『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第25話 それでも、朝は来る

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第25話 それでも、朝は来る

朝の光は、いつも通り中庭に差し込んでいた。

特別な日ではない。
祝賀もない。
式典も、演説もない。

ただ、
いつもと同じ朝だった。


---

ノエリアは、
自室の窓を開け、
空気を入れ替える。

冷たい風が、
頬をかすめた。

「……今日も、
静かね」

誰に言うでもなく呟く。


---

執事が、
控えめに扉を叩く。

「お嬢様、
本日の予定ですが――」

「ありません」

即答だった。

執事は、
一瞬言葉に詰まる。

「……何も、
なさらない?」

「ええ」

ノエリアは頷く。

「今日は、
“何もしない日”です」


---

孤児院では、
すでに一日の準備が始まっている。

だが、
そこにノエリアの指示はない。

評議員が決め、
年長者が動かし、
若い者が学ぶ。

彼女は、
その輪の外にいた。


---

「……お嬢様?」

通りがかった少女が、
不思議そうに声をかける。

「今日は、
指示は?」

「ありません」

「……本当に?」

「ええ」

ノエリアは微笑む。

「あなたたちが、
決めてください」

少女は、
少し戸惑いながらも頷いた。


---

午前中、
ノエリアは久しぶりに
自分の部屋で本を開いた。

読みかけだった書物。

途中で閉じていた頁。

「……ずいぶん、
久しぶり」

集中出来るか、
分からなかった。

だが、
意外なほど、
文字は頭に入ってくる。


---

昼前、
猫が部屋に入ってきた。

相変わらず、
無遠慮だ。

「……あなたも、
今日は自由ね」

猫は答えない。

膝の上に飛び乗り、
丸くなる。


---

「……終わったのよ」

ノエリアは、
小さく呟く。

何が、とは言わない。

猫は、
喉を鳴らすだけだ。


---

午後、
中庭で声が上がる。

議論だ。

評議員たちが、
次の作業分担について話している。

少し意見が割れ、
やがて折り合いがつく。

ノエリアは、
遠くからそれを眺めていた。

(……介入しなくても、
進む)

それが、
何よりの証明だった。


---

執事が、
静かに近づく。

「……寂しくは、
ありませんか」

ノエリアは、
しばらく考える。

「少しだけ」

正直な答えだった。

「でも」

一拍。

「安心しています」


---

夕方、
ノエリアは
屋敷の外れまで散歩に出た。

畑の向こう。
道の先。

以前は、
立ち止まる余裕もなかった場所。

「……世界は、
広いわね」

今さらのように、
そう思う。


---

戻ると、
食堂から笑い声が聞こえた。

孤児院の子供たちだ。

今日の出来事を、
互いに話している。

ノエリアは、
その輪に入らない。

入る必要が、
もうない。


---

夜。

中庭に灯りが落ち、
静寂が戻る。

ノエリアは、
ベンチに腰を下ろした。

猫が、
足元に来る。

「……これで、
よかったのよね」

問いかけるように言う。

答えは、
返ってこない。

だが、
不安もない。


---

彼女は、
何かを成し遂げた英雄ではない。

国を救ったわけでも、
称えられたわけでもない。

ただ、
自分が不要になる状況を作った。

それだけだ。


---

「……明日は、
何をしようかしら」

小さく笑う。

選ぶ余地が、
ようやく戻ってきた。


---

猫は、
欠伸をした。

子猫たちは、
遠くで眠っている。

この場所は、
もうノエリアが
守る必要はない。

だからこそ――
彼女自身の時間が、
始まる。


---

朝は、
また来る。

孤児院があっても、
なくても。

ノエリアが指示を出しても、
出さなくても。

世界は、
淡々と続く。

そしてそれで、
十分だった。

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