9 / 41
第9話 噂は、正確に届かない
しおりを挟む
第9話 噂は、正確に届かない
噂は、必ず歪む。
それは、事実が原因ではない。
受け取る側の都合が、形を変えるのだ。
---
「聞きました?」
王都のサロンで、扇子越しに声が落ちた。
「アルヴェイン家の令嬢が、
孤児を集めて働かせているそうですわ」
「まあ……」
「しかも、
パンまで焼かせているとか」
別の貴族夫人が、眉をひそめる。
「慈善を装った、
安価な労働力では?」
「孤児ですもの。
文句も言えないでしょうし」
「……恐ろしい話ですわね」
言葉は、柔らかい。
だが、内容は鋭利だった。
---
同じ頃、別の場所では、
まったく逆の噂も流れていた。
「孤児院が、
“学校”になっているらしい」
「文字を教え、
計算をさせ、
帳簿までつけているとか」
「……それは、
やりすぎでは?」
「貴族の真似事でしょう」
「身の程知らず、
というやつですね」
どちらの噂にも、
一部の真実が含まれている。
だからこそ、
厄介だった。
---
ノエリアの屋敷には、
その噂が、
まだ届いていなかった。
だが、
風向きは、確実に変わっている。
執事が、珍しく言葉を選びながら報告した。
「……奥様方の間で、
お嬢様の孤児院の話が……」
「噂になっていますね」
ノエリアは、淡々と応じる。
「はい」
「内容は……」
「聞かなくて結構です」
執事は、言葉を止めた。
「噂は、
正確である必要がありません」
「広がること自体が、
目的です」
執事は、何も言えなくなった。
---
孤児院では、
いつも通りの朝が始まっていた。
「今日は、
畑を半分、
間引きます」
カイルが、指示を出す。
「この列は、
まだ残す」
「記録、
昨日より多いです」
リリィが帳簿を確認する。
「火、
安定してます」
ミナが短く告げる。
誰も、
噂を知らない。
それでいい。
---
昼前、
屋敷に一通の書簡が届いた。
差出人は、
王都の貴族家。
丁寧な文面。
だが、内容は単刀直入だった。
> 「孤児院の運営方針について、
情報共有を願いたい」
ノエリアは、読み終えると、
そのまま机に置いた。
「返事は?」
執事が問う。
「不要です」
即答だった。
「聞かれてもいないことを、
説明する必要はありません」
「ですが……」
「説明は、
求められた時にすれば十分です」
---
同じ日の午後、
孤児院に一人の少女が連れられてきた。
服は汚れ、
視線は落ち着かない。
「……噂を、
聞いてきました」
付き添いの平民の女性が言う。
「働かされる、
厳しい場所だって……」
ノエリアは、少女を見る。
「あなたは、
どうしたいの?」
少女は、戸惑いながらも答えた。
「……食べて、
寝て、
それで終わるのは、
嫌です」
ノエリアは、頷いた。
「では、
残りなさい」
条件は、
それだけだった。
---
夕方、
子供たちが集まる。
「外で、
色々言われてるそうです」
誰かが、不安そうに言った。
「……悪いこと、
してますか?」
ノエリアは、静かに答えた。
「いいえ」
「ですが」
一拍。
「良いことをしている、
とも言いません」
子供たちが、首を傾げる。
「ここでしているのは、
“必要なこと”です」
「評価は、
後からついてきます」
「先に、
気にする必要はありません」
誰も、反論しなかった。
---
その夜、
王都では、さらに噂が加速する。
「孤児院の子供が、
文字を読めるらしい」
「計算も、
大人並みとか」
「……貴族の仕事を、
奪う気では?」
言葉は、
いつの間にか
警戒へと変わっていた。
---
屋敷の中庭で、
猫が相変わらず転がっている。
子猫は、
少し大きくなっていた。
「……静かにしていると、
勝手に話が大きくなるわね」
猫は答えない。
だが、
逃げもしない。
ノエリアは、空を見上げた。
噂は、
防げない。
ならば、
事実を積み上げるしかない。
言葉ではなく、
結果で。
孤児院は、
すでに“見られる存在”になった。
だが、
壊れる理由は、
どこにもなかった。
---
噂は、必ず歪む。
それは、事実が原因ではない。
受け取る側の都合が、形を変えるのだ。
---
「聞きました?」
王都のサロンで、扇子越しに声が落ちた。
「アルヴェイン家の令嬢が、
孤児を集めて働かせているそうですわ」
「まあ……」
「しかも、
パンまで焼かせているとか」
別の貴族夫人が、眉をひそめる。
「慈善を装った、
安価な労働力では?」
「孤児ですもの。
文句も言えないでしょうし」
「……恐ろしい話ですわね」
言葉は、柔らかい。
だが、内容は鋭利だった。
---
同じ頃、別の場所では、
まったく逆の噂も流れていた。
「孤児院が、
“学校”になっているらしい」
「文字を教え、
計算をさせ、
帳簿までつけているとか」
「……それは、
やりすぎでは?」
「貴族の真似事でしょう」
「身の程知らず、
というやつですね」
どちらの噂にも、
一部の真実が含まれている。
だからこそ、
厄介だった。
---
ノエリアの屋敷には、
その噂が、
まだ届いていなかった。
だが、
風向きは、確実に変わっている。
執事が、珍しく言葉を選びながら報告した。
「……奥様方の間で、
お嬢様の孤児院の話が……」
「噂になっていますね」
ノエリアは、淡々と応じる。
「はい」
「内容は……」
「聞かなくて結構です」
執事は、言葉を止めた。
「噂は、
正確である必要がありません」
「広がること自体が、
目的です」
執事は、何も言えなくなった。
---
孤児院では、
いつも通りの朝が始まっていた。
「今日は、
畑を半分、
間引きます」
カイルが、指示を出す。
「この列は、
まだ残す」
「記録、
昨日より多いです」
リリィが帳簿を確認する。
「火、
安定してます」
ミナが短く告げる。
誰も、
噂を知らない。
それでいい。
---
昼前、
屋敷に一通の書簡が届いた。
差出人は、
王都の貴族家。
丁寧な文面。
だが、内容は単刀直入だった。
> 「孤児院の運営方針について、
情報共有を願いたい」
ノエリアは、読み終えると、
そのまま机に置いた。
「返事は?」
執事が問う。
「不要です」
即答だった。
「聞かれてもいないことを、
説明する必要はありません」
「ですが……」
「説明は、
求められた時にすれば十分です」
---
同じ日の午後、
孤児院に一人の少女が連れられてきた。
服は汚れ、
視線は落ち着かない。
「……噂を、
聞いてきました」
付き添いの平民の女性が言う。
「働かされる、
厳しい場所だって……」
ノエリアは、少女を見る。
「あなたは、
どうしたいの?」
少女は、戸惑いながらも答えた。
「……食べて、
寝て、
それで終わるのは、
嫌です」
ノエリアは、頷いた。
「では、
残りなさい」
条件は、
それだけだった。
---
夕方、
子供たちが集まる。
「外で、
色々言われてるそうです」
誰かが、不安そうに言った。
「……悪いこと、
してますか?」
ノエリアは、静かに答えた。
「いいえ」
「ですが」
一拍。
「良いことをしている、
とも言いません」
子供たちが、首を傾げる。
「ここでしているのは、
“必要なこと”です」
「評価は、
後からついてきます」
「先に、
気にする必要はありません」
誰も、反論しなかった。
---
その夜、
王都では、さらに噂が加速する。
「孤児院の子供が、
文字を読めるらしい」
「計算も、
大人並みとか」
「……貴族の仕事を、
奪う気では?」
言葉は、
いつの間にか
警戒へと変わっていた。
---
屋敷の中庭で、
猫が相変わらず転がっている。
子猫は、
少し大きくなっていた。
「……静かにしていると、
勝手に話が大きくなるわね」
猫は答えない。
だが、
逃げもしない。
ノエリアは、空を見上げた。
噂は、
防げない。
ならば、
事実を積み上げるしかない。
言葉ではなく、
結果で。
孤児院は、
すでに“見られる存在”になった。
だが、
壊れる理由は、
どこにもなかった。
---
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる