『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第29話 波紋の届く距離

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第29話 波紋の届く距離

 空白を守り続けると、静けさはやがて波紋を生む。
 小さな判断、控えめな遅れ、丁寧な説明。
 それらは直接は見えないが、遠くまで届く。

 アルベルトは、朝の回覧に目を通し、珍しく眉を上げた。

――地方議会より。
――王宮の基準を参考に、独自の判断規則を策定。

(……広がったな)

 命令ではない。
 要請でもない。
 模倣だ。

 老侯爵が静かに言う。

「影響が、届いております」

「届く距離が、適切だ」

 遠すぎれば、誤解になる。
 近すぎれば、干渉になる。

 王宮は、受け止め方を誤らない必要があった。

「介入はしない。ただし、資料は公開する」

 アルベルトは、余計な手を伸ばさない。

「質問が来たら、答える。求められない助言は、出さない」

 波紋は、自然に広がるものだ。

 午前中、若い文官が興奮気味に報告する。

「隣国の官が、視察を希望しています」

「条件は?」

「“学びたい”とだけ」

 アルベルトは少し考える。

「受ける。ただし、見せるのは運用だ。成果ではない」

 数字を見せれば、真似はできない。
 過程を見せれば、考え方が伝わる。

 一方、領地。
 エレノアのもとにも、波紋は届いていた。

「周辺領から、同様の水路整備について問い合わせが」

「資料は、共有して」

 彼女は付け加える。

「ただし、決定権は各領に」

 助言は、選択肢として置く。
 正解として押し付けない。

 昼過ぎ、エレノアは学び舎で、他領の教師と話した。

「うまくいった理由は?」

「理由は、ひとつではありません」

 彼女は、簡潔に答える。

「順番、説明、余白。どれが欠けても、同じ結果にはなりません」

 真似は、簡単ではない。
 だからこそ、安易な拡散を防ぐ。

 午後、王宮に視察団が到着した。
 アルベルトは、成果の話を避け、失敗の事例を示した。

「ここで急いだ。だから、戻した」
「ここで待った。だから、助かった」

 視察団は、熱心に書き留める。

 夕刻、老侯爵が小さく笑う。

「陛下、人気が出ております」

「人気はいらない。再現性が欲しい」

 その言葉に、場が静まる。

 同じ夕刻、領地の市場で商人が言った。

「他所も真似るらしいな」
「でも、同じにはならん」

 それでいい。

 夜。
 アルベルトは、窓辺で王都の灯りを見る。

(波紋は、ここまで)

 越えない距離を、守る。

 エレノアは、川面に映る月を見る。

(届いたなら、十分)

 広げすぎない。
 閉じすぎない。

 波紋の届く距離は、管理するものではない。
 尊重するものだ。

 王は、過程を開き、
 公爵令嬢は、選択を預ける。

 交わらぬ道でも、同じ波が広がる。
 届くべきところにだけ、静かに。
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