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第22話 静かな包囲
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第22話 静かな包囲
翌朝。
シュヴァルツハルト公爵邸の執務室は、いつもより静かだった。
書類をめくる音も、報告を待つ足音もない。
そこにあるのは、準備がすでに整った静けさだけだ。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、机の前に立ち、壁に掛けられた王国地図を見つめていた。
赤い印。
青い印。
細い糸で結ばれた、いくつもの点。
(……やはりな)
王太子エドガルドが“直接手を出さない”と選んだ以上、
使われるのは――金と人脈だ。
「公爵様」
背後から、低い声。
「例の商会の調査結果がまとまりました」
「聞こう」
クロヴィスは、振り返らない。
「王都南区を拠点とする三つの商会」 「名義上は独立していますが、資金の出入りは同一です」
「裏は?」
「王太子殿下の側近、ベルナール卿の私財」 「正確には……“迂回された王宮資金”です」
クロヴィスは、小さく息を吐いた。
「……雑だな」
焦っている証拠だった。
本来なら、もう一段階クッションを置く。
だが今回は、近すぎる。
「証拠は?」
「書面、取引記録、証言」 「すべて揃っています」
クロヴィスは、ようやく振り返った。
「王宮には?」
「まだ、何も」
「よし」
その一言で、部屋の空気が変わる。
「これは“反逆”ではない」 「“職務逸脱”だ」
彼は、淡々と続けた。
「王太子が、王太子として動いたのではない」 「一個人が、公爵領の秩序を乱そうとした」
その区別は、極めて重要だった。
王太子を断罪するには、
王国そのものを揺るがす必要はない。
立場ではなく、行為を切る。
それが、クロヴィスの選んだやり方だった。
「次だ」
彼は、地図上の別の印を指す。
「反公爵派貴族」
「はい。今回の資金が流れた先です」
「全員、“救う”」
部下が、一瞬戸惑う。
「……救う、ですか?」
「そうだ」
クロヴィスは、冷静に言った。
「彼らは“利用された側”だ」 「責任を問われれば、王太子は切り捨てる」
だからこそ。
「先に、逃げ道を用意する」
それは、包囲だ。
だが、血の匂いのしない包囲。
「“王宮に逆らった”のではない」 「“不正な資金に巻き込まれた被害者”として、保護する」
部下は、はっと息を呑んだ。
(……これでは)
(王太子側だけが、孤立する)
「動け」
クロヴィスの声は、低く、揺るがない。
「静かに」 「だが、確実に」
***
同じ頃。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、庭園の一角で紅茶を飲んでいた。
表向きは、いつもと変わらない朝。
だが、空気は明らかに違う。
(……動いていますわね)
使用人たちの足取り。
護衛の配置。
すべてが、わずかに引き締まっている。
そこへ、クロヴィスが現れた。
「……落ち着いているな」
「ええ」
ディアナは、微笑んだ。
「あなたが“動く時”は、無駄がない」 「そういう方だと、もう分かっていますから」
クロヴィスは、少しだけ目を伏せる。
「……不安はないのか」
「ありますわ」
即答だった。
「ですが」
彼女は、紅茶を一口飲み、続ける。
「恐怖は、ありません」
クロヴィスは、その言葉を噛みしめる。
「……守ると言ったな」
「覚えています」
「だから、ここにいてほしい」
それは、命令ではない。
願いに近い。
「あなたが、動揺すれば」 「相手は“効いている”と判断する」
ディアナは、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫です」
彼女は、彼を見上げる。
「私はもう、“揺さぶられる側”ではありませんから」
その言葉に、クロヴィスの胸が僅かに熱くなる。
(……強いな)
(いや)
(強くなった、のか)
***
一方、王宮。
エドガルド・ヴァルシュタインは、違和感を覚え始めていた。
「……報告が、来ないな」
「はい」 「例の商会からも、反公爵派からも」
側近が答える。
「……遅すぎる」
エドガルドは、苛立ちを隠さなかった。
「状況確認を――」
その瞬間、別の側近が駆け込んでくる。
「殿下!」 「反公爵派の数名が、シュヴァルツハルト公爵邸に出入りしているとの情報が!」
「……何?」
エドガルドの顔色が、変わる。
「なぜ、そちらに――」
答えは、まだ出ない。
だが、確実に言えることがある。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、
すでに一歩も二歩も先を歩いている。
王太子が気づいた時には、
駒はすでに盤の外。
静かな包囲網は、
音もなく――
だが、逃げ場なく、狭まっていた。
翌朝。
シュヴァルツハルト公爵邸の執務室は、いつもより静かだった。
書類をめくる音も、報告を待つ足音もない。
そこにあるのは、準備がすでに整った静けさだけだ。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、机の前に立ち、壁に掛けられた王国地図を見つめていた。
赤い印。
青い印。
細い糸で結ばれた、いくつもの点。
(……やはりな)
王太子エドガルドが“直接手を出さない”と選んだ以上、
使われるのは――金と人脈だ。
「公爵様」
背後から、低い声。
「例の商会の調査結果がまとまりました」
「聞こう」
クロヴィスは、振り返らない。
「王都南区を拠点とする三つの商会」 「名義上は独立していますが、資金の出入りは同一です」
「裏は?」
「王太子殿下の側近、ベルナール卿の私財」 「正確には……“迂回された王宮資金”です」
クロヴィスは、小さく息を吐いた。
「……雑だな」
焦っている証拠だった。
本来なら、もう一段階クッションを置く。
だが今回は、近すぎる。
「証拠は?」
「書面、取引記録、証言」 「すべて揃っています」
クロヴィスは、ようやく振り返った。
「王宮には?」
「まだ、何も」
「よし」
その一言で、部屋の空気が変わる。
「これは“反逆”ではない」 「“職務逸脱”だ」
彼は、淡々と続けた。
「王太子が、王太子として動いたのではない」 「一個人が、公爵領の秩序を乱そうとした」
その区別は、極めて重要だった。
王太子を断罪するには、
王国そのものを揺るがす必要はない。
立場ではなく、行為を切る。
それが、クロヴィスの選んだやり方だった。
「次だ」
彼は、地図上の別の印を指す。
「反公爵派貴族」
「はい。今回の資金が流れた先です」
「全員、“救う”」
部下が、一瞬戸惑う。
「……救う、ですか?」
「そうだ」
クロヴィスは、冷静に言った。
「彼らは“利用された側”だ」 「責任を問われれば、王太子は切り捨てる」
だからこそ。
「先に、逃げ道を用意する」
それは、包囲だ。
だが、血の匂いのしない包囲。
「“王宮に逆らった”のではない」 「“不正な資金に巻き込まれた被害者”として、保護する」
部下は、はっと息を呑んだ。
(……これでは)
(王太子側だけが、孤立する)
「動け」
クロヴィスの声は、低く、揺るがない。
「静かに」 「だが、確実に」
***
同じ頃。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、庭園の一角で紅茶を飲んでいた。
表向きは、いつもと変わらない朝。
だが、空気は明らかに違う。
(……動いていますわね)
使用人たちの足取り。
護衛の配置。
すべてが、わずかに引き締まっている。
そこへ、クロヴィスが現れた。
「……落ち着いているな」
「ええ」
ディアナは、微笑んだ。
「あなたが“動く時”は、無駄がない」 「そういう方だと、もう分かっていますから」
クロヴィスは、少しだけ目を伏せる。
「……不安はないのか」
「ありますわ」
即答だった。
「ですが」
彼女は、紅茶を一口飲み、続ける。
「恐怖は、ありません」
クロヴィスは、その言葉を噛みしめる。
「……守ると言ったな」
「覚えています」
「だから、ここにいてほしい」
それは、命令ではない。
願いに近い。
「あなたが、動揺すれば」 「相手は“効いている”と判断する」
ディアナは、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫です」
彼女は、彼を見上げる。
「私はもう、“揺さぶられる側”ではありませんから」
その言葉に、クロヴィスの胸が僅かに熱くなる。
(……強いな)
(いや)
(強くなった、のか)
***
一方、王宮。
エドガルド・ヴァルシュタインは、違和感を覚え始めていた。
「……報告が、来ないな」
「はい」 「例の商会からも、反公爵派からも」
側近が答える。
「……遅すぎる」
エドガルドは、苛立ちを隠さなかった。
「状況確認を――」
その瞬間、別の側近が駆け込んでくる。
「殿下!」 「反公爵派の数名が、シュヴァルツハルト公爵邸に出入りしているとの情報が!」
「……何?」
エドガルドの顔色が、変わる。
「なぜ、そちらに――」
答えは、まだ出ない。
だが、確実に言えることがある。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、
すでに一歩も二歩も先を歩いている。
王太子が気づいた時には、
駒はすでに盤の外。
静かな包囲網は、
音もなく――
だが、逃げ場なく、狭まっていた。
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