婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ

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第十八話 彼女の名

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第十八話 彼女の名

 翌日。

 再び、帝国統治院の審問室にタイラント王は呼び出された。

 前回とは違う。
 今回は、机上に積まれた書類の量が、明らかに増えている。

 アンピール帝国は、
 感情で裁かない。
 事実を集め、整理し、結論を出す。

 その過程に入った、という合図だった。

「プリケアリアス王国についての追加調査結果を共有する」

 カイザーは、そう前置きしてから言った。

「貴国の混乱は、
 王太子の資質や一時的な判断ミスだけでは説明がつかない」

 一枚の報告書が、卓上に滑らされる。

「王太子の婚約破棄以前と以後で、
 行政処理速度、外交文書の往復回数、
 貴族間訴訟の調停期間が、著しく変化している」

 淡々と、数字だけが示される。

 タイラント王は、視線を伏せた。

「婚約破棄を境に、
 国政の“緩衝役”が消失したと見るのが妥当だ」

 カイザーの視線が、鋭くなる。

「確認する」

 短く、しかし重い一言。

「貴国には、
 公式な宰相、あるいはそれに準ずる存在がいるか?」

「……いいえ」

 タイラント王は、苦渋の表情で答えた。

「では、誰がそれを担っていた?」

 逃げられない。

 この問いは、
 属国の統治構造そのものを問うものだった。

「……特定の官職では、ございませんでした」

 沈黙。

 それだけで、
 帝国側には十分だった。

「つまり」

 カイザーは、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「正式な権限も地位も与えず、
 実務だけを一身に背負わせていた人物がいた、ということだ」

 帝国高官の一人が、補足する。

「外交文書の最終確認者。
 貴族派閥間の調整役。
 王太子の決断を現実的な形に落とし込む存在」

 それらが、
 一人の名に集約されていく。

「国王タイラント」

 カイザーが、改めて呼びかけた。

「その人物の名を、
 ここで明らかにせよ」

 もはや、隠せない。

 タイラント王は、深く頭を下げた。

「……ゼクレテァ・セクレタリー侯爵令嬢でございます」

 その名が、
 初めて、この場で明確に口にされた。

 帝国高官たちは、ざわめかない。
 驚かない。

 確認が取れた、という反応だけがあった。

「侯爵令嬢、か」

 カイザーは、小さく頷いた。

「官職は?」

「……ございません」

「報酬は?」

「……婚約者としての待遇のみ」

 短い問答が、
 事態の異常さを際立たせる。

「では、その人物を排除した理由は?」

「……王太子の私的判断による婚約破棄です」

 カイザーは、静かに息を吐いた。

「理解した」

 その声には、
 怒りも、嘲笑もなかった。

 だが――
 評価は、確実に下された。

「有能な人材を、
 制度に組み込まず、
 属人的に使い潰し、
 不要になったと判断して切り捨てた」

 一拍置く。

「それが、貴国の統治の実態だな」

 否定できる言葉は、ない。

「さらに、その後」

 カイザーは、別の書類に目を落とす。

「国家の混乱を理由に、
 その人物を“保護”の名目で拘束している」

 視線が、鋭くなる。

「国王タイラント」

 低く、はっきりと告げられる。

「それは、
 帝国から見て――
 人材の不当拘束に等しい」

 その一言で、
 場の空気が凍りついた。

 アンピール帝国にとって、
 人材は資源だ。

 特に、
 国家を回せる能力を持つ者は、
 なおさら。

「次に行うのは、
 貴国の処遇判断だ」

 カイザーは、立ち上がる。

「そして同時に」

 一瞬、間を置く。

「その侯爵令嬢について、
 帝国として直接確認する」

 それが、何を意味するのか。

 タイラント王には、
 はっきりと分かっていた。

 ――ゼクレテァは、
 もはや王国だけの存在ではない。

 帝国の視界に、
 正式に入ったのだ。

 その事実が、
 プリケアリアス王国の運命を、
 決定的に変えようとしていた。
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