『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第34話 失敗は、想定内にある

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第34話 失敗は、想定内にある

事故は、
劇的ではなかった。

だからこそ、
厄介だった。

西方準伯領の工房で、
帳簿の不一致が発覚した。

数字は合わない。
材料の在庫も、
微妙に食い違う。

大規模な横領ではない。
だが、
明確な管理ミスだった。


---

「担当者は?」

ノエリアが問う。

「……孤児院出身の、
研修生です」

執事は、
視線を伏せて答えた。

「年齢は?」

「十七」

一瞬、
空気が張る。


---

「本人は?」

「すでに事情聴取を」

「言い分は?」

執事は、
言葉を選んだ。

「……分からなくなった、と」

「数字を、
把握しきれなかったと」

ノエリアは、
小さく頷いた。

(想定内)


---

問題は、
失敗そのものではない。

これを、
どう扱うかだ。


---

報告は、
すぐに広がった。

「ほら見ろ」

「孤児に任せるからだ」

「やはり、
子供に責任ある仕事は
無理だった」

声は、
正論の仮面を被っている。


---

現地の会合室。

準伯代理、
実務官、
数名の貴族。

そして、
当事者の少年。

顔色は悪く、
肩が震えている。


---

「……事実確認をします」

ノエリアは、
穏やかに言った。

「意図的な不正は?」

「……ありません」

震える声。

「故意ではないと
判断しています」

実務官が補足する。


---

「損害額は?」

「軽微です」

「回収可能?」

「可能です」

ノエリアは、
一つずつ確認する。


---

「では」

彼女は、
少年を見る。

「あなたは、
失敗しました」

逃げ道は、
与えない。


---

少年が、
唇を噛む。

「……はい」

「言い訳は?」

「……ありません」

その答えに、
ノエリアは頷いた。


---

「処分を、
決めます」

場が、
ざわつく。

「……厳罰が
必要では?」

誰かが言った。

ノエリアは、
首を横に振る。


---

「罰ではありません」

「再設計です」

その言葉に、
一同が静まる。


---

「彼は、
管理職研修の段階で
実務に入った」

「段階が、
早すぎました」

「制度の欠陥です」

少年が、
驚いた顔をする。


---

「あなたは」

ノエリアは続ける。

「現場補助に戻ります」

「再教育を受ける」

「帳簿は、
二人体制に」

「確認工程を、
増やします」


---

「……それだけ、
ですか?」

貴族が、
不満げに言う。

「甘すぎる」

ノエリアは、
静かに答える。


---

「失敗したから
排除するのなら」

「教育は、
最初から無意味です」


---

「責任は?」

「取ります」

即答だった。

「制度設計者である
私が」

場が、
再び静まる。


---

「彼は、
逃げていません」

「隠してもいません」

「だから」

「やり直す価値がある」


---

少年の目から、
涙が落ちた。

だが、
泣くことを
許さない。


---

「……感謝は、
不要です」

ノエリアは、
はっきり言った。

「これは、
救済ではありません」

「運用です」


---

会合の後。

準伯代理が、
小声で言う。

「……反発は、
さらに強まるでしょう」

「ええ」

ノエリアは否定しない。

「でも」

「これを、
隠す方が
致命的です」


---

帰路。

馬車の中で、
ノエリアは考える。

(……成功だけでは、
信頼は得られない)

(失敗を、
どう扱うかで決まる)


---

屋敷に戻ると、
猫が足元に絡みつく。

子猫たちが、
無邪気に転がる。

「ただいま」

声をかけると、
猫は喉を鳴らした。


---

夜。

ノエリアは、
報告書を書く。

事故概要。
原因分析。
改善策。

隠さない。
飾らない。


---

「……制度は」

独り言のように呟く。

「人が運用する以上、
必ず失敗する」

「だからこそ」

「壊れない形で
設計しなければならない」


---

灯りを落とす。

明日、
この報告は
王家にも、
貴族会にも提出される。

非難も、
来るだろう。

それでも。


---

猫が、
机の横で丸くなる。

ノエリアは、
その存在を確かめてから、
静かに目を閉じた。

失敗は、
終わりではない。

続けるための、
証明だった。


---

第34話の到達点

孤児院出身者の初の大きな失敗

ノエリアが「庇わず・切らず・制度で処理」

正論派への強力なカウンター

次話で「制度が本当に試される局面」へ

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