36 / 41
第35話 停止を求める声
しおりを挟む
第35話 停止を求める声
動きは、予想より早かった。
そして、
驚くほど整っていた。
西方準伯領の帳簿ミスが公表されてから、
わずか三日。
王都の評議会に、
正式な請願書が提出された。
> 「孤児院制度の全面停止、および再審査を求める件」
署名者は、
地方貴族だけではない。
学者。
商業組合の代表。
聖職者。
――顔ぶれは、完璧だった。
---
「……来ましたね」
ノエリアは、書面を閉じた。
声は、
いつもと変わらない。
「はい」
執事が答える。
「“未成年に責任ある業務を任せた結果、損害が発生した”
という論調です」
「正論ですね」
ノエリアは、淡々と言った。
---
請願書の内容は、
冷静で、丁寧で、
そして――
極めて論理的だった。
・制度設計に不備があった
・未成年に過剰な責任を負わせた
・再発防止策が不十分
・よって、一時停止が妥当
どこにも、
感情論はない。
---
「お嬢様」
「世論も、傾いています」
「“やはり早すぎたのでは”
という声が増えています」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それでいいのです」
執事が、
わずかに目を見開いた。
---
「……止めるべきだと?」
「いいえ」
「止めたい人が、
増えたという事実を
認識する必要があるだけです」
ノエリアは、
視線を上げた。
---
数日後。
王都で、
制度に関する公開審議が行われた。
形式上、
ノエリアは“参考人”だ。
決定権は、
評議会にある。
---
「まず」
発言したのは、
制度停止を主導する学者だった。
「今回の事例は、
制度の未熟さを示しています」
「善意は理解しますが」
「子供を実験台にする
制度は、
容認できません」
拍手は、
控えめだが確かにあった。
---
次に、
商業組合の代表。
「帳簿管理は、
信頼の根幹です」
「それを、
経験不足の少年に
任せた判断は、
軽率だったと言わざるを得ない」
正論だ。
誰も、
否定できない。
---
「では」
ノエリアの番が来た。
彼女は、
立ち上がらない。
座ったまま、
口を開く。
---
「確認します」
「今回の請願は」
「制度の停止を
求めていますね」
「はい」
即答が返る。
---
「では」
ノエリアは続ける。
「停止期間中、
孤児院出身者は
どこに配置されますか」
沈黙。
---
「現場から
引き上げる」
誰かが答えた。
「一時的に」
「一時的に、とは」
「どれくらいですか」
誰も、
答えない。
---
「停止とは」
ノエリアは、
淡々と言う。
「現場から、
人を消すことです」
「代替案は?」
「既存の人材で――」
「足りますか?」
再び、沈黙。
---
「今回の失敗は」
ノエリアは続ける。
「制度の欠陥です」
「隠しません」
「だから」
「修正案を、
すでに提出しています」
資料が配られる。
---
・未成年管理職の凍結
・二重確認制度
・監督者の明確化
・再教育プログラム
すべて、
具体的だ。
---
「停止は、
最も簡単です」
「でも」
「最も無責任です」
ざわめきが起きる。
---
「失敗したから、止める」
「では」
「成功していた数百件は
どう扱いますか」
「なかったことに
しますか」
---
「……感情論では?」
誰かが言った。
「いいえ」
ノエリアは即答する。
「運用論です」
---
「制度は」
「失敗を前提に
設計されなければならない」
「今回」
「壊れなかった」
「それが、
答えです」
---
審議は、
即決されなかった。
だが、
空気は変わった。
“止めるべきだ”から、
“どう直すか”へ。
---
帰路。
ノエリアは、
王城の廊下を歩く。
(……完全には、
防げない)
それでも。
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちが、
後ろから転がってくる。
「ただいま」
声をかけると、
猫は喉を鳴らした。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
修正案の追記。
説明資料。
想定問答。
仕事は、
終わらない。
---
「……止めるのは、
簡単」
独り言のように呟く。
「続ける方が、
ずっと難しい」
だからこそ。
---
灯りを落とす。
明日も、
説明は続く。
だが、
制度はまだ生きている。
それが、
彼女の答えだった。
---
動きは、予想より早かった。
そして、
驚くほど整っていた。
西方準伯領の帳簿ミスが公表されてから、
わずか三日。
王都の評議会に、
正式な請願書が提出された。
> 「孤児院制度の全面停止、および再審査を求める件」
署名者は、
地方貴族だけではない。
学者。
商業組合の代表。
聖職者。
――顔ぶれは、完璧だった。
---
「……来ましたね」
ノエリアは、書面を閉じた。
声は、
いつもと変わらない。
「はい」
執事が答える。
「“未成年に責任ある業務を任せた結果、損害が発生した”
という論調です」
「正論ですね」
ノエリアは、淡々と言った。
---
請願書の内容は、
冷静で、丁寧で、
そして――
極めて論理的だった。
・制度設計に不備があった
・未成年に過剰な責任を負わせた
・再発防止策が不十分
・よって、一時停止が妥当
どこにも、
感情論はない。
---
「お嬢様」
「世論も、傾いています」
「“やはり早すぎたのでは”
という声が増えています」
「ええ」
ノエリアは頷く。
「それでいいのです」
執事が、
わずかに目を見開いた。
---
「……止めるべきだと?」
「いいえ」
「止めたい人が、
増えたという事実を
認識する必要があるだけです」
ノエリアは、
視線を上げた。
---
数日後。
王都で、
制度に関する公開審議が行われた。
形式上、
ノエリアは“参考人”だ。
決定権は、
評議会にある。
---
「まず」
発言したのは、
制度停止を主導する学者だった。
「今回の事例は、
制度の未熟さを示しています」
「善意は理解しますが」
「子供を実験台にする
制度は、
容認できません」
拍手は、
控えめだが確かにあった。
---
次に、
商業組合の代表。
「帳簿管理は、
信頼の根幹です」
「それを、
経験不足の少年に
任せた判断は、
軽率だったと言わざるを得ない」
正論だ。
誰も、
否定できない。
---
「では」
ノエリアの番が来た。
彼女は、
立ち上がらない。
座ったまま、
口を開く。
---
「確認します」
「今回の請願は」
「制度の停止を
求めていますね」
「はい」
即答が返る。
---
「では」
ノエリアは続ける。
「停止期間中、
孤児院出身者は
どこに配置されますか」
沈黙。
---
「現場から
引き上げる」
誰かが答えた。
「一時的に」
「一時的に、とは」
「どれくらいですか」
誰も、
答えない。
---
「停止とは」
ノエリアは、
淡々と言う。
「現場から、
人を消すことです」
「代替案は?」
「既存の人材で――」
「足りますか?」
再び、沈黙。
---
「今回の失敗は」
ノエリアは続ける。
「制度の欠陥です」
「隠しません」
「だから」
「修正案を、
すでに提出しています」
資料が配られる。
---
・未成年管理職の凍結
・二重確認制度
・監督者の明確化
・再教育プログラム
すべて、
具体的だ。
---
「停止は、
最も簡単です」
「でも」
「最も無責任です」
ざわめきが起きる。
---
「失敗したから、止める」
「では」
「成功していた数百件は
どう扱いますか」
「なかったことに
しますか」
---
「……感情論では?」
誰かが言った。
「いいえ」
ノエリアは即答する。
「運用論です」
---
「制度は」
「失敗を前提に
設計されなければならない」
「今回」
「壊れなかった」
「それが、
答えです」
---
審議は、
即決されなかった。
だが、
空気は変わった。
“止めるべきだ”から、
“どう直すか”へ。
---
帰路。
ノエリアは、
王城の廊下を歩く。
(……完全には、
防げない)
それでも。
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちが、
後ろから転がってくる。
「ただいま」
声をかけると、
猫は喉を鳴らした。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
修正案の追記。
説明資料。
想定問答。
仕事は、
終わらない。
---
「……止めるのは、
簡単」
独り言のように呟く。
「続ける方が、
ずっと難しい」
だからこそ。
---
灯りを落とす。
明日も、
説明は続く。
だが、
制度はまだ生きている。
それが、
彼女の答えだった。
---
0
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました
由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。
巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。
今日も黙々と床を磨いていたら――
「お前の磨いた床は、よく眠れる」
恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。
見た目は完全にラスボス。
中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。
勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。
光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。
戦争よりも、まず床。
征服よりも、まず対話。
これは、世界最強の存在に溺愛されながら
世界平和を“足元から”始める物語。
甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる