26 / 40
第二十六話 選ばれない理由
しおりを挟む
第二十六話 選ばれない理由
王国に届く報告書の文面が、少しずつ変わり始めていた。
「帝国側の提案により――」
「帝国を経由した取引が成立し――」
「帝国の調停のもと――」
どの報告にも、
同じ単語が繰り返される。
帝国。
王国の名前は、
文末に、申し訳程度に添えられるだけだ。
商務局の会議。
「最近、王国を通さずに話が進む案件が増えています」
「無断ではない。
報告は来ている」
「だが、事後報告だ」
官僚たちの声には、
苛立ちと、諦めが混じっていた。
「違反ではない」
「違反ではない、が……」
そこに、王太子が入ってきた。
「理由は、分かっているか?」
全員が黙る。
王太子は、
机の上の書類を一枚取り上げる。
「我々は、
返事が遅い」
「遅すぎる」
誰も反論できない。
帝国側の動きは、
速く、明確だった。
完璧ではない条件。
暫定的な合意。
問題が出れば、再協議。
それだけだ。
だが、
それで十分だった。
一方、王国。
「確認が必要です」
「前例がありません」
「責任の所在を――」
それらの言葉が、
返事の代わりになっていた。
選ぶ側の言葉ではない。
選ばれない側の言葉だ。
中立都市の代表が、
側近に漏らした言葉が、
王国に伝えられる。
「王国は、誠実だ」
「だが、
今は誠実さより、
動いてくれる相手が必要だ」
帝国。
宰相府では、
ネフェリアが簡潔な報告を受けていた。
「王国を通さない取引が、
正式に増えています」
「そうですか」
彼女は、淡々と答える。
「妨げる必要は?」
「ありません」
「我々が、
“選ばれる理由”を、
示し続ければいい」
帝国は、
王国を蹴落とそうとはしない。
ただ、
先に返事をするだけだ。
夜、王国。
王太子は、
一通の私的な書簡を読んでいた。
中立都市からのものだ。
「貴国の事情は理解しています。
だが、今回は帝国と進めます」
丁寧で、
逃げ道のない文面。
彼は、
そっと目を閉じる。
怒りはない。
ただ、
理由が、はっきりしすぎている。
「……選ばれない理由は、
複雑じゃない」
呟きは、
自分自身に向けたものだった。
「決めない。
遅い。
動かない」
それだけだ。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
街の灯りを眺めていた。
帝国が選ばれている理由を、
彼女は理解している。
優れているからではない。
完璧だからでもない。
「……返事をするからです」
小さく、
しかし確信をもって呟く。
人も、国も、
困ったときに
すぐ返事をくれる相手を選ぶ。
王国は、
その当たり前を、
忘れてしまっただけだ。
王国は、
まだ滅んでいない。
だが、
選ばれない理由を理解しない限り、
戻る場所は、
もう、
どこにも残らない。
王国に届く報告書の文面が、少しずつ変わり始めていた。
「帝国側の提案により――」
「帝国を経由した取引が成立し――」
「帝国の調停のもと――」
どの報告にも、
同じ単語が繰り返される。
帝国。
王国の名前は、
文末に、申し訳程度に添えられるだけだ。
商務局の会議。
「最近、王国を通さずに話が進む案件が増えています」
「無断ではない。
報告は来ている」
「だが、事後報告だ」
官僚たちの声には、
苛立ちと、諦めが混じっていた。
「違反ではない」
「違反ではない、が……」
そこに、王太子が入ってきた。
「理由は、分かっているか?」
全員が黙る。
王太子は、
机の上の書類を一枚取り上げる。
「我々は、
返事が遅い」
「遅すぎる」
誰も反論できない。
帝国側の動きは、
速く、明確だった。
完璧ではない条件。
暫定的な合意。
問題が出れば、再協議。
それだけだ。
だが、
それで十分だった。
一方、王国。
「確認が必要です」
「前例がありません」
「責任の所在を――」
それらの言葉が、
返事の代わりになっていた。
選ぶ側の言葉ではない。
選ばれない側の言葉だ。
中立都市の代表が、
側近に漏らした言葉が、
王国に伝えられる。
「王国は、誠実だ」
「だが、
今は誠実さより、
動いてくれる相手が必要だ」
帝国。
宰相府では、
ネフェリアが簡潔な報告を受けていた。
「王国を通さない取引が、
正式に増えています」
「そうですか」
彼女は、淡々と答える。
「妨げる必要は?」
「ありません」
「我々が、
“選ばれる理由”を、
示し続ければいい」
帝国は、
王国を蹴落とそうとはしない。
ただ、
先に返事をするだけだ。
夜、王国。
王太子は、
一通の私的な書簡を読んでいた。
中立都市からのものだ。
「貴国の事情は理解しています。
だが、今回は帝国と進めます」
丁寧で、
逃げ道のない文面。
彼は、
そっと目を閉じる。
怒りはない。
ただ、
理由が、はっきりしすぎている。
「……選ばれない理由は、
複雑じゃない」
呟きは、
自分自身に向けたものだった。
「決めない。
遅い。
動かない」
それだけだ。
同じ夜、帝国。
ネフェリアは、
街の灯りを眺めていた。
帝国が選ばれている理由を、
彼女は理解している。
優れているからではない。
完璧だからでもない。
「……返事をするからです」
小さく、
しかし確信をもって呟く。
人も、国も、
困ったときに
すぐ返事をくれる相手を選ぶ。
王国は、
その当たり前を、
忘れてしまっただけだ。
王国は、
まだ滅んでいない。
だが、
選ばれない理由を理解しない限り、
戻る場所は、
もう、
どこにも残らない。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!
睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
※本作品は別サイトにて掲載中です
今度こそ君と結婚するために生まれ変わったんだ。そう言った人は明日、わたしの妹と結婚します
柚木ゆず
恋愛
「俺はね、前世で果たせなかった約束を守るために――君と結婚をするために、生まれ変わったんだ」
ある日突然レトローザ伯爵令息ロドルフ様がいらっしゃり、ロドルフ様から前世で婚約関係にあったと知らされました。
――生まれ変わる前は相思相愛で式を心待ちにしていたものの、結婚直前でロドルフ様が亡くなってしまい来世での結婚を誓い合った――。
わたしにはその記憶はありませんでしたがやがて生まれ変わりを信じるようになり、わたし達は婚約をすることとなりました。
ロドルフ様は、とてもお優しい方。そのため記憶が戻らずとも好意を抱いており、結婚式を心待ちにしていたのですが――。
直前になってロドルフ様は、わたしの妹アンジェルと結婚すると言い出したのでした。
※9月26日、本編完結いたしました。時期は未定ではございますが、エピローグ後のエピソードの投稿を考えております。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる