『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第18話 それぞれの未来

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第18話 それぞれの未来

 王都に、穏やかな雨が降っていた。
 石畳を濡らす音は規則正しく、街の喧騒を一段遠ざける。王宮の窓からそれを眺めながら、アルベルトは静かに書類を閉じた。

 新体制の下で迎える、三度目の決裁日。
 数字は堅実で、報告は簡潔、判断は迷わない。

(……できている)

 自分に言い聞かせるのではなく、事実として受け取れる感触があった。
 誰かの影に頼らず、誰かの背中を追いかけず、ただ責任を引き受ける――それが日常になりつつある。

 扉の外で、控えめな足音が止まる。

「殿下、次の案件ですが」

「入ってくれ」

 文官は短く説明し、判断材料を示す。
 アルベルトは質問を二つ、確認を一つ。
 それだけで、結論は出た。

「承認する。条件はそのまま、監督を厚く」

「承知しました」

 退出する背中は軽い。
 それが、体制の成熟を示していた。

 ――王宮は、前に進んでいる。

 同じ頃、公爵家の屋敷。
 エレノアは、古い地図を広げていた。王都から少し離れた領地の境界線、河の流れ、街道の分岐。

(……次は、こちら)

 商いでも、政治でもない。
 自分の領地の話だ。

 農地の水路整備、交易路の保守、学び舎の小さな増設。
 派手ではないが、確かな未来を作る仕事。

 侍女が、紅茶を置きながら尋ねる。

「お嬢様、王都へお戻りになるご予定は?」

「当分は、ありません」

 即答だった。

「今は、ここが忙しいのです」

 それ以上の理由は要らない。
 “戻らない”のではない。
 “選ばない”だけだ。

 午後、雨が上がり、雲の切れ間から光が差す。
 エレノアは馬車の手配を指示し、現地視察へ向かった。畑の匂い、川の音、人々の声。王宮にはない、生の手触り。

「水位は、これで安定します」

「子どもたちの通学路も、楽になりますね」

 頷き合う声に、彼女は小さく微笑む。

(これでいい)

 夜。
 王宮では、アルベルトが一通の私的な手紙を書いていた。宛先は空白のまま。書いては消し、消しては書く。

(送らない)

 それが結論だった。

 言葉は、もう必要ない。
 互いに、別々の未来を歩いている。

 それでも、ふとした瞬間に思う。
 もし、彼女が王宮に戻っていたら――
 その想像は、すぐに閉じる。

(違う道を選んだから、今がある)

 王太子は、王になる準備を進めている。
 公爵令嬢は、領地を未来へ繋いでいる。

 翌朝、王都に小さな知らせが走った。
 新体制下での最初の大型案件が、無事に履行段階へ入ったという報告だ。

「王宮が、安定した」
「戻ったのではない。育ったのだ」

 その評価は、静かに広がる。

 一方、公爵家にも知らせが届く。
 水路整備の成果で、収穫見込みが上向いたという報告。

「よかった」

 エレノアは、それだけ言った。

 それぞれの未来は、交わらない。
 だが、対立もしない。

 並走ではなく、同時進行。
 それが、この国にとって最も健全な形だった。

 雨上がりの空に、鳥が飛ぶ。
 王宮の塔の上でも、領地の川辺でも、同じ風が吹いている。

 ――選んだ道の先に、責任と自由がある。
 アルベルトは責任を、エレノアは自由を。

 そして二人は、互いにそれを侵さない。
 それが、成熟という名の未来だった。
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