『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第31話 確認という名の一日

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第31話 確認という名の一日

 臨界点を越えたあとの世界は、拍子抜けするほど静かだった。
 何かが壊れるでも、劇的に変わるでもない。
 ただ、確認が始まる。

 アルベルトは朝の回覧を手に取り、ゆっくりと頁を繰った。
 急報はない。特別決裁もない。
 あるのは、各部署からの短い報告――「基準内で処理」「現場完結」「更新不要」。

(……一日、だな)

 試すには、ちょうどいい。
 王が余計な判断をしない一日。

 老侯爵が控えめに尋ねる。

「陛下、本日は視察や会合を?」

「入れない。今日は、回っているかを見る」

 命令は出さない。
 確認だけを、淡々と積み上げる。

 午前、港湾から一件の連絡が入る。
 小さなトラブル。手順の誤解。

 担当部署は、即座に基準を参照し、是正案を作り、現場に戻した。
 上申はない。報告だけが、後から届く。

(合格)

 次は、補助金の執行状況。
 書式の統一が効いて、差し戻しが減っている。
 現場の電話も、以前より短い。

 昼前、若い文官が不安そうに言った。

「陛下に、お伺いすべき案件が……あるようで、ないようで」

「それでいい。迷うなら、基準を読め」

 彼は、優しくも厳しく、背中を押す。

「王は、迷いの代行ではない」

 昼、アルベルトは簡素な食事を取り、机を離れた。
 歩く。
 回廊を、あえてゆっくり。

 人々の動きは、一定のリズムを刻んでいる。
 誰かが走らない。
 誰かが止まらない。

 一方、領地。
 エレノアもまた、予定を入れない一日を選んでいた。
 確認のための、何もしない日。

 朝、彼女は帳簿を開かず、庭に出た。
 使用人たちは、それぞれの仕事に戻っている。
 指示は要らない。

(回っている)

 午前、倉庫から報告が入る。
 在庫は予定通り。追加の発注は不要。

 市場からも、短い便り。

「価格は安定。急ぎの要望なし」

 エレノアは、頷くだけで返す。

「了解」

 昼、彼女は学び舎に顔を出した。
 授業は滞りなく進み、教師たちは自分の裁量で調整している。

「問題は?」

「ありません。細かな調整だけです」

 それでいい。

 午後、王宮。
 アルベルトのもとに、唯一の“迷い”が届く。
 二部署の解釈が、わずかに分かれた案件。

 彼は、文書を閉じ、こう告げる。

「今日は、決めない。両方の運用で一日回せ。明日、結果を見る」

 確認は、実験でもある。

 同じ午後、領地では、二つの村が自主的に調整案を持ち寄った。
 エレノアは、聞くだけで介入しない。

「結論は、あなたたちで」

 夕刻。
 王宮では、その日の数字がまとまる。
 遅延なし。事故なし。苦情は、説明で解消。

 老侯爵が、静かに言う。

「……陛下が動かずとも、回りました」

「なら、正しい」

 同じ夕刻、領地の屋敷でも報告が揃う。
 特記事項なし。

 侍女が微笑む。

「今日は、静かでしたね」

「ええ。確認できました」

 夜。
 アルベルトは、灯りを落とし、椅子に深く腰掛けた。

(確認、完了)

 エレノアは、書斎で本を開き、数頁だけ読み、閉じる。

(大丈夫)

 確認という名の一日は、派手な成果を生まない。
 だが、最も重要な答えをくれる。

 ――一人の判断に、頼らなくてもいい。
 ――基準と説明があれば、歩ける。

 王は、手を出さない強さを確かめ、
 公爵令嬢は、任せる勇気を確かめた。

 交わらぬ道は、今日も平行に続く。
 確認は終わった。

 次に来るのは、
 選択ではなく、継続だ。
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