元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第21話 告白──真実のキス

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冬の風が王都を吹き抜け、灰色の雲が低く垂れこめていた。  
北から届く冷気は、戦の火種を沈めようとするかのように鋭く、肌を刺す。  
王都では兵が立て直しの準備を進め、ノエルは軍議を終えたばかりだった。  
長く続いた宰相派の陰謀は鎮められたが、南のフェルナンド家の反乱はいまだ続いている。  
沈黙の報せが、彼の心にさざ波のような不安を残していた。  

「殿下、これ以上の出陣は危険です。傷のお痛みも癒えておりません。」  
侍医の言葉にノエルはうなずく。  
だが、その眼差しには迷いがなかった。  
「それでも行く。各地の領が恐れのまま動けば、国が割れる。」  
「それでは……王妃陛下がお悲しみに――」  
「悲しませぬためにも、動くしかない。」  

執務室から出た瞬間、冷たい風が頬を撫でた。  
遠くの廊下から、聞き慣れた足音が小さく響く。  
「殿下。」  
クロエだった。  
長い黒髪を後ろで束ね、淡い藍色の裾を揺らしていた。  
顔色はようやく戻っているが、彼女の瞳には依然として静かな決意が宿っている。  

「ご出陣と聞きました。」  
「……知っていたのか。」  
「侍女たちは隠しても通じます。殿下の表情を見れば、誰もが察します。」  
ノエルは苦笑する。  
「君は鋭いな。」  
「それだけではありません。」  
クロエは一歩踏み込み、真っ直ぐに見つめた。  
「私は殿下の瞳に、沈黙と迷いの色を見るのです。心の戦が、まだ終わっていないと。」  

ノエルの胸に、わずかな痛みが広がる。  
「戦が終わらないのは、外ではなく、私の中かもしれない。」  
「その戦を終わらせるために、誰かと共にあるのです。」  
「誰か?」  
「“殿下の孤独”を知り、支える人です。」  

その言葉に、ノエルは立ち止まった。  
廊下の窓辺から光が差し込み、彼女の横顔を柔らかく包む。  
白い頬にその光が映え、まるで冬の朝霧に咲く花のようだった。  

「クロエ。君はいつも私を理解しすぎる。」  
「そうでなければ、侍女など務まりません。」  
「……それでも、私は王族だ。君を傍に置くことは容易ではない。」  
「身分の問題でしょうか。それとも、世間の目でしょうか。」  
「どちらもだ。」  
「では、殿下。」クロエの声が澄んで響く。  
「“心を貫く勇気”さえあれば、人は身分も越えられるはずです。」  

ノエルは目を見張った。  
彼にとって王太子とは、民を護るために自らを犠牲にする存在だった。  
だが、この言葉はまるで逆の世界を示していた。  
「……君は、私が知らなかった強さを持っている。」  
「殿下に教えられたのです。弱さを抱えたままでも人は歩けると。」  
二人の間に、言葉では覆えない想いが張り詰めた。  

「それでも行くのか。」クロエの声は震えていた。  
「行く。これが私の責務だ。」  
「では、どうか一つだけお守りください。――ご自身を犠牲にしないでください。」  
「もし犠牲を払わねば守れないものがあるなら?」  
「犠牲の上に守られた平和は、すぐに崩れます。殿下が生きていてこそ、この国も生きます。」  

その言葉に、ノエルの心が音を立てて揺れた。  
彼女はただ侍女としての忠誠を述べているのではない。  
一人の人間として、自分を想い、恐れてくれている――。  

「クロエ、もし君が私に王としての顔以外を見てもなお離れないなら、私はもう隠さない。」  
「隠すとは……?」  
「私の心をだ。」  

ノエルは一歩近づき、彼女の顔の前に立った。  
長身の影が光を遮り、二人の距離は息が触れるほどになった。  
「君に出会ってから、私は何度も立場を忘れた。王族として生きることを繰り返し心に刻んでも、君を見るたびにそれが薄れていく。君が笑えば世界が柔らかくなり、君が泣けば国中が暗く見える。」  
「殿下……。」  
「君は私の光だ。誰から何を奪われても、この気持ちは赦されぬとしても、私は初めて“愛”を知った。」  

クロエの瞳が揺れ、石畳に落ちる涙がきらりと光った。  
「そんな言葉を、聞いてはいけないと思っていました。」  
「なぜだ。」  
「それを受け止めたら、もう後戻りできなくなるから。」  
「なら、後戻りしなければいい。」  
「……殿下。」  

その瞬間、ノエルは彼女の頬に手を添えた。  
初めて触れた指の温かさが、彼女の心まで溶かしていく。  
「もう一度だけ問う。――私は王ではなく、ただの男として君を望んでもいいか。」  
クロエは涙を拭い、かすかに笑った。  
「いいえ。」  
ノエルの呼吸が止まる。だが次の瞬間――  
「望むのではなく、共に在ってください。」  

言葉の後、クロエは静かに目を閉じた。  
ノエルはためらいもなく彼女を抱き寄せ、その額に唇を落とす。  
短く、けれど確かな口づけだった。  
唇が触れたわずかな時間に、互いの胸の鼓動が溶け合った。  

「これが私の答えです。」  
クロエの声が小さく響く。  
二人が離れたとき、世界が少しだけ変わって見えた。  
外の鈍い雲の切れ間から陽光が差し込み、廊下の床を淡く照らしていた。  

「戦に行く前に、殿下はこの光を見たかったのですね。」  
「……そうかもしれない。」  
ノエルは微笑む。  
「君がいる場所には、いつも光がある。」  
「それは、殿下が見つけてくださったからです。」  
「なら、私は一生その光を探し続ける。」  

そこへ伝令が駆け込んだ。  
「殿下! 南の第一報、ルシアン・フェルナンド、父の軍門から離脱! 彼、自らフェルナンド本陣へ向かっています!」  
ノエルの表情に安堵の影が過ぎる。  
「ようやく……一筋の希望が見えたか。」  
クロエが息を飲む。  
「ルシアン様が……?」  
「彼は過ちを背負いながらも、正義を選んだのだ。」  

静寂が戻る。  
ノエルは振り返り、クロエの手を取った。  
「これから向かう戦は、血ではなく信念の戦だ。君の言葉が私を動かした。なら、私も君にひとつの誓いを果たそう。」  
「誓い?」  
「勝利の後、もう一度――王太子ではなく、一人の人間として君に伝える。“君を生涯離さない”と。」  

クロエは頬を染め、小さく頷いた。  
心臓の鼓動が、彼の言葉ひとつひとつに応える。  

外では風が鳴り、春を呼ぶ気配がわずかに混じる。  
これが嵐の前の静けさなのか、それとも平穏の始まりなのかは分からない。  
ただ、二人の心が確かにつながった瞬間だけは、誰にも奪えない。  

「殿下……ご武運を。」  
「君の祈りがあれば十分だ。」  
互いに微笑み合い、彼は外套を翻して去っていく。  

その背中を見送りながら、クロエは胸の奥で静かに呟いた。  
――どうか、生きて帰ってください。  
祈りの言葉が風に乗って届くことを信じて。  

続く
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