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第14話 守られる恋と誇り
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塔を包囲する兵の足音が近づいている。
階段を打ち鳴らす鉄靴の響きが、まるで運命を数える鐘のように、ぞくりとした音を立てて響いていた。
扉の外から怒号が上がる。「王太子殿下を拘束せよ!」
“殿下を拘束”という言葉が、クロエの胸を貫いた。
「殿下……何をするつもりですか。」
「ここに留まる理由はない。宰相派が塔を占拠する前に抜け出さねば。」
ノエルは短く息を吐き、塔の背面にある小さな窓へ近づいた。そこは外壁に沿って狭い通路が走り、作業用の橋が隣の塔へとつながっている。
だが鉄の橋は古く、風に軋んでいた。
「通るには危険すぎます!」
「他の道はもう塞がれている。行くしかない。」
クロエの言葉を遮り、ノエルは決然とした声で命じた。
「君は先に行け。私が後ろから護る。」
「いいえ、私が先に行きます。殿下を残して渡るなんてできません。」
「命令だ、クロエ!」
「それでも、嫌です。」
その強気な反駁に、ノエルは一瞬目を見張った。
クロエの瞳には、確かな誇りと覚悟の光が宿っている。
「私は侍女です。殿下を守ることも務めのひとつ。誰に責められようとも、それが私の信念です。」
その言葉に、ノエルは小さく笑みをこぼした。
「君は本当にどうしようもないほど頑固だ。」
「殿下も同じです。」
互いの笑顔は一瞬だった。外から衝撃音が響き、塔の扉が軋む。時間がない。
クロエは外壁へ身を躍らせ、足場を確かめながら鉄の橋に足をかけた。風が強く、体ごと持ち上げられそうになる。
ノエルが後ろから支える。
「風に逆らわず進め、下を見るな。」
「はい!」
二人の声が、轟く風音にかき消される。
橋の途中で背後から叫び声。「見つけたぞ! 逃がすな!」
弓弦が鳴り、矢が放たれた。
クロエの頬をかすめた矢が、すぐ横の手すりを打ち砕く。
一瞬、足元が揺れ、体が宙を滑る。
「クロエ!」
ノエルが素早く腕を伸ばし、その手を掴んだ。風の中で手と手が絡み、ぎりぎりの力でつながる。
「放さないで!」
「放すものか!」
彼は全身の力を込めて引き上げ、クロエを抱き寄せるようにして安全な足場に立たせた。息が乱れ、体を支え合う二人の間を風が通り過ぎる。
「……もう、殿下こそ無茶をしないでください。」
「君が落ちたら、僕も落ちていた。」
冗談めかした声に、クロエは目を伏せて笑った。胸の奥が熱くなる。
ようやく対岸の塔にたどり着くと、そこには古い格納庫があった。物資を吊り上げるための滑車と綱車。
ノエルはそこへクロエを導く。
「ここからなら地下通路につながっている。君だけでも先に避難を。」
「殿下は?」
「私は残る。彼らの進路を塞ぐ。」
きっぱりと言い切るその声音に、クロエは思わず首を振った。
「危険です。敵の数は十や二十ではないのに。」
「だからこそ、誰かが足止めをしなければ王妃も母国も守れない。」
彼の決意は、王族の覚悟そのものだった。
けれど、納得できなかった。
クロエは一歩踏み出す。
「殿下、覚えていませんか。“共に歩む”とおっしゃったでしょう。」
ノエルの瞳がわずかに揺れる。
「その言葉を撤回なさるなら、私はここで命を懸けます。」
「クロエ……。」
「私を置いて行かないでください。私は殿下に仕えると決めました。最後まで。」
沈黙の後、ノエルは深く息を吐き、手を伸ばした。
「分かった。ならば一緒に行こう。君を残して戦っても勝てはしない。」
「それでこそ私の主です。」
クロエの笑みに、ノエルはほほえみ返す。
二人が通路に足を踏み入れると、闇が支配する地下道が広がっていた。湿った空気の中を駆けながら、彼は短く話す。
「宰相派はいずれ反乱の大義を掲げようとしている。父王が病を患っている今、王位継承の混乱を狙っている。」
「殿下、ならば王妃陛下も危険では?」
「彼らはまだ母上を利用価値のある存在と見ているだろう。だが、宰相が目をつけるのは“次の王”――つまり私だ。」
「殿下を失えば国は宰相の傀儡になる……。」
「だからこそ、逃げるわけにはいかない。」
塔の外では再び衝撃音が響く。
追手が近い。
クロエは必死に足を動かしながら、息を詰めて問う。
「殿下、どうしてそんなに強くいられるのです。」
「強く見えるだけです。」
「違います。貴方は……人の心を守れる方です。」
「心を?」
「はい。私がここにいるのは、殿下が私の心を守ってくださったから。」
ノエルが立ち止まる。
暗闇の中、その目が柔らかく光る。
「なら、僕にも君を守る理由ができた。」
その時、背後から声が響いた。
「王太子殿下、逃がすな!」
松明の明かりが暗闇を切り裂き、十数名の兵が押し寄せる。
ノエルはクロエをかばいながら剣を抜いた。
「クロエ、下がっていなさい。」
「嫌です! 一人にしないでください!」
「頼む、これは……!」
だがクロエの手が彼の腕を掴んだ。
「私がここにいる意味を、奪わないでください!」
ノエルの動きが止まり、次の瞬間、彼は短く頷く。
「わかった。君が横にいるなら、私は恐れない。」
二人は背中合わせに位置を取り、敵の突進を迎え撃った。
鋼の音が狭い通路に響き、火花が散る。
ノエルの剣が弾く隙を、クロエが拾った槍で支える。
兵士が倒れるたび、二人の呼吸がひとつに合っていく。
「殿下、左に!」
「任せた!」
息ぴったりに反撃し、最後の一人を押し倒した瞬間、静寂が戻った。
クロエの頬に汗と血が混じる。震える手を握り直すと、ノエルが彼女の肩を支えた。
「よくやった、クロエ。君がいなければ、今ので終わっていた。」
「私は、殿下の背を守っただけです。」
「それがどれほど心強いことか、君は分かっていない。」
彼の手がそのまま頬に触れる。
指先が震えるほどの温かさ。
「怖かった。君を失うことを想像するだけで。」
「殿下は私を守る方です……なら、私は殿下の恐れを守ります。」
クロエが微笑むその声が、闇に光を灯すようだった。
ノエルは短く息をのみ、彼女を抱き寄せた。
「ありがとう、クロエ。」
彼の胸の鼓動が、彼女の肩に響く。
その音は、生きている証であり、二人がまだ戦える証だった。
しかしその背後で、遠く不気味な音が響いた。
地上へと続く階段の方から、重い扉の閉まる音と、何かが崩れる振動。
「……出口が塞がれた?」
「待ち伏せかもしれません。」
「宰相め、周到だ。」
ノエルは剣を握りしめる。
「だが、ここで終わらせはしない。君にも、僕にも、まだ果たす誓いがある。」
クロエは静かに頷いた。
「信じています。殿下がこの国を照らす光だと。」
崩れかけた石畳の上で、二人は再び立ち上がる。
痛みも疲れも忘れ、ただ前へ進む。
守るために。愛を誇りに変えるために。
地上の光を再び見るその時まで、
王太子と侍女の絆は、決して断たれなかった。
続く
階段を打ち鳴らす鉄靴の響きが、まるで運命を数える鐘のように、ぞくりとした音を立てて響いていた。
扉の外から怒号が上がる。「王太子殿下を拘束せよ!」
“殿下を拘束”という言葉が、クロエの胸を貫いた。
「殿下……何をするつもりですか。」
「ここに留まる理由はない。宰相派が塔を占拠する前に抜け出さねば。」
ノエルは短く息を吐き、塔の背面にある小さな窓へ近づいた。そこは外壁に沿って狭い通路が走り、作業用の橋が隣の塔へとつながっている。
だが鉄の橋は古く、風に軋んでいた。
「通るには危険すぎます!」
「他の道はもう塞がれている。行くしかない。」
クロエの言葉を遮り、ノエルは決然とした声で命じた。
「君は先に行け。私が後ろから護る。」
「いいえ、私が先に行きます。殿下を残して渡るなんてできません。」
「命令だ、クロエ!」
「それでも、嫌です。」
その強気な反駁に、ノエルは一瞬目を見張った。
クロエの瞳には、確かな誇りと覚悟の光が宿っている。
「私は侍女です。殿下を守ることも務めのひとつ。誰に責められようとも、それが私の信念です。」
その言葉に、ノエルは小さく笑みをこぼした。
「君は本当にどうしようもないほど頑固だ。」
「殿下も同じです。」
互いの笑顔は一瞬だった。外から衝撃音が響き、塔の扉が軋む。時間がない。
クロエは外壁へ身を躍らせ、足場を確かめながら鉄の橋に足をかけた。風が強く、体ごと持ち上げられそうになる。
ノエルが後ろから支える。
「風に逆らわず進め、下を見るな。」
「はい!」
二人の声が、轟く風音にかき消される。
橋の途中で背後から叫び声。「見つけたぞ! 逃がすな!」
弓弦が鳴り、矢が放たれた。
クロエの頬をかすめた矢が、すぐ横の手すりを打ち砕く。
一瞬、足元が揺れ、体が宙を滑る。
「クロエ!」
ノエルが素早く腕を伸ばし、その手を掴んだ。風の中で手と手が絡み、ぎりぎりの力でつながる。
「放さないで!」
「放すものか!」
彼は全身の力を込めて引き上げ、クロエを抱き寄せるようにして安全な足場に立たせた。息が乱れ、体を支え合う二人の間を風が通り過ぎる。
「……もう、殿下こそ無茶をしないでください。」
「君が落ちたら、僕も落ちていた。」
冗談めかした声に、クロエは目を伏せて笑った。胸の奥が熱くなる。
ようやく対岸の塔にたどり着くと、そこには古い格納庫があった。物資を吊り上げるための滑車と綱車。
ノエルはそこへクロエを導く。
「ここからなら地下通路につながっている。君だけでも先に避難を。」
「殿下は?」
「私は残る。彼らの進路を塞ぐ。」
きっぱりと言い切るその声音に、クロエは思わず首を振った。
「危険です。敵の数は十や二十ではないのに。」
「だからこそ、誰かが足止めをしなければ王妃も母国も守れない。」
彼の決意は、王族の覚悟そのものだった。
けれど、納得できなかった。
クロエは一歩踏み出す。
「殿下、覚えていませんか。“共に歩む”とおっしゃったでしょう。」
ノエルの瞳がわずかに揺れる。
「その言葉を撤回なさるなら、私はここで命を懸けます。」
「クロエ……。」
「私を置いて行かないでください。私は殿下に仕えると決めました。最後まで。」
沈黙の後、ノエルは深く息を吐き、手を伸ばした。
「分かった。ならば一緒に行こう。君を残して戦っても勝てはしない。」
「それでこそ私の主です。」
クロエの笑みに、ノエルはほほえみ返す。
二人が通路に足を踏み入れると、闇が支配する地下道が広がっていた。湿った空気の中を駆けながら、彼は短く話す。
「宰相派はいずれ反乱の大義を掲げようとしている。父王が病を患っている今、王位継承の混乱を狙っている。」
「殿下、ならば王妃陛下も危険では?」
「彼らはまだ母上を利用価値のある存在と見ているだろう。だが、宰相が目をつけるのは“次の王”――つまり私だ。」
「殿下を失えば国は宰相の傀儡になる……。」
「だからこそ、逃げるわけにはいかない。」
塔の外では再び衝撃音が響く。
追手が近い。
クロエは必死に足を動かしながら、息を詰めて問う。
「殿下、どうしてそんなに強くいられるのです。」
「強く見えるだけです。」
「違います。貴方は……人の心を守れる方です。」
「心を?」
「はい。私がここにいるのは、殿下が私の心を守ってくださったから。」
ノエルが立ち止まる。
暗闇の中、その目が柔らかく光る。
「なら、僕にも君を守る理由ができた。」
その時、背後から声が響いた。
「王太子殿下、逃がすな!」
松明の明かりが暗闇を切り裂き、十数名の兵が押し寄せる。
ノエルはクロエをかばいながら剣を抜いた。
「クロエ、下がっていなさい。」
「嫌です! 一人にしないでください!」
「頼む、これは……!」
だがクロエの手が彼の腕を掴んだ。
「私がここにいる意味を、奪わないでください!」
ノエルの動きが止まり、次の瞬間、彼は短く頷く。
「わかった。君が横にいるなら、私は恐れない。」
二人は背中合わせに位置を取り、敵の突進を迎え撃った。
鋼の音が狭い通路に響き、火花が散る。
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痛みも疲れも忘れ、ただ前へ進む。
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続く
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