27 / 40
第27話 善意という名の圧力
しおりを挟む
第27話 善意という名の圧力
---
期待を拒む、と決めてからしばらく。
表立った動きは何も起きていない。
だが、水面下では、別の種類の“圧力”が静かに形を取り始めていた。
「……最近、
“善意”を装ったお誘いが増えております」
朝の報告で、マリエが少し疲れた声を出す。
「善意、ですか」
ファワーリスは、紅茶をかき混ぜながら答えた。
「はい。
“お嬢様のためを思って”
“才能を埋もれさせるのは惜しい”
といった類の言葉です」
ファワーリスは、小さく息を吐く。
「分かりやすいですわね」
---
その日の午後、
公爵家には旧知の貴族夫人が訪れていた。
「あなたほどの方が、
このまま静かにしているなんて……」
柔らかな笑み。
心配しているような口調。
「世間は、
あなたが“遠慮している”と思っていますのよ?」
その言葉に、
ファワーリスは視線を上げた。
「遠慮ではありませんわ」
穏やかだが、迷いのない声。
「必要がないだけです」
夫人は、一瞬だけ言葉に詰まる。
「でも……
あなたが動けば、
もっと良くなる方々が……」
「それは」
ファワーリスは、静かに遮った。
「私が動かなければ、
成り立たない状態が
すでに歪んでいます」
夫人は、何も言えなくなった。
---
その夜、
マリエがぽつりと尋ねる。
「お嬢様は……
冷たいと思われるのが、
怖くありませんか?」
ファワーリスは、少し考えてから答えた。
「冷たいのではありません」
窓の外を見ながら、続ける。
「期待に応えないだけです」
「……違い、でしょうか」
「大きな違いですわ」
彼女は、はっきりと言った。
「善意は、
拒まれると怒りに変わります。
それは最初から、
相手のためではなかった証拠です」
---
王宮でも、
同じ空気を感じ取っている者がいた。
「……彼女は、
本当に戻らないつもりだな」
宰相の呟きに、
若い官僚が答える。
「はい。
しかも、
“誰かを突き放している”ようで、
実際は何も奪っていません」
「奪っていない、か」
「ええ。
ただ、引き受けないだけです」
その言葉に、
宰相は静かに頷いた。
---
夜。
ファワーリスは日記を開き、
短く書き記す。
『善意は、断ると敵になる』
ペンを置き、
小さく微笑む。
(だからこそ)
最初から、
引き受けない。
誰かの期待も、
誰かの善意も、
背負わない。
それは、
孤立ではない。
自立だ。
---
ファワーリス・シグナスは、
今日も何もしなかった。
だが、
善意という名の圧力を、
静かに、確実に無効化していた。
何もしない。
それは、
最も誤解されやすく、
最も強い選択だった。
---
期待を拒む、と決めてからしばらく。
表立った動きは何も起きていない。
だが、水面下では、別の種類の“圧力”が静かに形を取り始めていた。
「……最近、
“善意”を装ったお誘いが増えております」
朝の報告で、マリエが少し疲れた声を出す。
「善意、ですか」
ファワーリスは、紅茶をかき混ぜながら答えた。
「はい。
“お嬢様のためを思って”
“才能を埋もれさせるのは惜しい”
といった類の言葉です」
ファワーリスは、小さく息を吐く。
「分かりやすいですわね」
---
その日の午後、
公爵家には旧知の貴族夫人が訪れていた。
「あなたほどの方が、
このまま静かにしているなんて……」
柔らかな笑み。
心配しているような口調。
「世間は、
あなたが“遠慮している”と思っていますのよ?」
その言葉に、
ファワーリスは視線を上げた。
「遠慮ではありませんわ」
穏やかだが、迷いのない声。
「必要がないだけです」
夫人は、一瞬だけ言葉に詰まる。
「でも……
あなたが動けば、
もっと良くなる方々が……」
「それは」
ファワーリスは、静かに遮った。
「私が動かなければ、
成り立たない状態が
すでに歪んでいます」
夫人は、何も言えなくなった。
---
その夜、
マリエがぽつりと尋ねる。
「お嬢様は……
冷たいと思われるのが、
怖くありませんか?」
ファワーリスは、少し考えてから答えた。
「冷たいのではありません」
窓の外を見ながら、続ける。
「期待に応えないだけです」
「……違い、でしょうか」
「大きな違いですわ」
彼女は、はっきりと言った。
「善意は、
拒まれると怒りに変わります。
それは最初から、
相手のためではなかった証拠です」
---
王宮でも、
同じ空気を感じ取っている者がいた。
「……彼女は、
本当に戻らないつもりだな」
宰相の呟きに、
若い官僚が答える。
「はい。
しかも、
“誰かを突き放している”ようで、
実際は何も奪っていません」
「奪っていない、か」
「ええ。
ただ、引き受けないだけです」
その言葉に、
宰相は静かに頷いた。
---
夜。
ファワーリスは日記を開き、
短く書き記す。
『善意は、断ると敵になる』
ペンを置き、
小さく微笑む。
(だからこそ)
最初から、
引き受けない。
誰かの期待も、
誰かの善意も、
背負わない。
それは、
孤立ではない。
自立だ。
---
ファワーリス・シグナスは、
今日も何もしなかった。
だが、
善意という名の圧力を、
静かに、確実に無効化していた。
何もしない。
それは、
最も誤解されやすく、
最も強い選択だった。
12
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
両親に溺愛されて育った妹の顛末
葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。
オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。
「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」
「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」
「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」
妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる