『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第35話 停止を求める声

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第35話 停止を求める声

動きは、予想より早かった。

そして、
驚くほど整っていた。

西方準伯領の帳簿ミスが公表されてから、
わずか三日。

王都の評議会に、
正式な請願書が提出された。

> 「孤児院制度の全面停止、および再審査を求める件」



署名者は、
地方貴族だけではない。

学者。
商業組合の代表。
聖職者。

――顔ぶれは、完璧だった。


---

「……来ましたね」

ノエリアは、書面を閉じた。

声は、
いつもと変わらない。

「はい」

執事が答える。

「“未成年に責任ある業務を任せた結果、損害が発生した”
という論調です」

「正論ですね」

ノエリアは、淡々と言った。


---

請願書の内容は、
冷静で、丁寧で、
そして――
極めて論理的だった。

・制度設計に不備があった
・未成年に過剰な責任を負わせた
・再発防止策が不十分
・よって、一時停止が妥当

どこにも、
感情論はない。


---

「お嬢様」

「世論も、傾いています」

「“やはり早すぎたのでは”
という声が増えています」

「ええ」

ノエリアは頷く。

「それでいいのです」

執事が、
わずかに目を見開いた。


---

「……止めるべきだと?」

「いいえ」

「止めたい人が、
増えたという事実を
認識する必要があるだけです」

ノエリアは、
視線を上げた。


---

数日後。

王都で、
制度に関する公開審議が行われた。

形式上、
ノエリアは“参考人”だ。

決定権は、
評議会にある。


---

「まず」

発言したのは、
制度停止を主導する学者だった。

「今回の事例は、
制度の未熟さを示しています」

「善意は理解しますが」

「子供を実験台にする
制度は、
容認できません」

拍手は、
控えめだが確かにあった。


---

次に、
商業組合の代表。

「帳簿管理は、
信頼の根幹です」

「それを、
経験不足の少年に
任せた判断は、
軽率だったと言わざるを得ない」

正論だ。

誰も、
否定できない。


---

「では」

ノエリアの番が来た。

彼女は、
立ち上がらない。

座ったまま、
口を開く。


---

「確認します」

「今回の請願は」

「制度の停止を
求めていますね」

「はい」

即答が返る。


---

「では」

ノエリアは続ける。

「停止期間中、
孤児院出身者は
どこに配置されますか」

沈黙。


---

「現場から
引き上げる」

誰かが答えた。

「一時的に」

「一時的に、とは」

「どれくらいですか」

誰も、
答えない。


---

「停止とは」

ノエリアは、
淡々と言う。

「現場から、
人を消すことです」

「代替案は?」

「既存の人材で――」

「足りますか?」

再び、沈黙。


---

「今回の失敗は」

ノエリアは続ける。

「制度の欠陥です」

「隠しません」

「だから」

「修正案を、
すでに提出しています」

資料が配られる。


---

・未成年管理職の凍結
・二重確認制度
・監督者の明確化
・再教育プログラム

すべて、
具体的だ。


---

「停止は、
最も簡単です」

「でも」

「最も無責任です」

ざわめきが起きる。


---

「失敗したから、止める」

「では」

「成功していた数百件は
どう扱いますか」

「なかったことに
しますか」


---

「……感情論では?」

誰かが言った。

「いいえ」

ノエリアは即答する。

「運用論です」


---

「制度は」

「失敗を前提に
設計されなければならない」

「今回」

「壊れなかった」

「それが、
答えです」


---

審議は、
即決されなかった。

だが、
空気は変わった。

“止めるべきだ”から、
“どう直すか”へ。


---

帰路。

ノエリアは、
王城の廊下を歩く。

(……完全には、
防げない)

それでも。


---

屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。

子猫たちが、
後ろから転がってくる。

「ただいま」

声をかけると、
猫は喉を鳴らした。


---

夜。

ノエリアは、
机に向かう。

修正案の追記。
説明資料。
想定問答。

仕事は、
終わらない。


---

「……止めるのは、
簡単」

独り言のように呟く。

「続ける方が、
ずっと難しい」

だからこそ。


---

灯りを落とす。

明日も、
説明は続く。

だが、
制度はまだ生きている。

それが、
彼女の答えだった。


---
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