元婚約者に冷たく捨てられた伯爵令嬢、努力が実って王太子の恋人に。今さら跪かれても遅いですわ!

sika

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第25話 愛を誓う指輪

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春の朝、王立聖堂の鐘が静かに鳴り響いた。  
光をまとうように差し込む陽射しの中、城下の人々が立ち止まり、天空を仰ぐ。  
今日、王太子ノエルが正式に王位を継承する日だった。  
だが、国中の注目を集めるのはそれだけではない。  
――彼の隣には、伯爵家出身の元侍女、クロエ・ラングレーの姿があると噂が流れていた。  

クロエは聖堂の奥にある控えの間で、深呼吸をしていた。  
白いドレスに淡い金の糸が光り、背中に流れるレースのヴェールには百合の刺繍。  
誰が見ても王妃としてふさわしい姿に仕立てられている。けれど、彼女の指先はかすかに震えていた。  

「クロエ様。」  
声をかけたのはエリーヌだった。  
かつて彼女の礼法教師であり、今では王室付き侍女長として彼女を補佐している。  
「お似合いですよ。誰が何を申しても、あなたが殿下のお傍におられる“意味”を理解しない者などいません。」  
クロエは小さく微笑んだが、その目にはわずかな不安が浮かぶ。  
「……私は、殿下の隣で本当に良いのでしょうか。」  
「いいえ、間違いなく。あなたこそが、殿下の選んだ光です。」  
その言葉が胸に沁みた。  

ふと窓の外を見れば、遠くで人々の歓声が聞こえる。  
城門前には無数の民が集まり、花びらが舞っていた。  
ノエルはこの国の民から“光の王”と呼ばれている。  
それを支える影となる――ただそれだけで、クロエは十分だったはずだ。  
なのに、今この日を迎えて、胸の奥からどうしようもない温かさと恐れがこみ上げていた。  

「殿下は恐らく、もう入場の準備を。」  
エリーヌの言葉にうなずこうとしたそのとき、扉が静かに開いた。  
そこに現れたのは、王位の証を持つノエル本人だった。  

「殿下……! まだ式典のお時間では――」  
「時間を盗んできた。」ノエルは微笑む。「君にどうしても言いたいことがあって。」  
クロエは驚きながらも彼の前に一歩進む。  
「殿下……お顔の色、少しお疲れでは?」  
「それは君が綺麗すぎるせいで眠れなかったからだ。」  
からかうような言葉に、思わず頬が赤くなる。  
「もう……お戯れを。」  
「真実だ。」ノエルの声は急に穏やかに変わる。  
彼はゆっくりと近づき、懐から小さな箱を取り出した。  

それは金糸の入った青い箱。開けると、月の光を閉じ込めたような銀の指輪が入っていた。  
中央には一輪の白百合を模した細工がされており、その中心に淡い光を放つ宝石が嵌め込まれている。  

「……殿下、これは?」  
「王妃としての証ではない。君が“クロエ・ラングレー”として生き続けるための証だ。」  
彼はその指輪をそっと取る。  
「この国のすべてが変わっても、君の努力も誇りも、否定されることはない。  
私は、君の手にこの指輪を贈ろうと思う。」  

クロエは息を呑んだ。  
彼の手が、ゆっくりと彼女の左手を取り、その薬指に指輪を差し込む。  
その指先に伝わる彼の体温が、迷いをすべて溶かしていった。  

「君がこの国の光である限り、私は決して闇に呑まれない。」  
ノエルの言葉は、まるで誓いの言霊のように響く。  
「……私はただ、殿下を導かせてもらっただけです。」  
「導かれたのは私の方だ。」  

指輪がはめられた瞬間、涙があふれた。  
「ありがとう、殿下。私がこの国にいられるのはあなたのおかげです。」  
ノエルは微笑みながらその涙を拭った。  
「違う。君がこの国を“生かした”んだ。私や王妃、民の心すべてを。」  

その時、遠くで鐘の音が鳴る。  
式典の開始を告げる合図だった。  

「行こう、クロエ。」  
「はい、殿下……。いえ、ノエル。」  
一瞬、名を呼ぶ唇が震えたが、ノエルはその呼び方に笑みを浮かべた。  
「その声を聞くだけで勇気が湧く。」  

聖堂の扉が開く。  
無数の人々の前に現れたノエルとクロエ。  
拍手と歓声が広がり、眩しい光が二人を包み込んだ。  
壇上には王妃セレーネが立ち、胸を詰まらせながら微笑んでいる。  

「王家の誓いは、血だけが繋ぐものではない。心が繋ぐものだと、私は信じます。」  
王妃の声が響き、ノエルがクロエに向き直った。  
「クロエ・ラングレー。この国を共に支え、我が伴侶として歩む覚悟はあるか。」  
「――はい、誇りをもって。」  

その瞬間、聖堂の天井から光が差し込む。  
ステンドグラスを透かして広がる七色の光が、ふたりの立つ場所を染めていった。  

ノエルは新しい冠を掲げ、人々に向かって宣言する。  
「本日をもって、私は王位を継承する。そして――この国の未来をクロエと共に誓う。」  
歓声が高まった。  
だがクロエはその中で、ただ静かに彼を見つめていた。  
彼のまなざしの奥に、かつての旅人ノエルの姿があった。  
すべての始まりの夜。雨の橋の上で差し伸べられた手。  
あの日から、彼女の運命はこの瞬間に続いていた。  

式が終わり、夕陽が差し込む後庭で、ノエルが寄り添う。  
「こうして見ると、夢のようだな。」  
「夢ではありません。これは“努力の続き”です。」  
ノエルが笑う。  
「君らしい言葉だ。」  
クロエは手に嵌められた指輪を見つめ、愛おしそうに指でなぞった。  
「殿下、この指輪があれば、私はもう迷わない気がします。」  
「求め合う時でも、離れる時でも、君の誇りがこの国を支える。それが私の願いだ。」  

ゆっくりと風が吹き抜け、花びらが舞う。  
ノエルがその一枚を掴み、クロエの髪へと差し込んだ。  
「君は白百合だ。強く、そして気高い。」  
「なら、貴方は太陽ですね。私の影を照らしてくれる。」  
その言葉に、ノエルは静かに頷く。  
「もう一度誓おう。どれほど時が過ぎようとも、私は君を選び続ける。」  

クロエは涙を流しながら微笑み、彼に身を寄せた。  
「私も“誇りの花”として、生き続けます。殿下の国と共に。」  

空は茜色に染まり、鐘が最後の音を響かせる。  
それは、永遠を誓う鐘。  
愛と誇りが一つとなった、その夜の音だった。  

続く
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