『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

文字の大きさ
26 / 41

第26話 役割の外で、息をする

しおりを挟む
第26話 役割の外で、息をする

朝は、相変わらず静かに始まった。

だが、ノエリアにとっては、
昨日までとはわずかに質が違っていた。

――今日、やるべきことがない。

それは、空白ではない。
空白を選べる状態になった、というだけだ。


---

ノエリアは身支度を整え、
自室を出た。

廊下ですれ違う使用人たちは、
いつも通り頭を下げる。

だが、
視線の奥にあるものが、少し変わっていた。

(……もう、指示を待っていない)

それに気づき、
ノエリアはほんのわずかに口元を緩めた。


---

中庭では、
評議員たちが話し合いをしている。

内容は、
来週の作業分担と、新しい子の受け入れ基準。

ノエリアは、
一瞬だけ足を止めたが、
そのまま通り過ぎた。

(聞く必要はない)

決めるのは、
もう彼女ではない。


---

門を出ると、
屋敷の外の道が広がっている。

これまで何度も見てきた景色だが、
今日は少し違って見えた。

「……歩いてみようかしら」

馬車を使わず、
一人で歩く。

それだけのことが、
新鮮だった。


---

町へ向かう道すがら、
露店が並んでいる。

果物、布、雑貨。

どれも、
政治とも制度とも無縁だ。

「お嬢さん、
これどうだい?」

声をかけられ、
ノエリアは足を止める。

「……甘い?」

「保証するよ」

少し考えてから、
リンゴを一つ買った。

誰のためでもない。
視察でもない。

自分が食べたいから。


---

噛んだ瞬間、
果汁が広がる。

「……普通ね」

だが、
それでいい。


---

町の片隅で、
孤児院出身の青年とすれ違う。

彼は、
一瞬ノエリアに気づき、
慌てて頭を下げかけた。

ノエリアは、
小さく首を横に振る。

「今日は、
仕事じゃないわ」

青年は、
少し戸惑いながらも頷いた。

「……お元気そうで」

「ええ」

それだけの会話。

それが、
ちょうどよかった。


---

昼前、
ノエリアは小さな書店に入った。

目的はない。

棚を眺め、
背表紙を追う。

「……これ、
前から気になってた」

実用書でも、
政策論でもない。

物語の本だ。

「……贅沢ね」

そう思いながら、
一冊手に取る。


---

屋敷に戻ると、
執事が少し驚いた顔をした。

「お嬢様、
外出なさっていたのですね」

「ええ」

「……何か、
ご用件は?」

「いいえ」

ノエリアは答える。

「ただ、
歩いていただけです」

執事は、
一瞬言葉を失い、
やがて小さく微笑んだ。

「……それは、
よろしいことです」


---

午後。

ノエリアは、
自室で本を読む。

途中で、
猫がやってくる。

相変わらず、
遠慮がない。

「……あなたは、
何も変わらないわね」

猫は、
膝に乗り、丸くなる。

その重みが、
心地よい。


---

夕方、
評議員の一人が、
控えめに声をかけてきた。

「……一つ、
ご相談が」

「聞くだけなら」

ノエリアは答える。

意見を出さない。
決定もしない。

それでも、
話は進む。

(……聞くだけで、
十分なのね)


---

日が落ちる頃、
ノエリアは中庭に出た。

孤児院の子供たちが、
今日の出来事を話している。

笑い声。

小さな衝突。

すぐに折り合いがつく。

彼女は、
その輪の外に立っていた。

だが、
孤立ではない。

距離だ。


---

「……私は、
もう中心じゃない」

それを、
悲しいとは思わなかった。

むしろ、
安堵に近い。


---

夜。

部屋に戻ったノエリアは、
窓を開ける。

風が入る。

「……これから、
何をしようかしら」

答えは、
まだない。

だが、
焦りもない。

選ぶ時間が、
ようやく戻ってきたのだから。


---

猫が、
欠伸をする。

子猫たちは、
遠くで眠っている。

孤児院は、
回っている。

国も、
動いている。

ノエリアが、
動かなくても。


---

「……明日も、
歩こうかしら」

誰に聞かせるでもなく、
そう呟いた。

それは、
とても小さな決意だった。

だが、
彼女自身のものだった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

処理中です...