何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

文字の大きさ
12 / 40

第十二話 正しい評価

しおりを挟む
第十二話 正しい評価

 

 帝都の朝は、規則正しく始まる。
 鐘の音と共に官庁街が動き出し、人々は迷いなく自分の役割へと向かっていく。

 ネフェリアは、用意された執務室の窓辺に立ち、その様子を眺めていた。
 昨夜は、ほとんど眠れなかった。
 緊張ではない。
 思考が、久しぶりに“自分のために”回っていたからだ。

「……静かですね」

 そう呟いたとき、控えめなノックが響く。

「失礼します」

 入ってきたのは、昨日会った宰相補佐官セドリックだった。
 今日も変わらず、無駄のない身なりと落ち着いた視線。

「準備はよろしいですか」

「はい」

 短い応答で十分だった。
 この国では、余計な前置きは必要ないらしい。

 案内されたのは、帝国宰相府の会議室。
 王国のそれと比べれば、装飾は控えめだが、机の上に並ぶ資料は整理され、必要なものだけが揃っている。

 数名の官僚がすでに席に着いていた。
 彼らの視線は、好奇心と警戒が半分ずつ混ざったものだ。

「本日は、非公式な意見交換です」

 セドリックが告げる。

「形式や肩書きは気にせず、率直に話していただきたい」

 ネフェリアは頷いた。

 最初に示されたのは、帝国が現在抱えている課題だった。
 複雑な交易路の調整。
 複数の貴族家が関わる利権。
 表向きは安定しているが、内部には歪みが蓄積している。

「……よろしいですか」

 一通りの説明を聞いたあと、ネフェリアは静かに口を開く。

「この案件、問題は三つに分けられます」

 官僚たちの視線が、一斉に集まる。

「第一に、利害関係の整理が不十分です。
 誰が得をし、誰が譲歩するのかが曖昧なまま、制度だけが動いている」

 資料を指で示しながら、淡々と続ける。

「第二に、時間軸の共有ができていません。
 短期の安定と、中長期の成長が、同じ議論の中で混同されています」

 官僚の一人が、思わず息を呑む。

「そして第三に」

 ネフェリアは一拍置いた。

「“誰が判断するのか”が、定まっていない」

 その言葉に、室内が静まり返る。

「判断者が曖昧な制度は、必ず停滞します。
 最終責任の所在を明確にしない限り、問題は先送りされ続けるでしょう」

 それは、王国で誰も言わなかった指摘だった。
 いや、言えなかったのかもしれない。

 セドリックは、腕を組み、静かに頷く。

「……続けてください」

「提案は、二段階です」

 ネフェリアは、感情を交えずに語る。

「まず、短期的には調整役を明確に置き、
 利害衝突を最小限に抑える暫定措置を取る」

「次に、中長期の制度改革として、
 判断権限を一本化し、例外処理を減らす」

 彼女の説明は、簡潔で、過不足がなかった。
 余計な言葉はなく、だが結論までの道筋は明確。

 誰かが、ぽつりと漏らす。

「……分かりやすい」

 それは、称賛というより、安堵だった。

 王国では、ネフェリアの提案は「当たり前」として処理されてきた。
 だが、ここでは違う。

「ありがとうございます」

 セドリックは、はっきりとそう言った。

「それが、我々が求めていた“視点”です」

 その言葉に、ネフェリアはわずかに目を伏せる。

 ――評価されている。

 能力そのものを。
 役割でも、立場でもなく。

「本日出た意見は、すぐに結論にはしません」

 セドリックは続ける。

「ですが、あなたの分析は、我々の判断材料として正式に扱います」

 それは、約束だった。

 会議が終わり、部屋を出たあと、ネフェリアは深く息を吐いた。
 胸の奥に、久しく感じていなかった感覚が広がっている。

 ――軽い。

 誰かの期待を背負わされるのではなく、
 誰かの代わりを求められるのでもない。

 ただ、能力を示し、それが受け取られただけ。

「……正しい評価、ですか」

 自分でも、驚くほど小さな声で呟く。

 王国では、評価は結果の後に消え去るものだった。
 だが、帝国では、評価は次の選択肢を生む。

 それは、ネフェリアにとって、まったく新しい世界だった。

 そして同時に、
 彼女はまだ気づいていない。

 この“正しい評価”が、
 やがて王国との決定的な差となり、
 取り返しのつかない現実を突きつけることになるということを。

 帝都の空は、今日も澄んでいた。
 その下で、ネフェリアは静かに、新しい一歩を踏み出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!

睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。 ※本作品は別サイトにて掲載中です

今度こそ君と結婚するために生まれ変わったんだ。そう言った人は明日、わたしの妹と結婚します

柚木ゆず
恋愛
「俺はね、前世で果たせなかった約束を守るために――君と結婚をするために、生まれ変わったんだ」  ある日突然レトローザ伯爵令息ロドルフ様がいらっしゃり、ロドルフ様から前世で婚約関係にあったと知らされました。  ――生まれ変わる前は相思相愛で式を心待ちにしていたものの、結婚直前でロドルフ様が亡くなってしまい来世での結婚を誓い合った――。  わたしにはその記憶はありませんでしたがやがて生まれ変わりを信じるようになり、わたし達は婚約をすることとなりました。  ロドルフ様は、とてもお優しい方。そのため記憶が戻らずとも好意を抱いており、結婚式を心待ちにしていたのですが――。  直前になってロドルフ様は、わたしの妹アンジェルと結婚すると言い出したのでした。  ※9月26日、本編完結いたしました。時期は未定ではございますが、エピローグ後のエピソードの投稿を考えております。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

処理中です...