35 / 41
第34話 失敗は、想定内にある
しおりを挟む
第34話 失敗は、想定内にある
事故は、
劇的ではなかった。
だからこそ、
厄介だった。
西方準伯領の工房で、
帳簿の不一致が発覚した。
数字は合わない。
材料の在庫も、
微妙に食い違う。
大規模な横領ではない。
だが、
明確な管理ミスだった。
---
「担当者は?」
ノエリアが問う。
「……孤児院出身の、
研修生です」
執事は、
視線を伏せて答えた。
「年齢は?」
「十七」
一瞬、
空気が張る。
---
「本人は?」
「すでに事情聴取を」
「言い分は?」
執事は、
言葉を選んだ。
「……分からなくなった、と」
「数字を、
把握しきれなかったと」
ノエリアは、
小さく頷いた。
(想定内)
---
問題は、
失敗そのものではない。
これを、
どう扱うかだ。
---
報告は、
すぐに広がった。
「ほら見ろ」
「孤児に任せるからだ」
「やはり、
子供に責任ある仕事は
無理だった」
声は、
正論の仮面を被っている。
---
現地の会合室。
準伯代理、
実務官、
数名の貴族。
そして、
当事者の少年。
顔色は悪く、
肩が震えている。
---
「……事実確認をします」
ノエリアは、
穏やかに言った。
「意図的な不正は?」
「……ありません」
震える声。
「故意ではないと
判断しています」
実務官が補足する。
---
「損害額は?」
「軽微です」
「回収可能?」
「可能です」
ノエリアは、
一つずつ確認する。
---
「では」
彼女は、
少年を見る。
「あなたは、
失敗しました」
逃げ道は、
与えない。
---
少年が、
唇を噛む。
「……はい」
「言い訳は?」
「……ありません」
その答えに、
ノエリアは頷いた。
---
「処分を、
決めます」
場が、
ざわつく。
「……厳罰が
必要では?」
誰かが言った。
ノエリアは、
首を横に振る。
---
「罰ではありません」
「再設計です」
その言葉に、
一同が静まる。
---
「彼は、
管理職研修の段階で
実務に入った」
「段階が、
早すぎました」
「制度の欠陥です」
少年が、
驚いた顔をする。
---
「あなたは」
ノエリアは続ける。
「現場補助に戻ります」
「再教育を受ける」
「帳簿は、
二人体制に」
「確認工程を、
増やします」
---
「……それだけ、
ですか?」
貴族が、
不満げに言う。
「甘すぎる」
ノエリアは、
静かに答える。
---
「失敗したから
排除するのなら」
「教育は、
最初から無意味です」
---
「責任は?」
「取ります」
即答だった。
「制度設計者である
私が」
場が、
再び静まる。
---
「彼は、
逃げていません」
「隠してもいません」
「だから」
「やり直す価値がある」
---
少年の目から、
涙が落ちた。
だが、
泣くことを
許さない。
---
「……感謝は、
不要です」
ノエリアは、
はっきり言った。
「これは、
救済ではありません」
「運用です」
---
会合の後。
準伯代理が、
小声で言う。
「……反発は、
さらに強まるでしょう」
「ええ」
ノエリアは否定しない。
「でも」
「これを、
隠す方が
致命的です」
---
帰路。
馬車の中で、
ノエリアは考える。
(……成功だけでは、
信頼は得られない)
(失敗を、
どう扱うかで決まる)
---
屋敷に戻ると、
猫が足元に絡みつく。
子猫たちが、
無邪気に転がる。
「ただいま」
声をかけると、
猫は喉を鳴らした。
---
夜。
ノエリアは、
報告書を書く。
事故概要。
原因分析。
改善策。
隠さない。
飾らない。
---
「……制度は」
独り言のように呟く。
「人が運用する以上、
必ず失敗する」
「だからこそ」
「壊れない形で
設計しなければならない」
---
灯りを落とす。
明日、
この報告は
王家にも、
貴族会にも提出される。
非難も、
来るだろう。
それでも。
---
猫が、
机の横で丸くなる。
ノエリアは、
その存在を確かめてから、
静かに目を閉じた。
失敗は、
終わりではない。
続けるための、
証明だった。
---
第34話の到達点
孤児院出身者の初の大きな失敗
ノエリアが「庇わず・切らず・制度で処理」
正論派への強力なカウンター
次話で「制度が本当に試される局面」へ
事故は、
劇的ではなかった。
だからこそ、
厄介だった。
西方準伯領の工房で、
帳簿の不一致が発覚した。
数字は合わない。
材料の在庫も、
微妙に食い違う。
大規模な横領ではない。
だが、
明確な管理ミスだった。
---
「担当者は?」
ノエリアが問う。
「……孤児院出身の、
研修生です」
執事は、
視線を伏せて答えた。
「年齢は?」
「十七」
一瞬、
空気が張る。
---
「本人は?」
「すでに事情聴取を」
「言い分は?」
執事は、
言葉を選んだ。
「……分からなくなった、と」
「数字を、
把握しきれなかったと」
ノエリアは、
小さく頷いた。
(想定内)
---
問題は、
失敗そのものではない。
これを、
どう扱うかだ。
---
報告は、
すぐに広がった。
「ほら見ろ」
「孤児に任せるからだ」
「やはり、
子供に責任ある仕事は
無理だった」
声は、
正論の仮面を被っている。
---
現地の会合室。
準伯代理、
実務官、
数名の貴族。
そして、
当事者の少年。
顔色は悪く、
肩が震えている。
---
「……事実確認をします」
ノエリアは、
穏やかに言った。
「意図的な不正は?」
「……ありません」
震える声。
「故意ではないと
判断しています」
実務官が補足する。
---
「損害額は?」
「軽微です」
「回収可能?」
「可能です」
ノエリアは、
一つずつ確認する。
---
「では」
彼女は、
少年を見る。
「あなたは、
失敗しました」
逃げ道は、
与えない。
---
少年が、
唇を噛む。
「……はい」
「言い訳は?」
「……ありません」
その答えに、
ノエリアは頷いた。
---
「処分を、
決めます」
場が、
ざわつく。
「……厳罰が
必要では?」
誰かが言った。
ノエリアは、
首を横に振る。
---
「罰ではありません」
「再設計です」
その言葉に、
一同が静まる。
---
「彼は、
管理職研修の段階で
実務に入った」
「段階が、
早すぎました」
「制度の欠陥です」
少年が、
驚いた顔をする。
---
「あなたは」
ノエリアは続ける。
「現場補助に戻ります」
「再教育を受ける」
「帳簿は、
二人体制に」
「確認工程を、
増やします」
---
「……それだけ、
ですか?」
貴族が、
不満げに言う。
「甘すぎる」
ノエリアは、
静かに答える。
---
「失敗したから
排除するのなら」
「教育は、
最初から無意味です」
---
「責任は?」
「取ります」
即答だった。
「制度設計者である
私が」
場が、
再び静まる。
---
「彼は、
逃げていません」
「隠してもいません」
「だから」
「やり直す価値がある」
---
少年の目から、
涙が落ちた。
だが、
泣くことを
許さない。
---
「……感謝は、
不要です」
ノエリアは、
はっきり言った。
「これは、
救済ではありません」
「運用です」
---
会合の後。
準伯代理が、
小声で言う。
「……反発は、
さらに強まるでしょう」
「ええ」
ノエリアは否定しない。
「でも」
「これを、
隠す方が
致命的です」
---
帰路。
馬車の中で、
ノエリアは考える。
(……成功だけでは、
信頼は得られない)
(失敗を、
どう扱うかで決まる)
---
屋敷に戻ると、
猫が足元に絡みつく。
子猫たちが、
無邪気に転がる。
「ただいま」
声をかけると、
猫は喉を鳴らした。
---
夜。
ノエリアは、
報告書を書く。
事故概要。
原因分析。
改善策。
隠さない。
飾らない。
---
「……制度は」
独り言のように呟く。
「人が運用する以上、
必ず失敗する」
「だからこそ」
「壊れない形で
設計しなければならない」
---
灯りを落とす。
明日、
この報告は
王家にも、
貴族会にも提出される。
非難も、
来るだろう。
それでも。
---
猫が、
机の横で丸くなる。
ノエリアは、
その存在を確かめてから、
静かに目を閉じた。
失敗は、
終わりではない。
続けるための、
証明だった。
---
第34話の到達点
孤児院出身者の初の大きな失敗
ノエリアが「庇わず・切らず・制度で処理」
正論派への強力なカウンター
次話で「制度が本当に試される局面」へ
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる