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第17話 静かな距離
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第17話 静かな距離
王宮の中庭に、久しぶりに穏やかな空気が戻っていた。
噴水の水音は一定で、侍従たちの動きにも無駄がない。混乱の名残は消えていないが、少なくとも“止まっている”感じはなかった。
アルベルトは回廊を歩きながら、その変化を肌で感じていた。
(回り始めた……いや、回している)
自分の判断が、誰かの整理の上に乗っているのではなく、
整理された判断として受け止められている。
その感覚は、確かな重みを伴っていた。
角を曲がった先で、若い文官が足を止めて一礼する。
「殿下。先日の案件、問題なく履行段階へ移行しております」
「そうか。ありがとう」
短いやり取り。
だが、その中に不安はなかった。
――依存は、確かに減っている。
午後、アルベルトは一通の報告を受け取った。
商会連合からの非公式文書だ。
「……王宮判断の一貫性が回復したため、独自調整を段階的に縮小する」
アルベルトは、ゆっくりと息を吐いた。
(彼女の“線の外”の仕事が、終わりに近づいている)
それは喜ぶべきことだ。
同時に、奇妙な寂しさも胸をかすめる。
夕刻、公爵家。
エレノアは、庭の小径を歩いていた。花の手入れをする庭師に声をかけ、短く言葉を交わす。
「今年は、芽吹きが早いですわね」
「ええ。風向きが変わりましたから」
何気ない会話。
だが、その一言が、彼女の胸に静かに落ちる。
(風向き……)
書斎に戻り、彼女は王宮から届いた覚書に目を通す。
制度の明文化。責任の所在。継承の宣言。
(もう、十分ですわ)
ペンを取り、短い返書を書く。
――承知しました。
――どうか、そのまま続けてください。
それ以上は書かない。
励ましも、評価も、助言もない。
それが、最も適切な距離だった。
夜。
アルベルトは、窓辺に立ち、王都の灯りを眺めていた。
胸に浮かぶのは、再会の応接室で交わした言葉。
(戻る理由が、ありませんもの)
今なら、分かる。
戻らせる必要も、理由も、もうない。
彼女が線を引いたからこそ、自分は線を引き直せた。
それが、この距離の意味だ。
翌日、王宮で小さな式が行われた。
新体制の発足を告げる、簡素な宣言。
拍手は控えめだったが、沈黙はなかった。
それで十分だった。
一方、公爵家では、エレノアが久しぶりに一冊の本を開いていた。
何の役にも立たない、ただの物語。
(やっと、私の時間ですわ)
その静けさは、彼女が選び取ったものだった。
王宮と公爵家。
交わらず、離れすぎず、必要以上に近づかない。
静かな距離は、冷たさではない。
互いが自分の足で立っている証だ。
アルベルトは王宮で前を向き、
エレノアは公爵家で、自分の人生を取り戻す。
その並走は、もう誰の目にも見えない。
だが確かに、同じ方向へ進んでいた。
――支え合う時代は終わった。
尊重し合う時代が、始まったのだ。
王宮の中庭に、久しぶりに穏やかな空気が戻っていた。
噴水の水音は一定で、侍従たちの動きにも無駄がない。混乱の名残は消えていないが、少なくとも“止まっている”感じはなかった。
アルベルトは回廊を歩きながら、その変化を肌で感じていた。
(回り始めた……いや、回している)
自分の判断が、誰かの整理の上に乗っているのではなく、
整理された判断として受け止められている。
その感覚は、確かな重みを伴っていた。
角を曲がった先で、若い文官が足を止めて一礼する。
「殿下。先日の案件、問題なく履行段階へ移行しております」
「そうか。ありがとう」
短いやり取り。
だが、その中に不安はなかった。
――依存は、確かに減っている。
午後、アルベルトは一通の報告を受け取った。
商会連合からの非公式文書だ。
「……王宮判断の一貫性が回復したため、独自調整を段階的に縮小する」
アルベルトは、ゆっくりと息を吐いた。
(彼女の“線の外”の仕事が、終わりに近づいている)
それは喜ぶべきことだ。
同時に、奇妙な寂しさも胸をかすめる。
夕刻、公爵家。
エレノアは、庭の小径を歩いていた。花の手入れをする庭師に声をかけ、短く言葉を交わす。
「今年は、芽吹きが早いですわね」
「ええ。風向きが変わりましたから」
何気ない会話。
だが、その一言が、彼女の胸に静かに落ちる。
(風向き……)
書斎に戻り、彼女は王宮から届いた覚書に目を通す。
制度の明文化。責任の所在。継承の宣言。
(もう、十分ですわ)
ペンを取り、短い返書を書く。
――承知しました。
――どうか、そのまま続けてください。
それ以上は書かない。
励ましも、評価も、助言もない。
それが、最も適切な距離だった。
夜。
アルベルトは、窓辺に立ち、王都の灯りを眺めていた。
胸に浮かぶのは、再会の応接室で交わした言葉。
(戻る理由が、ありませんもの)
今なら、分かる。
戻らせる必要も、理由も、もうない。
彼女が線を引いたからこそ、自分は線を引き直せた。
それが、この距離の意味だ。
翌日、王宮で小さな式が行われた。
新体制の発足を告げる、簡素な宣言。
拍手は控えめだったが、沈黙はなかった。
それで十分だった。
一方、公爵家では、エレノアが久しぶりに一冊の本を開いていた。
何の役にも立たない、ただの物語。
(やっと、私の時間ですわ)
その静けさは、彼女が選び取ったものだった。
王宮と公爵家。
交わらず、離れすぎず、必要以上に近づかない。
静かな距離は、冷たさではない。
互いが自分の足で立っている証だ。
アルベルトは王宮で前を向き、
エレノアは公爵家で、自分の人生を取り戻す。
その並走は、もう誰の目にも見えない。
だが確かに、同じ方向へ進んでいた。
――支え合う時代は終わった。
尊重し合う時代が、始まったのだ。
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