『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第30話 婚姻以外という選択肢

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第30話 婚姻以外という選択肢

王城からの呼び出しは、急ではなかった。

だが、
文面の静けさが、逆に異質だった。

> 「近況確認および、
今後の方針について
非公式に意見を伺いたい」



差出人は、
王太子クラウス。

“命令”でも“要請”でもない。
相談だ。

ノエリアは、
一度だけ文面を読み返し、
承諾の返書を出した。


---

王城の小会議室は、
装飾を抑えた場所だった。

公の場ではない。
だが、
軽くもない。

クラウスは、
すでに席に着いていた。

「……来てくれて、
感謝する」

「こちらこそ」

挨拶は、
それだけで十分だった。


---

「本題に入ろう」

クラウスは、
遠回しな前置きをしない。

「君の婚姻の件だ」

「承知しています」

「候補二名と、
面会したそうだな」

「はい」

「一人は、
不適合」

「もう一人は?」

ノエリアは、
少し考えてから答える。

「判断保留です」


---

クラウスは、
小さく頷いた。

「……そこで、
第三の案を出したい」

その言葉に、
ノエリアは驚かなかった。

(来たわね)


---

「結論から言う」

クラウスは、
視線を上げる。

「婚姻を、
今は結ばなくていい」

一瞬、
部屋の空気が止まる。


---

「……理由を、
伺っても?」

「合理的だからだ」

即答だった。

「君の婚姻は、
政治的な安定のため」

「だが、
今の君は」

一拍。

「結ばない方が、
安定を生む」


---

「孤児院の制度化」

「貴族会の整理」

「人材の流動性」

「どれも、
君が“誰かの配偶者”になることで
歪む可能性がある」

ノエリアは、
その分析を静かに聞いた。


---

「王家としては」

クラウスは続ける。

「君を、
“独立した調整点”として
保持したい」

「婚姻による
帰属が生じない方が、
都合がいい」

それは、
正直すぎるほど正直だった。


---

「……条件は?」

ノエリアは問う。

「ある」

クラウスは、
はっきり言った。

「形式上の、
“将来的検討中”という扱い」

「完全否定はしない」

「だが、
期限も設けない」

「王家が、
それを保証する」


---

「見返りは?」

「ない」

即答。

「強いて言えば」

一拍。

「君が、
自分の判断を
続けること」

ノエリアは、
小さく息を吐いた。

(……随分、
踏み込んだわね)


---

「一つ、
確認します」

「言ってくれ」

「これは、
猶予ですか?」

「いいや」

クラウスは、
首を横に振る。

「選択肢だ」

「君が選ばなければ、
成立しない」


---

沈黙。

ノエリアは、
窓の外を見る。

王城の庭。
遠くの街。

孤児院。
評議制。

これまで、
積み上げてきたもの。


---

「……私は」

ゆっくり言葉を選ぶ。

「婚姻を、
拒否しているわけではありません」

「承知している」

「ただ」

「今は、
必要だと感じていない」

クラウスは、
小さく笑った。

「それが、
答えだ」


---

「決断は、
今でなくていい」

「だが」

「この選択肢は、
期限付きではない」

「いつでも、
引き取れる」

その言葉に、
圧はない。

ただの事実だ。


---

帰路。

馬車の中で、
ノエリアは静かに考えていた。

(……婚姻以外、
という言葉を)

(初めて、
正式に聞いた)

それは、
逃げではない。

役割から自由になる選択だ。


---

屋敷に戻ると、
中庭に猫がいた。

「……どう思う?」

猫は、
気にせず伸びをする。

それでいい。


---

夜。

ノエリアは、
書類をまとめ直す。

候補者二名。

そして、
“結ばない”という選択肢。

それは、
想定していなかったが――
不自然ではなかった。


---

「……私は、
今」

窓辺で呟く。

「誰かに
属さなくても、
成立している」

それを、
否定する理由が
見当たらなかった。


---

猫が、
喉を鳴らす。

子猫たちは、
眠っている。

孤児院は、
自走している。

国も、
動いている。

ノエリアは、
指示を出していない。


---

「……急ぐ必要は、
ないわね」

その言葉に、
迷いはなかった。

婚姻は、
義務。

だが、
義務には
最適な時期がある。

そして今は、
その時期ではない。


---

明日、
返書を出す。

「検討中」と。

だが、
それは曖昧ではない。

明確な意思表示だ。

ノエリアは、
灯りを落とした。

選択肢は、
増えた。

そしてそれは、
彼女が“選ぶ側”にいる証だった。


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