『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第9話 噂は、正確に届かない

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第9話 噂は、正確に届かない

噂は、必ず歪む。

それは、事実が原因ではない。
受け取る側の都合が、形を変えるのだ。


---

「聞きました?」

王都のサロンで、扇子越しに声が落ちた。

「アルヴェイン家の令嬢が、
孤児を集めて働かせているそうですわ」

「まあ……」

「しかも、
パンまで焼かせているとか」

別の貴族夫人が、眉をひそめる。

「慈善を装った、
安価な労働力では?」

「孤児ですもの。
文句も言えないでしょうし」

「……恐ろしい話ですわね」

言葉は、柔らかい。
だが、内容は鋭利だった。


---

同じ頃、別の場所では、
まったく逆の噂も流れていた。

「孤児院が、
“学校”になっているらしい」

「文字を教え、
計算をさせ、
帳簿までつけているとか」

「……それは、
やりすぎでは?」

「貴族の真似事でしょう」

「身の程知らず、
というやつですね」

どちらの噂にも、
一部の真実が含まれている。

だからこそ、
厄介だった。


---

ノエリアの屋敷には、
その噂が、
まだ届いていなかった。

だが、
風向きは、確実に変わっている。

執事が、珍しく言葉を選びながら報告した。

「……奥様方の間で、
お嬢様の孤児院の話が……」

「噂になっていますね」

ノエリアは、淡々と応じる。

「はい」

「内容は……」

「聞かなくて結構です」

執事は、言葉を止めた。

「噂は、
正確である必要がありません」

「広がること自体が、
目的です」

執事は、何も言えなくなった。


---

孤児院では、
いつも通りの朝が始まっていた。

「今日は、
畑を半分、
間引きます」

カイルが、指示を出す。

「この列は、
まだ残す」

「記録、
昨日より多いです」

リリィが帳簿を確認する。

「火、
安定してます」

ミナが短く告げる。

誰も、
噂を知らない。

それでいい。


---

昼前、
屋敷に一通の書簡が届いた。

差出人は、
王都の貴族家。

丁寧な文面。
だが、内容は単刀直入だった。

> 「孤児院の運営方針について、
情報共有を願いたい」



ノエリアは、読み終えると、
そのまま机に置いた。

「返事は?」

執事が問う。

「不要です」

即答だった。

「聞かれてもいないことを、
説明する必要はありません」

「ですが……」

「説明は、
求められた時にすれば十分です」


---

同じ日の午後、
孤児院に一人の少女が連れられてきた。

服は汚れ、
視線は落ち着かない。

「……噂を、
聞いてきました」

付き添いの平民の女性が言う。

「働かされる、
厳しい場所だって……」

ノエリアは、少女を見る。

「あなたは、
どうしたいの?」

少女は、戸惑いながらも答えた。

「……食べて、
寝て、
それで終わるのは、
嫌です」

ノエリアは、頷いた。

「では、
残りなさい」

条件は、
それだけだった。


---

夕方、
子供たちが集まる。

「外で、
色々言われてるそうです」

誰かが、不安そうに言った。

「……悪いこと、
してますか?」

ノエリアは、静かに答えた。

「いいえ」

「ですが」

一拍。

「良いことをしている、
とも言いません」

子供たちが、首を傾げる。

「ここでしているのは、
“必要なこと”です」

「評価は、
後からついてきます」

「先に、
気にする必要はありません」

誰も、反論しなかった。


---

その夜、
王都では、さらに噂が加速する。

「孤児院の子供が、
文字を読めるらしい」

「計算も、
大人並みとか」

「……貴族の仕事を、
奪う気では?」

言葉は、
いつの間にか
警戒へと変わっていた。


---

屋敷の中庭で、
猫が相変わらず転がっている。

子猫は、
少し大きくなっていた。

「……静かにしていると、
勝手に話が大きくなるわね」

猫は答えない。

だが、
逃げもしない。

ノエリアは、空を見上げた。

噂は、
防げない。

ならば、
事実を積み上げるしかない。

言葉ではなく、
結果で。

孤児院は、
すでに“見られる存在”になった。

だが、
壊れる理由は、
どこにもなかった。


---
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