征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲

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エピローグ

第107話 無くならない火種

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 グアムに立ち寄り、米兵捕虜を降ろした。
 そして、本土へと戻る航海の中、生沢長官と志津頼先任参謀は長官室で世間話をしていた。
 一般的な司令長官と参謀のそれに比べて、この二人の振る舞いはかなり自由だった。
 およそ、軍人らしくない。
 「大鳳」艦橋の中にはそんな二人の態度に眉をひそめる者もいた。
 しかし、圧倒的ともいえる実績を挙げてきた彼らに対し、面と向かって文句を言う者はいなかった。

 「マリアナは守られたとして、これからどうなるんでしょうね」

 志津頼先任参謀が軽い調子で生沢長官に話しかける。
 ここには二人しかいないから、ふだん以上に気を遣わない。

 「今回の戦いで第五艦隊、つまりは実質的な太平洋艦隊の主力は壊滅した。さすがの米軍も、こればっかりは予想もしていなかったことだろう。まあ、よほどの夢想家でもない限り、一八隻もの空母が一度に撃沈されるなどといったことは慮外もいいところだからな」

 空母は貴重な艦であるがゆえにその守りは堅い。
 巡洋艦や駆逐艦のみならず、時には戦艦までもがその護衛にあたる。
 それゆえに、一隻沈めるだけでも大変な労力と犠牲を強いられる。
 だから海軍に詳しい者ほど、一機艦が挙げた戦果に疑いの眼差しを向けていることだろう。
 実際、志津頼先任参謀も当事者でなければ「また大本営発表か」と言って一笑に付していたはずだ。

 「ふつうはあり得ないことですからね。それに、たとえ小説のようなフィクションであったとしても、さすがに空母が一度に一八隻も沈んだら、それこそリアリティが欠如しているとして読者から袋叩きの目に遭ってしまいますよ」

 一八隻もの空母を撃沈したなど、それこそ信じるほうがどうかしている。
 そう話す志津頼先任参謀に生沢長官は苦笑しつつ話を続ける。

 「しかし、そのあり得ないことで米軍は戦略の根本的な見直しを迫られることになった。もともと、この戦争については、米国は欧州こそを第一とする主義を掲げていた。
 一八隻の空母とそれに数十隻の護衛空母、それらに加えてほとんど無傷を保っている陸軍の戦力を投入すれば、当然のこととして英国に逆上陸することも可能だったはずだ。しかし、彼らはそれをやらなかった。いや、出来なかった」

 生沢長官はそこでいったん言葉を切る。
 一方の志津頼先任参謀も、ここまでは理解できている。
 米軍が英国の解放よりもマリアナ攻略を優先させたのは、ひとえに連合艦隊が目障りだったからだ。

 もし、米海軍がその戦力を大西洋に集中すれば、一方の連合艦隊のほうは容易にトラック島やマーシャル諸島を奪還できるだけでなく、ハワイを陥とすことだって可能となる。
 そして、もしハワイが陥ちれば、間違いなく西海岸の諸都市でパニックが起きる。
 だから、欧州第一主義を掲げているのにもかかわらず、米軍はマリアナに侵攻してきた。
 四発重爆の前進基地を確保するのと併せて連合艦隊を叩くために。

 「いずれにせよ、一八隻の空母とそれに一二〇〇機にも及ぶ艦上機を擁していた彼らは、しかし我々の前に完敗を喫した。そうであれば、彼らが再び侵攻を企てる時にはそれ以上の戦力が必要になると考えるのは至極当然のことだ。
 おそらく、現状の我々と対峙するだけでも二〇隻の『エセックス』級空母が必要だと判断するだろう。だが、いかに建艦能力に優れた米国といえども、しかし二〇隻もの『エセックス』級空母を前線で使えるようにするには最低でも二年はかかる」

 米国は三〇隻を超える「エセックス」級空母の発注をすでに済ませている。
 今回の戦いでそのうちの九隻を撃沈したものの、しかしそれは全体の三割にも満たない。
 ただ、一方で「エセックス」級空母のような大型艦ともなれば、一度に数を揃えられるわけでもない。
 いかに、米国が桁外れの造船能力を持つとは言っても、さすがに限度がある。
 おそらく、一年で一ダース造ることが出来ればいいほうだろう。

 (それでも、月刊空母になってしまうが)

 呆れにも似た思いを抱きつつ、志津頼先任参謀は生沢長官の言葉を待つ。

 「そして、それまで米国民が戦争を我慢できる保証は無い」

 米国は英国とは違い、自給自足を可能としている。
 だが、欧州との交易が絶たれたうえに、さらに北米と南米を結ぶ交通線が日本軍やドイツ軍の潜水艦によって厳しい状況に立たされていることから、嗜好品の類が著しく不足していた。
 戦争景気によって食うには困らないが、しかし潤いの無い生活。
 これが米国の庶民の実情だった。

 「もし、貴官が三度の飯は腹いっぱい食えたとして、しかし酒が無くなったらどうする」

 生沢長官が意地の悪い笑みを見せつつ、志津頼先任参謀に問いかける。

 「人使いの荒い上官から受けたストレスを発散してくれる酒が無くなるというのは、さすがにきついですね」

 志津頼先任参謀の返しに、生沢長官は大笑する。

 「そうだろう。それが今の米国民の現状だ」

 人はパンのみにて生くるものにあらず。
 志津頼先任参謀はその言葉を思い起こす。
 人という生き物は物資だけではなく、精神もまたこれを満たされることを求めて生きる存在であるといったようなニュアンスだったと思う。
 しかし、今の米国民は精神以前にその物資さえもが満たされていない。
 これは、結構つらい状況だ。
 ただ、それでも我慢すべき範疇だと志津頼先任参謀は思う。
 日本では腹いっぱいご飯を食べることができない欠食児童が、それこそ至る所に存在する。

 「つまり、米政府はともかくとして、米国民のほうは戦争をやめたがっているということですか」

 そんなお粗末な理由で戦争をやめたがる国民がいるのか?
 そういった疑問を顕にしつつ、志津頼先任参謀が重ねて問いかける。

 「その通りだ。英国や豪州が戦争から降りたのに、なぜ米国が日本やドイツ、それにイタリアを相手に延々と戦争を続けなければならないのか。そして、なぜ自分たちが我慢を強いられるのか。それが、米国民の率直な疑問あるいは考えでもある。そして、その不満が爆発するのを米政府それに米大統領は恐れている」

 米大統領が世論、特に支持率を気にしていることは志津頼先任参謀もこれを承知している。

 「そうなってくると、米大統領にとってマリアナ沖海戦の大敗はかなりまずい状況だとは言えませんか。あの敗北によって、米国は日本とそれにドイツを短期間のうちに屈服させることが不可能となりましたから」

 そう話したことで、志津頼先任参謀は一つの考えに至る。
 生沢長官は捕虜の扱いについて、米軍を相手にこれを平文でやりとりしていた。
 このことについて、志津頼先任参謀はてっきり第五艦隊の敗北を世界中に広めるためのものだとばかり考えていた。

 しかし、実のところは米国民に対する嫌がらせあるいは恫喝だったのではないか。
 不毛な戦争から抜け出し、一刻も早く楽になりたいと願っている相手に苦痛はまだまだ続くぞ、先の見えない長期戦になるぞと脅し、そのことで厭戦気分を惹起せしむる。

 「その通りだ。米大統領はそれこそ頭を抱えているだろうな」

 生沢長官が露悪的な笑みを浮かべる。
 少し楽しそうだ。

 「それと、時期を同じくして世界情勢もまた大きく変わる。春に始まったドイツ軍の大攻勢によって、ソ連軍は押し込まれる一方だ。おそらく、秋までにソ連は国家的継戦能力を失うだろう」

 一昨年の時点でペルシャ回廊、それに援ソ船団からの支援を失ったソ連軍は、逆に勢いを増すドイツ軍を相手に防戦一方だった。
 ドイツ軍はこれまで自軍には無かった四発重爆を使ってソ連軍を頭上から叩きのめした。
 逆にソ連側から見れば、かつての友軍だった英国の四発重爆によって自分たちが苦しめられるというのは、それこそ悪夢として映っていたはずだ。

 いずれにせよ、英国が戦争から脱落して以降はソ連軍の退潮が顕著で、昨年などは冬の到来があとわずかに遅ければ、その時点でソ連の敗北が決定的になっていたとさえ言われていた。
 そして今春。
 雪解けと同時にドイツ軍は進攻を再開。
 昨年と同様に破竹の快進撃を見せている。
 あるいは、米軍がマリアナ攻略を急いだのも、この件がかかわっているのかもしれない。

 「そして、その様子を見た帝国陸軍だが、こちらはソ連に対して宣戦布告を考えるようになった。今回の我々の勝利で、その流れは決定的なものになったことだろう」

 生沢長官の今の話は、少しばかり衝撃が大き過ぎた。
 思わず大声を出しそうになった自身に、しかし志津頼先任参謀はそれを理性で抑え込んだ。
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