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第22話 正義の名で、壊れる
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第22話 正義の名で、壊れる
決定は、誰の名義でもなかった。
正式な議事録もない。
署名もない。
だが、その場にいた者全員が理解していた。
――これは後戻り出来ない決定だと。
---
「調査中、という形で止める」
そう言ったのは、最年長の伯爵だった。
「違反が“あった可能性”を理由にすればいい」
「確定は不要だ」
「疑念があれば、
世論は動く」
誰も、異を唱えなかった。
それが、
彼らの答えだった。
---
三日後。
王都に一斉に回覧された文書は、
穏やかな言葉で書かれていた。
> 「アルヴェイン家管理下孤児院において、
児童労働に関する懸念が確認された可能性がある。
事実確認のため、
当面、施設の一部機能を停止する」
確定ではない。
断定でもない。
だが――
十分だった。
---
孤児院に通達が届いたのは、昼前だった。
執事は、文書を読み終え、
ゆっくり顔を上げる。
「……作業棟、調理棟、帳簿管理室の使用停止」
「外部就労も、全面停止」
「理由は?」
「……“調査中”とのことです」
ノエリアは、ただ頷いた。
「分かりました」
それ以上は、言わない。
---
子供たちが集められる。
ざわめきはない。
泣き声もない。
ただ、
張りつめた空気だけがあった。
「外で、
決定がありました」
ノエリアは、事実だけを告げる。
「いくつかの作業を、
止めます」
「でも」
一拍。
「ここは、
終わりません」
---
「……怒らないの?」
小さな声が、
どこかから聞こえた。
「怒る理由が、
ありません」
ノエリアは答える。
「相手が、
自分で自分の立場を壊しているだけです」
その意味を、
すぐ理解出来る者はいない。
それでいい。
---
その日の夕方、
王都で最初の異変が起きた。
帳簿が合わない。
在庫の数字が、
止まったまま動かない。
「……なぜ?」
商会の責任者が、
声を荒げる。
「担当は?」
「……来ていません」
「代わりは?」
「いません」
---
別の商会でも、
同じことが起きていた。
輸送計画が、
決められない。
地方との契約が、
保留のまま積み上がる。
理由は、
すべて同じだった。
> 「判断出来る者が、
不在です」
---
貴族会の一部が、
ようやく違和感を覚え始める。
「……影響が、
大きすぎないか?」
「孤児院を止めただけだぞ?」
「なぜ、
ここまで……」
誰かが、
ぽつりと呟いた。
「止めたのは、
“施設”じゃない」
「“判断の流れ”だ」
だが、
その言葉は流された。
---
王城でも、
異変は無視出来なくなっていた。
「地方からの報告が、
滞っています」
「原因は?」
補佐官が、
一瞬ためらう。
「……孤児院出身者が、
関わっていた案件です」
王太子クラウスは、
目を閉じた。
(やったな)
---
同時に、
調査団の内部でも、
空気が変わり始めていた。
「……帳簿は、
過去数年分、完全だ」
「労働強制の形跡もない」
「教育内容も、
法に抵触しない」
「むしろ……」
言葉を選びながら、
調査官が続ける。
「理想的すぎる」
---
「問題があるとすれば」
別の調査官が言った。
「自律しすぎていること」
「だが、それは――」
「罪ではない」
その結論は、
書面には載らない。
だが、
人の心には残った。
---
三日目の夜。
貴族会の非公式な集まりは、
重苦しい空気に包まれていた。
「……想定と違う」
「止めたら、
折れるはずだった」
「なのに、
こちらが回らない」
「王家も、
動き始めている」
沈黙。
誰も、
責任を取ろうとしない。
---
その頃、
孤児院では――
簡素な夕食が取られていた。
火を使わない料理。
だが、温かい。
「……不便ですね」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「でも」
「壊れてはいません」
その言葉に、
誰かが小さく息を吐いた。
---
中庭で、
猫が伸びをする。
子猫たちは、
自由に散らばっている。
「……場所を止めても」
ノエリアは、
静かに呟く。
「人は、止まらない」
---
翌朝、
王都に新しい文書が出回った。
> 「先日の通達について、
再検討を行う」
王家の印。
それを見た瞬間、
敵対派は理解した。
――越えた線は、戻らない。
壊れたのは、
孤児院ではない。
自分たちの信用だ。
---
ノエリアは、
その報告を聞いても、
ただ静かに頷いた。
「……終わりでは、
ありませんね」
「ええ」
執事が答える。
「ですが」
ノエリアは、窓の外を見る。
「もう、
主導権は向こうにありません」
選んだのは、
彼ら自身だ。
正義の名を使い、
一線を越えた。
その結果は、
静かに、
しかし確実に積み上がっていく。
---
決定は、誰の名義でもなかった。
正式な議事録もない。
署名もない。
だが、その場にいた者全員が理解していた。
――これは後戻り出来ない決定だと。
---
「調査中、という形で止める」
そう言ったのは、最年長の伯爵だった。
「違反が“あった可能性”を理由にすればいい」
「確定は不要だ」
「疑念があれば、
世論は動く」
誰も、異を唱えなかった。
それが、
彼らの答えだった。
---
三日後。
王都に一斉に回覧された文書は、
穏やかな言葉で書かれていた。
> 「アルヴェイン家管理下孤児院において、
児童労働に関する懸念が確認された可能性がある。
事実確認のため、
当面、施設の一部機能を停止する」
確定ではない。
断定でもない。
だが――
十分だった。
---
孤児院に通達が届いたのは、昼前だった。
執事は、文書を読み終え、
ゆっくり顔を上げる。
「……作業棟、調理棟、帳簿管理室の使用停止」
「外部就労も、全面停止」
「理由は?」
「……“調査中”とのことです」
ノエリアは、ただ頷いた。
「分かりました」
それ以上は、言わない。
---
子供たちが集められる。
ざわめきはない。
泣き声もない。
ただ、
張りつめた空気だけがあった。
「外で、
決定がありました」
ノエリアは、事実だけを告げる。
「いくつかの作業を、
止めます」
「でも」
一拍。
「ここは、
終わりません」
---
「……怒らないの?」
小さな声が、
どこかから聞こえた。
「怒る理由が、
ありません」
ノエリアは答える。
「相手が、
自分で自分の立場を壊しているだけです」
その意味を、
すぐ理解出来る者はいない。
それでいい。
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その日の夕方、
王都で最初の異変が起きた。
帳簿が合わない。
在庫の数字が、
止まったまま動かない。
「……なぜ?」
商会の責任者が、
声を荒げる。
「担当は?」
「……来ていません」
「代わりは?」
「いません」
---
別の商会でも、
同じことが起きていた。
輸送計画が、
決められない。
地方との契約が、
保留のまま積み上がる。
理由は、
すべて同じだった。
> 「判断出来る者が、
不在です」
---
貴族会の一部が、
ようやく違和感を覚え始める。
「……影響が、
大きすぎないか?」
「孤児院を止めただけだぞ?」
「なぜ、
ここまで……」
誰かが、
ぽつりと呟いた。
「止めたのは、
“施設”じゃない」
「“判断の流れ”だ」
だが、
その言葉は流された。
---
王城でも、
異変は無視出来なくなっていた。
「地方からの報告が、
滞っています」
「原因は?」
補佐官が、
一瞬ためらう。
「……孤児院出身者が、
関わっていた案件です」
王太子クラウスは、
目を閉じた。
(やったな)
---
同時に、
調査団の内部でも、
空気が変わり始めていた。
「……帳簿は、
過去数年分、完全だ」
「労働強制の形跡もない」
「教育内容も、
法に抵触しない」
「むしろ……」
言葉を選びながら、
調査官が続ける。
「理想的すぎる」
---
「問題があるとすれば」
別の調査官が言った。
「自律しすぎていること」
「だが、それは――」
「罪ではない」
その結論は、
書面には載らない。
だが、
人の心には残った。
---
三日目の夜。
貴族会の非公式な集まりは、
重苦しい空気に包まれていた。
「……想定と違う」
「止めたら、
折れるはずだった」
「なのに、
こちらが回らない」
「王家も、
動き始めている」
沈黙。
誰も、
責任を取ろうとしない。
---
その頃、
孤児院では――
簡素な夕食が取られていた。
火を使わない料理。
だが、温かい。
「……不便ですね」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「でも」
「壊れてはいません」
その言葉に、
誰かが小さく息を吐いた。
---
中庭で、
猫が伸びをする。
子猫たちは、
自由に散らばっている。
「……場所を止めても」
ノエリアは、
静かに呟く。
「人は、止まらない」
---
翌朝、
王都に新しい文書が出回った。
> 「先日の通達について、
再検討を行う」
王家の印。
それを見た瞬間、
敵対派は理解した。
――越えた線は、戻らない。
壊れたのは、
孤児院ではない。
自分たちの信用だ。
---
ノエリアは、
その報告を聞いても、
ただ静かに頷いた。
「……終わりでは、
ありませんね」
「ええ」
執事が答える。
「ですが」
ノエリアは、窓の外を見る。
「もう、
主導権は向こうにありません」
選んだのは、
彼ら自身だ。
正義の名を使い、
一線を越えた。
その結果は、
静かに、
しかし確実に積み上がっていく。
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