『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第28話 条件だけが、嘘をつかない

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第28話 条件だけが、嘘をつかない

面会は、午後に設定されていた。

場所は、アルヴェイン家本邸の応接室。
豪奢ではあるが、過剰ではない。

――評価の場として、ちょうどいい。

ノエリアは、
窓際の席に腰を下ろし、
用意された書類に目を通していた。

すでに、
内容は把握している。

だが、
確認は怠らない。

(条件は、
何度見ても変わらない)


---

扉が、
静かに開く。

「失礼する」

入ってきた男は、
年齢三十前後。

姿勢は正しく、
服装は実用的。

派手さはないが、
だらしなさもない。

――公爵家当主代理、
レオンハルト・ヴァイス。

政略結婚の候補者の一人だ。


---

「ノエリア・アルヴェイン様」

形式通りの挨拶。

「お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ」

ノエリアは立ち上がらず、
軽く頭を下げる。

それ以上の所作は、ない。


---

着席。

紅茶が運ばれ、
部屋には静けさが戻る。

「……本日は」

レオンハルトが口を開く。

「互いの条件を
確認する場と伺っています」

「ええ」

ノエリアは頷く。

「感情的な話は、
不要です」

その言葉に、
彼はわずかに目を瞬いた。

だが、
すぐに理解を示す。

「同意します」


---

「では」

ノエリアは、
書類を一枚めくる。

「婚姻後の、
居住地について」

「別居を希望します」

即答だった。

「必要に応じて、
形式的に同席はします」

レオンハルトは、
迷わず頷く。

「問題ありません」

「私も、
同居は想定していません」


---

「次に」

「生活への、
相互干渉」

「しません」

再び即答。

「互いの裁量を、
尊重します」

「必要なのは、
外形的な安定だけです」

ノエリアは、
小さく頷いた。


---

「子について」

一瞬、
空気が張る。

だが、
ノエリアは淡々としている。

「強制は、
されますか」

レオンハルトは、
少し考えた後、
正直に答えた。

「……王家からの
圧力は、
可能性としてあります」

「ですが」

「私は、
強制するつもりはありません」

ノエリアは、
その言葉を
慎重に受け取る。


---

「孤児院について」

この項目で、
レオンハルトの視線が変わった。

警戒ではない。

理解を試す目だ。

「制度としての関与は、
続けます」

「直接運営には、
戻りません」

「異議は?」

レオンハルトは、
首を横に振る。

「ありません」

「むしろ」

一拍。

「あなたが、
戻らない方が良い」

その言葉に、
ノエリアは初めて、
彼を見る。


---

「理由を、
聞いても?」

「制度は、
人から独立してこそ
続きます」

「あなたが戻れば、
象徴になりすぎる」

ノエリアは、
その意見を評価した。

(……理解している)


---

「感情的な関係について」

最後の確認だ。

「期待は、
されますか」

レオンハルトは、
一瞬だけ考え、
正直に答えた。

「……期待は、
しません」

「ただ」

「否定もしません」

ノエリアは、
その表現を
噛みしめる。

押し付けでも、
拒絶でもない。


---

面会は、
三十分ほどで終わった。

余談も、
探り合いもない。

「……率直な場でした」

レオンハルトが言う。

「ええ」

ノエリアは答える。

「効率的です」


---

扉の前で、
彼は一度だけ立ち止まる。

「一つ、
個人的な質問を」

「許可します」

「あなたは」

言葉を選びながら、
続ける。

「幸福を、
どこに置いていますか」

ノエリアは、
即答しなかった。

少し考え、
答える。

「判断を、
他人に委ねなくていい状態です」

レオンハルトは、
小さく笑った。

「……難しい条件ですね」

「ええ」

「だから、
価値があります」


---

彼が去ったあと、
ノエリアは席に残った。

(……悪くない)

だが、
決める理由も、
まだ足りない。


---

夕方、
屋敷に戻る。

中庭で、
猫が寝転がっている。

「……どう思う?」

問いかけても、
返事はない。

それでいい。


---

夜、
ノエリアは書類をまとめる。

二人目の候補者。
まだ、会っていない。

だが、
今日の面会で
一つ確信した。

(……私は、
もう“選ばれる側”じゃない)

条件を並べ、
照らし合わせ、
判断する。

それを、
冷たいとは思わない。


---

「……次で、
決まるかしら」

独り言のように呟く。

焦りはない。

義務は、
淡々と進めればいい。

幸福は、
急いで掴むものではない。


---

猫が、
欠伸をする。

子猫たちは、
遠くで丸くなっている。

ノエリアは、
窓を閉めた。

明日は、
もう一人。

条件は、
嘘をつかない。

そして彼女は、
それを読むことに
慣れすぎるほど慣れていた。


---
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