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豪本土攻撃
第64話 ブリスベン航空戦
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(あり得ないだろう)
「翔鶴」戦闘機隊第六中隊を指揮する弓削特務少尉は、進撃の途中にもかかわらず、何度もボヤキを繰り返す。
本来、中隊長を務めるのは大尉かもしくは中尉といったあたりだ。
とてもではないが、特務少尉の出る幕ではない。
だが、急激とも言える戦闘機隊の拡大に、中隊長が務まる人材の養成が追いつかなかったのだろう。
だからこそ、自分が中隊長に抜擢されることになった。
そのことで、周囲は大出世だと冷やかすが、しかし弓削特務少尉にとっては笑い事どころではない。
八人の部下を抱えて冷酷極まりない空の戦いに臨むなど、重圧以外のなにものでもなかった。
もちろん、弓削特務少尉も腕に自信が無いわけではない。
一対一の戦いであれば、兵学校出の大尉や中尉に余裕で勝てると思っている。
伊達に特務士官の地位を得たわけではないのだ。
しかし、これが単騎ではなく中隊規模の戦いになってくると話は違ってくる。
周囲に目を配りつつ、部下たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように指揮官として立ち回らなければならない。
第六中隊が編組されたばかりの頃は、とてもではないがこのメンツで敵の戦闘機隊に太刀打ちできるとは思えなかった。
部下たちの平均技量が、開戦時だったときの同僚らと比べて明らかに低下していたからだ。
つい最近まで、弓削特務少尉は剣持一飛曹とそれに槍田一飛曹の三人でペアを組んでいた。
剣持一飛曹と槍田一飛曹はともに実戦経験が豊富で、技量区分がAとされる手練れだった。
弓削特務少尉にとっては安心して背中を預けられる、それこそ得難い同僚だった。
しかし、BB作戦に伴って戦闘機搭乗員が大量に必要になったことから、弓削小隊は解隊される。
上層部としては同じ小隊に腕利きを三人も集めておくなど、それこそ贅沢にも程があると考えたのだろう。
ただ、弓削特務少尉にとって慰めとなったのは、剣持一飛曹と槍田一飛曹がともに自身が率いる中隊の小隊長になってくれたことだ。
腕が立ち、そのうえ気心の知れた部下が身近にいてくれるということは、弓削特務少尉にとってはなによりもありがたかった。
あるいは、特務少尉でありながら中隊を率いることになった弓削特務少尉に対して、上層部が配慮してくれたのかもしれない。
ただ、一方で弓削特務少尉は剣持一飛曹と槍田一飛曹には同情の念を禁じ得なかった。
本来、小隊長は士官最下級の少尉かあるいは准士官である飛曹長が担うべきポジションだ。
だから、剣持一飛曹と槍田一飛曹もまた、身の丈に合わない役職を押し付けられた被害者と言ってよかった。
それに、弓削特務少尉が係長から課長になったようなものに対し、彼らは平社員からいきなり管理職にされてしまった形だ。
気の毒さ加減で言えば、彼らのほうが上だろう。
だから、弓削特務少尉は時間が許す限り、剣持一飛曹と槍田一飛曹に小隊長の心得とも言うべき知識を伝授した。
また、今回の作戦が始まるまでの間、弓削特務少尉は新しく第六中隊に配属された六人の部下を厳しく鍛えていた。
彼らのうちの半数は二飛曹で、残る半数が三飛曹だった。
当然のこととして、二飛曹は二番機、三飛曹は三番機を務めることになった。
その弓削特務少尉にとって、最大の重圧となったのは第六中隊が腕利き中隊として扱われていることだった。
「翔鶴」の艦戦隊は全部で九個中隊あるが、このうち第一から第六までが熟練と中堅で固めた腕利き中隊で、第七から第九までが若年搭乗員が多く含まれる格落ち中隊だった。
しかし、弓削特務少尉の目から見て二飛曹の三人はともかくとして、三飛曹の三人のほうは必要とされる技量水準に達していないように見受けられた。
実際、彼ら三人は筋は悪くないものの、しかし一方で明らかに実戦経験が不足していた。
卑怯、狡猾が大手を振ってまかり通る空の戦いで、この状況は非常に危うい。
だから、弓削特務少尉は空戦術だけでなく、空戦で生き残る心構えをそれこそ寸暇を惜しんで彼らに叩き込んでいった。
一方、三人の三飛曹もまた弓削特務少尉の教えを吸収すべく、貪欲とも言える姿勢で日々の訓練を重ねていった。
(我が身を嘆いていても何も始まらん。それに、第六中隊も当初に比べればずいぶんと術力も上がった)
新編入の六人の下士官は、弓削特務少尉とそれに剣持一飛曹と槍田一飛曹に可愛がられたことでメキメキと腕を上げた。
特に三人の三飛曹は当初は不安気だった態度も消え、今ではいっぱしの中堅と言ってもいいくらいのオーラを醸し出している。
その弓削特務少尉の耳に、前路警戒任務にあたっている一三試艦爆搭乗員の緊張を含んだ声が飛び込んでくる。
「敵編隊発見。十数機の編隊が八。高度四〇〇〇メートルにて貴隊に接近中! あと五分で接敵!」
おそらく、ブリスベンの豪軍は電探でこちらの襲撃を察知したのだろう。
しかも、すでに四〇〇〇メートルにまで上昇していることから、かなり早い段階でこちらの存在を捕捉していたはずだ。
残念ながら、電測兵器に関しては、自分たちよりも連合国側のほうが明らかに優れている。
(相手がテクノロジーで上を行くなら、こちらはテクニックで勝負だ!)
胸中で戦意を高めつつ、弓削特務少尉は零戦に同道している一三試艦爆、つまりは指揮管制機の指示を待つ。
「全機四五〇〇メートルまで上昇せよ。目標の選定については各隊指揮官に任せるが、重複が無いよう五航戦は左翼、六航戦は右翼に展開している敵を攻撃せよ」
空戦指揮官からの命令からほどなく、今度は「翔鶴」戦闘機隊長兼第一中隊長の新郷英城大尉から指示が飛んでくる。
「『翔鶴』一中隊と六中隊は左から二番目の編隊を目標とする。第四中隊ならびに第五中隊は最も左にある編隊を攻撃せよ。残る左翼側の敵編隊についてはこれを『瑞鶴』隊に任せる」
新郷大尉の命令に、弓削特務少尉は「やはりな」という思いを抱く。
第一次攻撃隊に参加したのは第一と第四、それに第五と第六の四つの中隊だ。
他の空母もまた、「翔鶴」隊と同じ構成になっているはずだ。
これらのうち、第一中隊が最強で、数字が増えるごとに錬度が低下していく。
第一中隊に続く戦力を持つ第二中隊と第三中隊が第二次攻撃隊に回されたのは九九艦爆や九七艦攻を確実に守るためだ。
守るべき者を抱えて戦うことは、それが極めて大きな掣肘となるから、やはりそこを任せられるのは第一中隊を除けば第二中隊と第三中隊しかない。
そして、新郷大尉が第一と第六、それに第四と第五に分けたのは、可能な限り戦力を均一にするためだ。
この措置は新郷大尉の配慮とも取れるが、逆に考えれば第六中隊が侮られているとも解釈できた。
ただ、それでも弓削特務少尉が熱くなることは無かった。
「六中隊一番より各機。第一撃は高度で優位に立つこちらが有利だ。後は訓練通りに臨めばいい」
機体を上昇させつつ、弓削特務少尉は平坦な声音で部下たちに指示を出す一方で、新しい形態の戦いに感心している。
(先行偵察機のおかげで敵の奇襲を受けずに済むだけでなく、優位ポジションまで確保することができた。そして、指揮管制機によって適切な戦力配分がなされている。まさに、某航空参謀が語っていた通りの展開になってきたな)
その某航空参謀は「これからの戦闘機同士の戦いは、適切な情報支援を与えられるかどうかによって勝敗が決まる」と搭乗員たちに力説していた。
その時は大げさだなと考えて軽く聞き流していたが、しかし百聞は一見にしかずの通り、自分たちは間違いなくその恩恵にあずかろうとしている。
前方のゴマ粒が飛行機の形に変わりつつある。
それらはいかにも慌てた様子で高度を上げようとする。
しかし、もう遅い。
頃合いを見計らった弓削特務少尉は機首を下方へと向ける。
後方をチラ見すれば、二番機と三番機もまた遅れずに追随している。
その様子に満足を覚えつつ、弓削特務少尉は位置エネルギーを速度エネルギーに置換、さらにスピードに乗ったまま二〇ミリ機銃と七・七ミリ機銃を撃ちかける。
大口径の二〇ミリ弾に、さらに重力の恩恵までが加われば、その破壊力は絶大だ。
弓削特務少尉が放つ二〇ミリ弾それに七・七ミリ弾をしたたかに浴びたP40が盛大に炎と煙の尾を引きずりながらブリスベン沖の海へと墜ちていく。
完全に機先を制された敵戦闘機隊は、そのことで連携をズタズタにされてしまう。
各個撃破の好機到来とばかりに零戦が敵戦闘機に食らいつく。
一三〇〇馬力を発揮する金星発動機を備えた零戦三二型の加速は鋭い。
あっという間に敵戦闘機の後方に遷移し、情け無用とばかりに銃弾を吐き出していく。
会敵時にはそれほど大きな数の差が無かったはずの彼我の戦闘機隊は、しかし出会い頭の一撃でその天秤は日本側に大きく傾いた。
「矢野代われ!」
弓削特務少尉は矢野二飛曹に短く命令し、自身は二番機の位置に下がる。
圧倒的に有利となったことで、部下に経験を積ませようと考えたのだ。
その弓削特務少尉から指名を受けた矢野二飛曹だが、すでに目をつけていた機体があったのだろう。
僚機からはぐれたと思しき単機のP40に迷うこと無くその機首を向ける。
一方、狙われた側のP40は一対三では勝負にならないとばかりにさっさと逃げに転じる。
しかし、そのP40の速度が乗り切らないうちに矢野二飛曹がスロットル全開で急迫、二〇ミリ弾と七・七ミリ弾を相手に向けて盛大にばら撒いていく。
さすがに弓削特務少尉のように一撃で仕留めるというわけにはいかなかったが、それでも最終的にはP40に火を噴かせることに成功した。
そのなぶり殺しのような目に遭ったP40は、機体も翼も穴だらけにされていた。
(あれでは助からんな)
矢野二飛曹の撃墜を認定しつつ、一番機の位置に戻った弓削特務少尉はさらなる獲物を探す。
しかし、飛んでいるのは零戦ばかりで、P40の姿はどこにも見当たらなかった。
「翔鶴」戦闘機隊第六中隊を指揮する弓削特務少尉は、進撃の途中にもかかわらず、何度もボヤキを繰り返す。
本来、中隊長を務めるのは大尉かもしくは中尉といったあたりだ。
とてもではないが、特務少尉の出る幕ではない。
だが、急激とも言える戦闘機隊の拡大に、中隊長が務まる人材の養成が追いつかなかったのだろう。
だからこそ、自分が中隊長に抜擢されることになった。
そのことで、周囲は大出世だと冷やかすが、しかし弓削特務少尉にとっては笑い事どころではない。
八人の部下を抱えて冷酷極まりない空の戦いに臨むなど、重圧以外のなにものでもなかった。
もちろん、弓削特務少尉も腕に自信が無いわけではない。
一対一の戦いであれば、兵学校出の大尉や中尉に余裕で勝てると思っている。
伊達に特務士官の地位を得たわけではないのだ。
しかし、これが単騎ではなく中隊規模の戦いになってくると話は違ってくる。
周囲に目を配りつつ、部下たちが最高のパフォーマンスを発揮できるように指揮官として立ち回らなければならない。
第六中隊が編組されたばかりの頃は、とてもではないがこのメンツで敵の戦闘機隊に太刀打ちできるとは思えなかった。
部下たちの平均技量が、開戦時だったときの同僚らと比べて明らかに低下していたからだ。
つい最近まで、弓削特務少尉は剣持一飛曹とそれに槍田一飛曹の三人でペアを組んでいた。
剣持一飛曹と槍田一飛曹はともに実戦経験が豊富で、技量区分がAとされる手練れだった。
弓削特務少尉にとっては安心して背中を預けられる、それこそ得難い同僚だった。
しかし、BB作戦に伴って戦闘機搭乗員が大量に必要になったことから、弓削小隊は解隊される。
上層部としては同じ小隊に腕利きを三人も集めておくなど、それこそ贅沢にも程があると考えたのだろう。
ただ、弓削特務少尉にとって慰めとなったのは、剣持一飛曹と槍田一飛曹がともに自身が率いる中隊の小隊長になってくれたことだ。
腕が立ち、そのうえ気心の知れた部下が身近にいてくれるということは、弓削特務少尉にとってはなによりもありがたかった。
あるいは、特務少尉でありながら中隊を率いることになった弓削特務少尉に対して、上層部が配慮してくれたのかもしれない。
ただ、一方で弓削特務少尉は剣持一飛曹と槍田一飛曹には同情の念を禁じ得なかった。
本来、小隊長は士官最下級の少尉かあるいは准士官である飛曹長が担うべきポジションだ。
だから、剣持一飛曹と槍田一飛曹もまた、身の丈に合わない役職を押し付けられた被害者と言ってよかった。
それに、弓削特務少尉が係長から課長になったようなものに対し、彼らは平社員からいきなり管理職にされてしまった形だ。
気の毒さ加減で言えば、彼らのほうが上だろう。
だから、弓削特務少尉は時間が許す限り、剣持一飛曹と槍田一飛曹に小隊長の心得とも言うべき知識を伝授した。
また、今回の作戦が始まるまでの間、弓削特務少尉は新しく第六中隊に配属された六人の部下を厳しく鍛えていた。
彼らのうちの半数は二飛曹で、残る半数が三飛曹だった。
当然のこととして、二飛曹は二番機、三飛曹は三番機を務めることになった。
その弓削特務少尉にとって、最大の重圧となったのは第六中隊が腕利き中隊として扱われていることだった。
「翔鶴」の艦戦隊は全部で九個中隊あるが、このうち第一から第六までが熟練と中堅で固めた腕利き中隊で、第七から第九までが若年搭乗員が多く含まれる格落ち中隊だった。
しかし、弓削特務少尉の目から見て二飛曹の三人はともかくとして、三飛曹の三人のほうは必要とされる技量水準に達していないように見受けられた。
実際、彼ら三人は筋は悪くないものの、しかし一方で明らかに実戦経験が不足していた。
卑怯、狡猾が大手を振ってまかり通る空の戦いで、この状況は非常に危うい。
だから、弓削特務少尉は空戦術だけでなく、空戦で生き残る心構えをそれこそ寸暇を惜しんで彼らに叩き込んでいった。
一方、三人の三飛曹もまた弓削特務少尉の教えを吸収すべく、貪欲とも言える姿勢で日々の訓練を重ねていった。
(我が身を嘆いていても何も始まらん。それに、第六中隊も当初に比べればずいぶんと術力も上がった)
新編入の六人の下士官は、弓削特務少尉とそれに剣持一飛曹と槍田一飛曹に可愛がられたことでメキメキと腕を上げた。
特に三人の三飛曹は当初は不安気だった態度も消え、今ではいっぱしの中堅と言ってもいいくらいのオーラを醸し出している。
その弓削特務少尉の耳に、前路警戒任務にあたっている一三試艦爆搭乗員の緊張を含んだ声が飛び込んでくる。
「敵編隊発見。十数機の編隊が八。高度四〇〇〇メートルにて貴隊に接近中! あと五分で接敵!」
おそらく、ブリスベンの豪軍は電探でこちらの襲撃を察知したのだろう。
しかも、すでに四〇〇〇メートルにまで上昇していることから、かなり早い段階でこちらの存在を捕捉していたはずだ。
残念ながら、電測兵器に関しては、自分たちよりも連合国側のほうが明らかに優れている。
(相手がテクノロジーで上を行くなら、こちらはテクニックで勝負だ!)
胸中で戦意を高めつつ、弓削特務少尉は零戦に同道している一三試艦爆、つまりは指揮管制機の指示を待つ。
「全機四五〇〇メートルまで上昇せよ。目標の選定については各隊指揮官に任せるが、重複が無いよう五航戦は左翼、六航戦は右翼に展開している敵を攻撃せよ」
空戦指揮官からの命令からほどなく、今度は「翔鶴」戦闘機隊長兼第一中隊長の新郷英城大尉から指示が飛んでくる。
「『翔鶴』一中隊と六中隊は左から二番目の編隊を目標とする。第四中隊ならびに第五中隊は最も左にある編隊を攻撃せよ。残る左翼側の敵編隊についてはこれを『瑞鶴』隊に任せる」
新郷大尉の命令に、弓削特務少尉は「やはりな」という思いを抱く。
第一次攻撃隊に参加したのは第一と第四、それに第五と第六の四つの中隊だ。
他の空母もまた、「翔鶴」隊と同じ構成になっているはずだ。
これらのうち、第一中隊が最強で、数字が増えるごとに錬度が低下していく。
第一中隊に続く戦力を持つ第二中隊と第三中隊が第二次攻撃隊に回されたのは九九艦爆や九七艦攻を確実に守るためだ。
守るべき者を抱えて戦うことは、それが極めて大きな掣肘となるから、やはりそこを任せられるのは第一中隊を除けば第二中隊と第三中隊しかない。
そして、新郷大尉が第一と第六、それに第四と第五に分けたのは、可能な限り戦力を均一にするためだ。
この措置は新郷大尉の配慮とも取れるが、逆に考えれば第六中隊が侮られているとも解釈できた。
ただ、それでも弓削特務少尉が熱くなることは無かった。
「六中隊一番より各機。第一撃は高度で優位に立つこちらが有利だ。後は訓練通りに臨めばいい」
機体を上昇させつつ、弓削特務少尉は平坦な声音で部下たちに指示を出す一方で、新しい形態の戦いに感心している。
(先行偵察機のおかげで敵の奇襲を受けずに済むだけでなく、優位ポジションまで確保することができた。そして、指揮管制機によって適切な戦力配分がなされている。まさに、某航空参謀が語っていた通りの展開になってきたな)
その某航空参謀は「これからの戦闘機同士の戦いは、適切な情報支援を与えられるかどうかによって勝敗が決まる」と搭乗員たちに力説していた。
その時は大げさだなと考えて軽く聞き流していたが、しかし百聞は一見にしかずの通り、自分たちは間違いなくその恩恵にあずかろうとしている。
前方のゴマ粒が飛行機の形に変わりつつある。
それらはいかにも慌てた様子で高度を上げようとする。
しかし、もう遅い。
頃合いを見計らった弓削特務少尉は機首を下方へと向ける。
後方をチラ見すれば、二番機と三番機もまた遅れずに追随している。
その様子に満足を覚えつつ、弓削特務少尉は位置エネルギーを速度エネルギーに置換、さらにスピードに乗ったまま二〇ミリ機銃と七・七ミリ機銃を撃ちかける。
大口径の二〇ミリ弾に、さらに重力の恩恵までが加われば、その破壊力は絶大だ。
弓削特務少尉が放つ二〇ミリ弾それに七・七ミリ弾をしたたかに浴びたP40が盛大に炎と煙の尾を引きずりながらブリスベン沖の海へと墜ちていく。
完全に機先を制された敵戦闘機隊は、そのことで連携をズタズタにされてしまう。
各個撃破の好機到来とばかりに零戦が敵戦闘機に食らいつく。
一三〇〇馬力を発揮する金星発動機を備えた零戦三二型の加速は鋭い。
あっという間に敵戦闘機の後方に遷移し、情け無用とばかりに銃弾を吐き出していく。
会敵時にはそれほど大きな数の差が無かったはずの彼我の戦闘機隊は、しかし出会い頭の一撃でその天秤は日本側に大きく傾いた。
「矢野代われ!」
弓削特務少尉は矢野二飛曹に短く命令し、自身は二番機の位置に下がる。
圧倒的に有利となったことで、部下に経験を積ませようと考えたのだ。
その弓削特務少尉から指名を受けた矢野二飛曹だが、すでに目をつけていた機体があったのだろう。
僚機からはぐれたと思しき単機のP40に迷うこと無くその機首を向ける。
一方、狙われた側のP40は一対三では勝負にならないとばかりにさっさと逃げに転じる。
しかし、そのP40の速度が乗り切らないうちに矢野二飛曹がスロットル全開で急迫、二〇ミリ弾と七・七ミリ弾を相手に向けて盛大にばら撒いていく。
さすがに弓削特務少尉のように一撃で仕留めるというわけにはいかなかったが、それでも最終的にはP40に火を噴かせることに成功した。
そのなぶり殺しのような目に遭ったP40は、機体も翼も穴だらけにされていた。
(あれでは助からんな)
矢野二飛曹の撃墜を認定しつつ、一番機の位置に戻った弓削特務少尉はさらなる獲物を探す。
しかし、飛んでいるのは零戦ばかりで、P40の姿はどこにも見当たらなかった。
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