動問題に手を焼いており、信頼性の面でいささかばかり不安があった。
ただ、それはそれとして志津頼航空甲参謀も生沢長官の考えは理解できた。
生沢長官の言う通り、ドイツ空軍で配備が始まったFw190は零戦とほとんど変わらないサイズの機体でありながら、しかし四二リットルもの大排気量エンジンを搭載していた。
その結果、最高速度は六〇〇キロを大きく超え、それを武器にFw190は英戦闘機を散々に叩きのめしているとのことだった。
「もし、米軍の新型艦上戦闘機がFw190並みのコンパクトな機体で登場してきたら非常に厄介ですね。Fw190ですら六〇〇キロを軽く超える速度性能を誇るのですから、さらに強力な発動機を搭載すれば、下手をすれば七〇〇キロを超えてくるかもしれない」
何気なく吐いたのであろう志津頼航空甲参謀の言葉に、生沢長官は衝撃にも似た感情を覚える。
生沢長官は、米軍の新型艦上戦闘機については、重量物の大排気量発動機を搭載することによって極めて大柄な機体になると考えていた。
発動機の排気量が大きければその分だけ重くなるし、それを据え付けるための胴体の強度も上げなければならない。
発動機や胴体が重く大きくなれば翼も相応に巨大なものにせざるを得ず、そのことによって機体はさらに肥大化する。
それに、艦上戦闘機は狭い飛行甲板で運用されるから、翼面荷重の制限もまた厳しいものになるはずだ。
だから、生沢長官は米軍の新型艦上戦闘機については、現行のF4Fが一回り大きくなったようなものをイメージしていた。
万事に堅実な米軍であれば、それほど大きな冒険はやらないであろう。
そう考えていたのだ。
しかし、一方で高い航空技術を持つ米軍であれば、志津頼航空甲参謀のいう大排気量発動機を搭載してなおコンパクトな戦闘機を造ることができるかもしれない。
もちろん、コンパクトな戦闘機であれば、翼が小さくなることによって翼面荷重は相当に大きなものとなるだろう。
だが、航空分野において日本とは比較にならないほどに人材の層が厚い米国であれば、翼面荷重が大きくとも無難に空母で運用できる機体を造りあげてしまうかもしれない。
そして、軽量なうえに大出力の心臓を与えられた機体であれば、速度性能も旋回性能も従来の戦闘機とは一線を画すものになるだろう。
(もし、米軍が大重量大型艦上戦闘機ではなく、大排気量コンパクト艦上戦闘機を出してくるようなことがあれば、その時点で日本の負けは決まる)
突如として胸中にわだかまるようになった不安。
それに対し、生沢長官は為す術がない。
ただ、米軍の新型戦闘機が大型大重量のものであることを祈るのみだった。
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