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第二十四話 首席秘書官
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第二十四話 首席秘書官
翌日。
帝国中枢区画は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
だが、内部では「いつものこと」が起きていた。
――首席秘書官が、いない。
「……また、ですか?」
ゼクレテァは、淡々と確認した。
机の向かいに立つ官僚が、肩をすくめる。
「はい。
朝一番で“急用”とだけ伝えられております」
急用。
それは、理由にならない理由だった。
首席秘書官――
オッド・ペキュリア侯爵。
皇帝カイザーの幼少期からの友人であり、
帝国でも屈指の有能者。
だが同時に、
極端な変わり者でもあった。
「不在時の業務分担は?」
「例の通りです」
つまり――
実務は、次席秘書官が回す。
ゼクレテァは、軽く頷いた。
「では、通常運用で」
それだけで、話は終わる。
帝国では、
誰が“偉いか”より、
誰が“回せるか”が重要だった。
午前中。
皇帝執務室には、複数の案件が積まれていた。
属国からの報告、
帝国内部の官僚配置、
軍需調整に関する覚書。
どれも、
一つ判断を誤れば、
余計な摩擦を生む案件だ。
ゼクレテァは、
書類を一つずつ精査し、
補足資料を付けていく。
感情を排し、
事実と数字だけを拾う。
その作業を、
皇帝カイザーは黙って見ていた。
「……君は、首席がいないことを
不安に思わないのか?」
ふと、問いかける。
ゼクレテァは、顔を上げた。
「不在は、事実です」
即答だった。
「ですが、
判断に必要な情報が揃っていれば、
業務は滞りません」
それは、
首席秘書官を否定する言葉ではない。
役割を正しく捉えた言葉だった。
カイザーは、わずかに笑った。
「オッドが聞いたら、
面白がりそうだ」
まるで、
その名を呼ばれたかのように。
午後。
執務室の扉が、
音もなく開いた。
「おや。
もう回っているじゃないですか」
気の抜けた声。
現れたのは、
オッド・ペキュリア侯爵本人だった。
年齢不詳。
整った顔立ちだが、
どこか現実感が薄い。
視線は鋭いが、
立ち居振る舞いは掴みどころがない。
「……お帰りなさい、首席秘書官」
ゼクレテァが、淡々と挨拶する。
オッドは、彼女をじっと見つめた。
値踏みするようでもあり、
観察するようでもある。
「君が、次席か」
「はい」
「なるほど」
それだけ言って、
机の上の書類束を手に取る。
数枚、目を通す。
そして――
楽しそうに、口角を上げた。
「きれいですね」
一言。
「削るべきところが削られていて、
判断が楽だ」
それは、
最大級の評価だった。
皇帝カイザーが、静かに言う。
「オッド、
こちらが次席秘書官のゼクレテァだ」
「知っていますよ」
オッドは、あっさりと言った。
「最近、
執務室の空気が変わった」
視線を、ゼクレテァに戻す。
「君が原因でしょう」
ゼクレテァは、
特に否定もしなかった。
「役割を果たしているだけです」
その答えに、
オッドは声を上げて笑った。
「あはは。
いいですね、それ」
そして、
唐突に言う。
「――やっと、
まともな秘書が来た」
皇帝カイザーが、ため息をついた。
「それは、
自分が首席であることを
否定しているように聞こえるが?」
「いいえ?」
オッドは、首をかしげる。
「僕は、
“秘書”としては、
あまりまともではありませんから」
自覚は、あった。
だからこそ、
彼は続ける。
「君、
しばらく僕の代わりに
前に出てくれませんか?」
唐突な提案。
官僚たちが、息を呑む。
だが、
ゼクレテァは表情を変えなかった。
「職務命令でしたら、従います」
「いいですねえ」
オッドは、
本当に楽しそうに笑った。
この瞬間。
帝国中枢で、
一つの認識が共有され始めていた。
首席秘書官は、
“座っている者”ではない。
回している者が、首席なのだと。
それが、
ゼクレテァである可能性を、
誰も否定できなくなっていた。
翌日。
帝国中枢区画は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
だが、内部では「いつものこと」が起きていた。
――首席秘書官が、いない。
「……また、ですか?」
ゼクレテァは、淡々と確認した。
机の向かいに立つ官僚が、肩をすくめる。
「はい。
朝一番で“急用”とだけ伝えられております」
急用。
それは、理由にならない理由だった。
首席秘書官――
オッド・ペキュリア侯爵。
皇帝カイザーの幼少期からの友人であり、
帝国でも屈指の有能者。
だが同時に、
極端な変わり者でもあった。
「不在時の業務分担は?」
「例の通りです」
つまり――
実務は、次席秘書官が回す。
ゼクレテァは、軽く頷いた。
「では、通常運用で」
それだけで、話は終わる。
帝国では、
誰が“偉いか”より、
誰が“回せるか”が重要だった。
午前中。
皇帝執務室には、複数の案件が積まれていた。
属国からの報告、
帝国内部の官僚配置、
軍需調整に関する覚書。
どれも、
一つ判断を誤れば、
余計な摩擦を生む案件だ。
ゼクレテァは、
書類を一つずつ精査し、
補足資料を付けていく。
感情を排し、
事実と数字だけを拾う。
その作業を、
皇帝カイザーは黙って見ていた。
「……君は、首席がいないことを
不安に思わないのか?」
ふと、問いかける。
ゼクレテァは、顔を上げた。
「不在は、事実です」
即答だった。
「ですが、
判断に必要な情報が揃っていれば、
業務は滞りません」
それは、
首席秘書官を否定する言葉ではない。
役割を正しく捉えた言葉だった。
カイザーは、わずかに笑った。
「オッドが聞いたら、
面白がりそうだ」
まるで、
その名を呼ばれたかのように。
午後。
執務室の扉が、
音もなく開いた。
「おや。
もう回っているじゃないですか」
気の抜けた声。
現れたのは、
オッド・ペキュリア侯爵本人だった。
年齢不詳。
整った顔立ちだが、
どこか現実感が薄い。
視線は鋭いが、
立ち居振る舞いは掴みどころがない。
「……お帰りなさい、首席秘書官」
ゼクレテァが、淡々と挨拶する。
オッドは、彼女をじっと見つめた。
値踏みするようでもあり、
観察するようでもある。
「君が、次席か」
「はい」
「なるほど」
それだけ言って、
机の上の書類束を手に取る。
数枚、目を通す。
そして――
楽しそうに、口角を上げた。
「きれいですね」
一言。
「削るべきところが削られていて、
判断が楽だ」
それは、
最大級の評価だった。
皇帝カイザーが、静かに言う。
「オッド、
こちらが次席秘書官のゼクレテァだ」
「知っていますよ」
オッドは、あっさりと言った。
「最近、
執務室の空気が変わった」
視線を、ゼクレテァに戻す。
「君が原因でしょう」
ゼクレテァは、
特に否定もしなかった。
「役割を果たしているだけです」
その答えに、
オッドは声を上げて笑った。
「あはは。
いいですね、それ」
そして、
唐突に言う。
「――やっと、
まともな秘書が来た」
皇帝カイザーが、ため息をついた。
「それは、
自分が首席であることを
否定しているように聞こえるが?」
「いいえ?」
オッドは、首をかしげる。
「僕は、
“秘書”としては、
あまりまともではありませんから」
自覚は、あった。
だからこそ、
彼は続ける。
「君、
しばらく僕の代わりに
前に出てくれませんか?」
唐突な提案。
官僚たちが、息を呑む。
だが、
ゼクレテァは表情を変えなかった。
「職務命令でしたら、従います」
「いいですねえ」
オッドは、
本当に楽しそうに笑った。
この瞬間。
帝国中枢で、
一つの認識が共有され始めていた。
首席秘書官は、
“座っている者”ではない。
回している者が、首席なのだと。
それが、
ゼクレテァである可能性を、
誰も否定できなくなっていた。
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