何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

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第十一話 帝国からの招待

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第十一話 帝国からの招待

 

 王都を離れて数日。
 ネフェリアは、まだ自分が「どこにも属していない」感覚に、少しだけ戸惑っていた。

 馬車はすでに王国の街道を抜け、周囲の景色は緩やかに変わりつつある。
 人の流れ、商隊の数、道の整備具合――それらは、彼女の目には自然と「国の状態」として映った。

「……思ったより、活気がありますね」

 独り言のように呟く。
 隣国帝国へと続く街道は、人の往来が多く、停滞の気配がなかった。

 ネフェリアは、自分でも驚くほど冷静だった。
 王太子妃候補という肩書きを失い、王城を去ったはずなのに、
 不安よりも先に、状況を把握しようとする思考が動いている。

 ――癖ですね。

 そう自嘲しつつ、彼女は馬車の中で書簡を取り出した。

 数日前、宿に届けられた一通の封書。
 封蝋には、見慣れない紋章が刻まれていた。

 帝国。

 それだけで、意味は十分だった。

 内容は簡潔だった。
 非公式な場で、一度話がしたい。
 立場は問わない。
 条件も、まだ決まっていない。

 ただ一文。

 「あなたの能力について、直接伺いたい」

 その率直さが、ネフェリアの興味を引いた。

 王国では、彼女の能力は「前提」だった。
 できて当たり前。
 担って当たり前。

 だが、この書簡は違う。
 評価し、理解しようとする姿勢が、はっきりと示されている。

 ――だから、足を運ぶ気になった。

 帝国の国境に近づくにつれ、警備の様子が変わる。
 兵の動きは無駄がなく、配置にも迷いがない。

 形式的な確認を終えたあと、馬車は滞りなく通された。

「……話が早い」

 それだけで、ネフェリアは、この国の気質を感じ取る。

 帝都に到着したのは、夕刻だった。
 王都とはまた違う、重厚で整然とした街並み。
 華美ではないが、無駄もない。

 案内されたのは、官庁街の一角にある静かな建物だった。

「ネフェリア・フォン・クロイツベルク様ですね」

 迎えに出たのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。
 年齢は、三十代半ばだろうか。
 派手さはないが、視線は鋭い。

「帝国宰相補佐官、セドリックと申します」

 名乗り方に、余計な飾りはなかった。

「お越しいただき、感謝します。
 本日は、公式な場ではありません」

「承知しております」

 ネフェリアは、一礼する。

 応接室は、簡素だった。
 必要最低限の調度品。
 だが、整えられた空間には、緊張感と集中があった。

「率直に伺います」

 セドリックは、前置きなく切り出す。

「王国で、あなたが担っていた役割について」

 ネフェリアは、わずかに目を細める。

「どこまで、ご存じなのでしょうか」

「噂程度です。
 ですが、噂が一致しすぎている」

 彼は続ける。

「外交文書の整理、財政の予測、貴族間調整。
 それらが、あなたが去った途端に滞り始めた」

 ネフェリアは、黙って聞いていた。

「我々は、それを“偶然”とは考えていません」

 その一言で、彼女は確信する。

 ――この国は、見ている。

 感情ではなく、結果を。

「あなたに、すぐに何かを求めるつもりはありません」

 セドリックは、静かに言った。

「ただ、選択肢を提示したい。
 あなたの能力が、正しく評価される場所を」

 ネフェリアは、すぐには答えなかった。

 求められている。
 それは、疑いようがない。

 だが、同時に試されてもいる。
 ここで、どんな態度を取るかを。

「……条件は、後ほど伺います」

 彼女は、そう告げる。

「ですが、一つだけ」

 視線を上げ、真っ直ぐにセドリックを見る。

「わたくしは、誰かの“代わり”になるつもりはありません」

 一瞬の沈黙。

 そして、セドリックは小さく笑った。

「ええ。
 それでこそ、お招きした甲斐があります」

 ネフェリアは、その反応に、わずかに胸の奥が軽くなるのを感じた。

 ――ここでは、話が通じる。

 王国では当たり前だったことが、
 ここでは、まだ“未知の価値”として扱われている。

 帝国の夜は、静かに更けていく。

 ネフェリアは、宿へ戻る道すがら、空を見上げた。

 選択肢は、まだ確定していない。
 だが、一つだけはっきりしている。

 彼女の人生は、もう一度、動き始めた。

 王国ではなく、
 王太子でもなく、
 誰かの都合でもない場所で。

 その始まりを告げたのが、
 この――帝国からの招待だった。
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