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第二十四話 正しさの摩耗
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第二十四話 正しさの摩耗
改革は、始まった瞬間が一番、熱を帯びる。
王国でも、それは同じだった。
新しい会議体。
明文化された責任範囲。
決裁期限を示す赤い線。
それらは、「変わろうとしている国」を、確かに演出していた。
――だが、三週間が過ぎた頃から、空気が変わり始める。
「この案件ですが……一度、差し戻しを」
財務局の官僚が、慎重に言った。
「政務局の確認が、まだでして」
「確認は不要な範囲では?」
「ええ、制度上は。ですが……」
言葉が濁る。
「念のため、です」
その一言で、会議室に疲労が滲んだ。
“念のため”。
それは、誰も責められない魔法の言葉だ。
責任を避けるための。
失敗しないための。
だが同時に――
何も前に進めないための言葉でもある。
王太子は、報告書を読みながら、眉間を押さえた。
数字は整っている。
手順も正しい。
だが、進捗が遅い。
「……制度は、動いているのか?」
呟きは、誰にも届かない。
動いている。
確かに。
だが、それは
歯車が噛み合って回っている動きではない。
確認のための確認。
責任回避のための分担。
判断を遅らせるための慎重さ。
正しさが、少しずつ、国を削っていく。
現場では、さらに顕著だった。
「また延期ですか?」
交易商の男が、苦笑する。
「はい……新しい制度では、
複数局の合意が必要で……」
「分かっていますよ。
分かっていますが――」
男は肩をすくめた。
「帝国側は、もう動いています」
それが、何よりの問題だった。
一方、帝国。
宰相府の会議は、短かった。
「王国側、手続きが増えています」
「でしょうね」
ネフェリアは、淡々と答える。
「制度を作り始めた国が、
必ず通る道です」
「停滞しますか?」
「一時的には」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「ですが、それは失敗ではありません。
“摩耗”です」
「摩耗、ですか」
「正しいことを続けるほど、
現場が疲弊する段階」
帝国では、
すでに何度も経験した局面だ。
「だからこそ」
ネフェリアは続ける。
「ここで重要なのは、
制度を増やすことではありません」
「減らすこと、です」
官僚が、静かに頷く。
帝国は、
王国の改革を見て、
自国の制度を点検している。
余計な確認。
重複する承認。
意味を失った会議。
削る。
削って、
残す。
夜、王城。
王太子は、一人で机に向かっていた。
机の上には、
改革案の最新版。
「……正しいはずなんだ」
誰に言うでもなく、呟く。
彼は知っている。
何もしなかった過去が、
今を招いたことを。
だからこそ、
今は、正しくあろうとしている。
だが――
正しさだけでは、
国は動かない。
速度。
決断。
時には、割り切り。
それらを、
制度の外に追いやってしまった結果、
国は、
自分で自分を削り始めている。
「……彼女なら」
ふと、
浮かんだ名を、
口には出さない。
今さらだ。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
簡素な報告書に目を通していた。
王国の進捗。
停滞。
現場の声。
どれも、
想定の範囲内だ。
「……正しさは、
使い方を間違えると、
刃になります」
彼女は、静かに書類を閉じる。
王国は、
今、
その刃を握ったばかりだ。
手放すか。
握り直すか。
その選択ができるかどうかで、
未来は変わる。
改革は、始まった瞬間が一番、熱を帯びる。
王国でも、それは同じだった。
新しい会議体。
明文化された責任範囲。
決裁期限を示す赤い線。
それらは、「変わろうとしている国」を、確かに演出していた。
――だが、三週間が過ぎた頃から、空気が変わり始める。
「この案件ですが……一度、差し戻しを」
財務局の官僚が、慎重に言った。
「政務局の確認が、まだでして」
「確認は不要な範囲では?」
「ええ、制度上は。ですが……」
言葉が濁る。
「念のため、です」
その一言で、会議室に疲労が滲んだ。
“念のため”。
それは、誰も責められない魔法の言葉だ。
責任を避けるための。
失敗しないための。
だが同時に――
何も前に進めないための言葉でもある。
王太子は、報告書を読みながら、眉間を押さえた。
数字は整っている。
手順も正しい。
だが、進捗が遅い。
「……制度は、動いているのか?」
呟きは、誰にも届かない。
動いている。
確かに。
だが、それは
歯車が噛み合って回っている動きではない。
確認のための確認。
責任回避のための分担。
判断を遅らせるための慎重さ。
正しさが、少しずつ、国を削っていく。
現場では、さらに顕著だった。
「また延期ですか?」
交易商の男が、苦笑する。
「はい……新しい制度では、
複数局の合意が必要で……」
「分かっていますよ。
分かっていますが――」
男は肩をすくめた。
「帝国側は、もう動いています」
それが、何よりの問題だった。
一方、帝国。
宰相府の会議は、短かった。
「王国側、手続きが増えています」
「でしょうね」
ネフェリアは、淡々と答える。
「制度を作り始めた国が、
必ず通る道です」
「停滞しますか?」
「一時的には」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「ですが、それは失敗ではありません。
“摩耗”です」
「摩耗、ですか」
「正しいことを続けるほど、
現場が疲弊する段階」
帝国では、
すでに何度も経験した局面だ。
「だからこそ」
ネフェリアは続ける。
「ここで重要なのは、
制度を増やすことではありません」
「減らすこと、です」
官僚が、静かに頷く。
帝国は、
王国の改革を見て、
自国の制度を点検している。
余計な確認。
重複する承認。
意味を失った会議。
削る。
削って、
残す。
夜、王城。
王太子は、一人で机に向かっていた。
机の上には、
改革案の最新版。
「……正しいはずなんだ」
誰に言うでもなく、呟く。
彼は知っている。
何もしなかった過去が、
今を招いたことを。
だからこそ、
今は、正しくあろうとしている。
だが――
正しさだけでは、
国は動かない。
速度。
決断。
時には、割り切り。
それらを、
制度の外に追いやってしまった結果、
国は、
自分で自分を削り始めている。
「……彼女なら」
ふと、
浮かんだ名を、
口には出さない。
今さらだ。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
簡素な報告書に目を通していた。
王国の進捗。
停滞。
現場の声。
どれも、
想定の範囲内だ。
「……正しさは、
使い方を間違えると、
刃になります」
彼女は、静かに書類を閉じる。
王国は、
今、
その刃を握ったばかりだ。
手放すか。
握り直すか。
その選択ができるかどうかで、
未来は変わる。
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