何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

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第十三話 条件は対等

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第十三話 条件は対等

 

 帝国宰相府の回廊は、静かだった。
 足音が反響するほどの静寂ではない。
 人が動いている気配はあるが、無駄なざわめきがない――そんな種類の静けさだ。

 ネフェリアは、その中を歩きながら、先ほどの会議を思い返していた。

 分析は通った。
 提案も、理解された。

 だが、それはあくまで「入り口」にすぎない。

 ――ここから先が、本番だ。

 応接室に通されると、すでにセドリックが待っていた。
 机の上には、書類が数枚だけ置かれている。

「お疲れさまでした」

「いえ」

 短い挨拶のあと、二人は向かい合って座った。
 余計な雑談はない。

「さて」

 セドリックが口を開く。

「本題に入りましょう。
 我々が、あなたに何を求めているのか」

 ネフェリアは黙って頷く。
 視線は揺れない。

「帝国としては、あなたに正式な協力をお願いしたい」

 その言葉は、はっきりとしていた。

「顧問、あるいは補佐官。
 立場については、柔軟に考えています」

 ネフェリアは、すぐには答えなかった。

 その沈黙に、焦りはない。
 考える時間として、当然のものだった。

「……一つ、確認させてください」

 彼女は静かに口を開く。

「それは、“欠けた部分を埋める役割”でしょうか」

 セドリックの目が、わずかに細まる。

「いいえ」

 即答だった。

「我々は、あなたを“代役”として招いているわけではありません」

 ネフェリアは、その言葉を噛みしめるように受け取る。

「帝国は、すでに機能しています。
 あなたがいなければ回らない、という状況ではない」

 セドリックは続けた。

「だからこそ、あなたに求めるのは“補完”ではなく、“加速”です」

 加速。

 その言葉に、ネフェリアはわずかに目を伏せた。

「……条件を、伺っても?」

「もちろん」

 セドリックは、机の上の書類を一枚、彼女の前に滑らせる。

「拘束は最小限。
 関与する案件は、あなたが選ぶ」

「……随分と、自由ですね」

「ええ」

 セドリックは、わずかに笑う。

「強制された助言ほど、価値のないものはありませんから」

 ネフェリアは、その言葉に、帝国の本質を見た気がした。

 王国では、彼女の助言は“前提”だった。
 求められる前に、出して当たり前。
 拒否権など、存在しなかった。

 だが、ここでは違う。

「報酬についても、立場に見合ったものを用意します」

「それは、二の次です」

 ネフェリアは、はっきりと言った。

「わたくしが求める条件は、別にあります」

 セドリックは、姿勢を正す。

「伺いましょう」

「第一に」

 ネフェリアは、指を一本立てる。

「判断を歪める“情”を、わたくしに押し付けないこと」

 セドリックは、すぐに頷いた。

「当然です」

「第二に」

 指をもう一本。

「結果に対する責任の所在を、明確にすること」

「あなたが関与したからといって、すべてを背負わせるつもりはありません」

「では、第三に」

 ネフェリアは、セドリックを真っ直ぐに見た。

「わたくしを、道具として扱わないこと」

 一瞬、室内の空気が引き締まる。

 だが、セドリックは目を逸らさなかった。

「……それが、最も重要ですね」

 彼は、ゆっくりと答える。

「帝国は、あなたを“使う”つもりはありません。
 必要なのは、対等な協力者です」

 その言葉に、ネフェリアの胸の奥で、何かがほどけた。

 対等。

 その響きは、あまりにも久しぶりだった。

「では」

 ネフェリアは、小さく息を吐く。

「その条件であれば、検討に値します」

「即答は、なさらないのですね」

「はい」

 彼女は、静かに微笑む。

「わたくしは、もう“急かされる立場”ではありませんので」

 セドリックは、その答えに満足そうに頷いた。

「それで構いません。
 帝国は、待つことを知っています」

 応接室を出たあと、ネフェリアは帝都の空を見上げた。
 雲の流れは穏やかで、空は高い。

 王国では、常に締め切りと判断に追われていた。
 立ち止まることは、許されなかった。

 だが今は違う。

 選ぶのは、自分だ。

 ――条件は、対等。

 その事実が、
 ネフェリアの背筋を、静かに、しかし確かに伸ばしていた。

 一方その頃、王国では。

 新たな外交案件が、また一つ、結論を出せずに棚上げされていた。
 誰も気づいていない。

 帝国で、
 かつて自分たちが手放した存在が、
 “対等な条件”で迎えられようとしていることを。

 その差が、
 やがて決定的な形で現れることになるとも知らずに。
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