11 / 40
第十一話 帝国からの招待
しおりを挟む
第十一話 帝国からの招待
王都を離れて数日。
ネフェリアは、まだ自分が「どこにも属していない」感覚に、少しだけ戸惑っていた。
馬車はすでに王国の街道を抜け、周囲の景色は緩やかに変わりつつある。
人の流れ、商隊の数、道の整備具合――それらは、彼女の目には自然と「国の状態」として映った。
「……思ったより、活気がありますね」
独り言のように呟く。
隣国帝国へと続く街道は、人の往来が多く、停滞の気配がなかった。
ネフェリアは、自分でも驚くほど冷静だった。
王太子妃候補という肩書きを失い、王城を去ったはずなのに、
不安よりも先に、状況を把握しようとする思考が動いている。
――癖ですね。
そう自嘲しつつ、彼女は馬車の中で書簡を取り出した。
数日前、宿に届けられた一通の封書。
封蝋には、見慣れない紋章が刻まれていた。
帝国。
それだけで、意味は十分だった。
内容は簡潔だった。
非公式な場で、一度話がしたい。
立場は問わない。
条件も、まだ決まっていない。
ただ一文。
「あなたの能力について、直接伺いたい」
その率直さが、ネフェリアの興味を引いた。
王国では、彼女の能力は「前提」だった。
できて当たり前。
担って当たり前。
だが、この書簡は違う。
評価し、理解しようとする姿勢が、はっきりと示されている。
――だから、足を運ぶ気になった。
帝国の国境に近づくにつれ、警備の様子が変わる。
兵の動きは無駄がなく、配置にも迷いがない。
形式的な確認を終えたあと、馬車は滞りなく通された。
「……話が早い」
それだけで、ネフェリアは、この国の気質を感じ取る。
帝都に到着したのは、夕刻だった。
王都とはまた違う、重厚で整然とした街並み。
華美ではないが、無駄もない。
案内されたのは、官庁街の一角にある静かな建物だった。
「ネフェリア・フォン・クロイツベルク様ですね」
迎えに出たのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。
年齢は、三十代半ばだろうか。
派手さはないが、視線は鋭い。
「帝国宰相補佐官、セドリックと申します」
名乗り方に、余計な飾りはなかった。
「お越しいただき、感謝します。
本日は、公式な場ではありません」
「承知しております」
ネフェリアは、一礼する。
応接室は、簡素だった。
必要最低限の調度品。
だが、整えられた空間には、緊張感と集中があった。
「率直に伺います」
セドリックは、前置きなく切り出す。
「王国で、あなたが担っていた役割について」
ネフェリアは、わずかに目を細める。
「どこまで、ご存じなのでしょうか」
「噂程度です。
ですが、噂が一致しすぎている」
彼は続ける。
「外交文書の整理、財政の予測、貴族間調整。
それらが、あなたが去った途端に滞り始めた」
ネフェリアは、黙って聞いていた。
「我々は、それを“偶然”とは考えていません」
その一言で、彼女は確信する。
――この国は、見ている。
感情ではなく、結果を。
「あなたに、すぐに何かを求めるつもりはありません」
セドリックは、静かに言った。
「ただ、選択肢を提示したい。
あなたの能力が、正しく評価される場所を」
ネフェリアは、すぐには答えなかった。
求められている。
それは、疑いようがない。
だが、同時に試されてもいる。
ここで、どんな態度を取るかを。
「……条件は、後ほど伺います」
彼女は、そう告げる。
「ですが、一つだけ」
視線を上げ、真っ直ぐにセドリックを見る。
「わたくしは、誰かの“代わり”になるつもりはありません」
一瞬の沈黙。
そして、セドリックは小さく笑った。
「ええ。
それでこそ、お招きした甲斐があります」
ネフェリアは、その反応に、わずかに胸の奥が軽くなるのを感じた。
――ここでは、話が通じる。
王国では当たり前だったことが、
ここでは、まだ“未知の価値”として扱われている。
帝国の夜は、静かに更けていく。
ネフェリアは、宿へ戻る道すがら、空を見上げた。
選択肢は、まだ確定していない。
だが、一つだけはっきりしている。
彼女の人生は、もう一度、動き始めた。
王国ではなく、
王太子でもなく、
誰かの都合でもない場所で。
その始まりを告げたのが、
この――帝国からの招待だった。
王都を離れて数日。
ネフェリアは、まだ自分が「どこにも属していない」感覚に、少しだけ戸惑っていた。
馬車はすでに王国の街道を抜け、周囲の景色は緩やかに変わりつつある。
人の流れ、商隊の数、道の整備具合――それらは、彼女の目には自然と「国の状態」として映った。
「……思ったより、活気がありますね」
独り言のように呟く。
隣国帝国へと続く街道は、人の往来が多く、停滞の気配がなかった。
ネフェリアは、自分でも驚くほど冷静だった。
王太子妃候補という肩書きを失い、王城を去ったはずなのに、
不安よりも先に、状況を把握しようとする思考が動いている。
――癖ですね。
そう自嘲しつつ、彼女は馬車の中で書簡を取り出した。
数日前、宿に届けられた一通の封書。
封蝋には、見慣れない紋章が刻まれていた。
帝国。
それだけで、意味は十分だった。
内容は簡潔だった。
非公式な場で、一度話がしたい。
立場は問わない。
条件も、まだ決まっていない。
ただ一文。
「あなたの能力について、直接伺いたい」
その率直さが、ネフェリアの興味を引いた。
王国では、彼女の能力は「前提」だった。
できて当たり前。
担って当たり前。
だが、この書簡は違う。
評価し、理解しようとする姿勢が、はっきりと示されている。
――だから、足を運ぶ気になった。
帝国の国境に近づくにつれ、警備の様子が変わる。
兵の動きは無駄がなく、配置にも迷いがない。
形式的な確認を終えたあと、馬車は滞りなく通された。
「……話が早い」
それだけで、ネフェリアは、この国の気質を感じ取る。
帝都に到着したのは、夕刻だった。
王都とはまた違う、重厚で整然とした街並み。
華美ではないが、無駄もない。
案内されたのは、官庁街の一角にある静かな建物だった。
「ネフェリア・フォン・クロイツベルク様ですね」
迎えに出たのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。
年齢は、三十代半ばだろうか。
派手さはないが、視線は鋭い。
「帝国宰相補佐官、セドリックと申します」
名乗り方に、余計な飾りはなかった。
「お越しいただき、感謝します。
本日は、公式な場ではありません」
「承知しております」
ネフェリアは、一礼する。
応接室は、簡素だった。
必要最低限の調度品。
だが、整えられた空間には、緊張感と集中があった。
「率直に伺います」
セドリックは、前置きなく切り出す。
「王国で、あなたが担っていた役割について」
ネフェリアは、わずかに目を細める。
「どこまで、ご存じなのでしょうか」
「噂程度です。
ですが、噂が一致しすぎている」
彼は続ける。
「外交文書の整理、財政の予測、貴族間調整。
それらが、あなたが去った途端に滞り始めた」
ネフェリアは、黙って聞いていた。
「我々は、それを“偶然”とは考えていません」
その一言で、彼女は確信する。
――この国は、見ている。
感情ではなく、結果を。
「あなたに、すぐに何かを求めるつもりはありません」
セドリックは、静かに言った。
「ただ、選択肢を提示したい。
あなたの能力が、正しく評価される場所を」
ネフェリアは、すぐには答えなかった。
求められている。
それは、疑いようがない。
だが、同時に試されてもいる。
ここで、どんな態度を取るかを。
「……条件は、後ほど伺います」
彼女は、そう告げる。
「ですが、一つだけ」
視線を上げ、真っ直ぐにセドリックを見る。
「わたくしは、誰かの“代わり”になるつもりはありません」
一瞬の沈黙。
そして、セドリックは小さく笑った。
「ええ。
それでこそ、お招きした甲斐があります」
ネフェリアは、その反応に、わずかに胸の奥が軽くなるのを感じた。
――ここでは、話が通じる。
王国では当たり前だったことが、
ここでは、まだ“未知の価値”として扱われている。
帝国の夜は、静かに更けていく。
ネフェリアは、宿へ戻る道すがら、空を見上げた。
選択肢は、まだ確定していない。
だが、一つだけはっきりしている。
彼女の人生は、もう一度、動き始めた。
王国ではなく、
王太子でもなく、
誰かの都合でもない場所で。
その始まりを告げたのが、
この――帝国からの招待だった。
8
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
※本作品は別サイトにて掲載中です
第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!
睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる