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第39話 境界線を引く
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第39話 境界線を引く
提案は、想像よりも早く、
そして整った形で届いた。
差出人は、
南方交易連合評議部。
前回の視察から、
まだ十日も経っていない。
> 「孤児院制度の一部を、
当連合管理下で試験運用する提案」
> 「指導者の派遣、
運営資金の提供、
人材交流を含む」
> 「成果が確認され次第、
共同制度としての展開を検討」
文面は、
どこまでも丁寧で、
誠実に見えた。
(……“共有”という名の、
切り取りね)
---
「お嬢様」
執事が、
慎重に言葉を選ぶ。
「条件は、
悪くありません」
「ええ」
ノエリアは、
否定しなかった。
「だからこそ、
厄介です」
---
提案内容を、
一つずつ確認する。
資金は十分。
人的支援も手厚い。
表向きの権限は、
共同管理。
だが――
評価基準の最終決定権が、
連合側に寄せられている。
それが、
決定的だった。
---
「……制度は、
測られるでしょうね」
ノエリアは、
静かに言う。
「彼らの物差しで」
執事は、
何も言わなかった。
---
王家にも、
同時に連絡が入っていた。
非公式の場。
クラウスが、
率直に言う。
「受ければ、
国益にはなる」
「拒めば、
角が立つ」
「君なら、
どうする?」
---
「条件を、
変えます」
ノエリアは、
即答した。
「受けるでも、
拒むでもない」
クラウスは、
わずかに笑った。
「……第三の道か」
---
返書は、
三枚に及んだ。
礼節を保ち、
だが曖昧さは排した。
---
> 「協力提案に、
感謝いたします」
> 「ただし、
当制度は
評価・改変・停止の
主導権を
外部に委ねることはできません」
> 「試験運用は、
視察・研究に限り
開放します」
> 「運営権は、
当方に帰属します」
> 「成果は、
共有します」
> 「制度は、
共有しません」
---
読み返して、
ノエリアは一度だけ
筆を止めた。
(……冷たいかしら)
だが、
答えは変わらない。
---
数日後。
南方交易連合から、
返書が届く。
短い。
> 「理解しました」
> 「視察および研究の範囲で、
協力を希望します」
> 「今後の関係が、
建設的であることを願います」
それだけだった。
---
「……引きましたね」
執事が言う。
「ええ」
ノエリアは頷く。
「彼らは、
強引ではありません」
「それが、
一番厄介で」
「一番、
信用できます」
---
だが、
話はそれで終わらなかった。
翌週、
国内から別の声が上がる。
「なぜ、
国外だけに
見せるのか」
「国内にも、
同様の機会を」
不満は、
静かに広がる。
---
「……境界線を
引いた以上」
ノエリアは、
書類を閉じる。
「内にも、
同じ線を引く必要がある」
---
説明会は、
王都で行われた。
貴族、商人、
実務官。
立場は、
ばらばらだ。
---
「国外と、
国内の扱いが違う」
誰かが言う。
「不公平では?」
ノエリアは、
淡々と答えた。
---
「同じです」
「主導権は、
渡しません」
「資金だけでも?」
「渡しません」
「人材交流は?」
「視察までです」
---
「……それでは、
拡大できない」
「ええ」
即答。
「拡大しません」
会場が、
ざわつく。
---
「この制度は」
ノエリアは続ける。
「急拡大を
前提にしていません」
「人を育てる制度は」
「速度を上げるほど、
壊れます」
---
「……利益は?」
「副次的です」
「目的ではありません」
それは、
多くの人にとって
理解し難い言葉だった。
---
説明会の後。
クラウスが、
小声で言う。
「敵を作るぞ」
「ええ」
「でも」
ノエリアは、
小さく笑う。
「従属するより、
健全です」
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちは、
足元で絡み合っている。
「……境界線、
引きすぎたかしら」
猫は、
答えない。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
制度は、
生きている。
だが、
触れられる範囲を
決めなければ、
すぐに形を変えられる。
---
「……私は」
独り言のように呟く。
「選ばれたい
わけじゃない」
「選ばせたい」
条件を。
速度を。
関与の深さを。
---
猫が、
膝に乗る。
子猫たちは、
丸くなって眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
守られている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
次は、
終わりだ。
何かが終わるのではない。
一つの形が、
完成する。
---
第39話の到達点
国外からの正式提案(協力・共同運営)
ノエリアが主導権を渡さず、研究協力のみ許可
国内外に同じ「境界線」を引く決断
次話で「完成形としてのエンディング」へ
提案は、想像よりも早く、
そして整った形で届いた。
差出人は、
南方交易連合評議部。
前回の視察から、
まだ十日も経っていない。
> 「孤児院制度の一部を、
当連合管理下で試験運用する提案」
> 「指導者の派遣、
運営資金の提供、
人材交流を含む」
> 「成果が確認され次第、
共同制度としての展開を検討」
文面は、
どこまでも丁寧で、
誠実に見えた。
(……“共有”という名の、
切り取りね)
---
「お嬢様」
執事が、
慎重に言葉を選ぶ。
「条件は、
悪くありません」
「ええ」
ノエリアは、
否定しなかった。
「だからこそ、
厄介です」
---
提案内容を、
一つずつ確認する。
資金は十分。
人的支援も手厚い。
表向きの権限は、
共同管理。
だが――
評価基準の最終決定権が、
連合側に寄せられている。
それが、
決定的だった。
---
「……制度は、
測られるでしょうね」
ノエリアは、
静かに言う。
「彼らの物差しで」
執事は、
何も言わなかった。
---
王家にも、
同時に連絡が入っていた。
非公式の場。
クラウスが、
率直に言う。
「受ければ、
国益にはなる」
「拒めば、
角が立つ」
「君なら、
どうする?」
---
「条件を、
変えます」
ノエリアは、
即答した。
「受けるでも、
拒むでもない」
クラウスは、
わずかに笑った。
「……第三の道か」
---
返書は、
三枚に及んだ。
礼節を保ち、
だが曖昧さは排した。
---
> 「協力提案に、
感謝いたします」
> 「ただし、
当制度は
評価・改変・停止の
主導権を
外部に委ねることはできません」
> 「試験運用は、
視察・研究に限り
開放します」
> 「運営権は、
当方に帰属します」
> 「成果は、
共有します」
> 「制度は、
共有しません」
---
読み返して、
ノエリアは一度だけ
筆を止めた。
(……冷たいかしら)
だが、
答えは変わらない。
---
数日後。
南方交易連合から、
返書が届く。
短い。
> 「理解しました」
> 「視察および研究の範囲で、
協力を希望します」
> 「今後の関係が、
建設的であることを願います」
それだけだった。
---
「……引きましたね」
執事が言う。
「ええ」
ノエリアは頷く。
「彼らは、
強引ではありません」
「それが、
一番厄介で」
「一番、
信用できます」
---
だが、
話はそれで終わらなかった。
翌週、
国内から別の声が上がる。
「なぜ、
国外だけに
見せるのか」
「国内にも、
同様の機会を」
不満は、
静かに広がる。
---
「……境界線を
引いた以上」
ノエリアは、
書類を閉じる。
「内にも、
同じ線を引く必要がある」
---
説明会は、
王都で行われた。
貴族、商人、
実務官。
立場は、
ばらばらだ。
---
「国外と、
国内の扱いが違う」
誰かが言う。
「不公平では?」
ノエリアは、
淡々と答えた。
---
「同じです」
「主導権は、
渡しません」
「資金だけでも?」
「渡しません」
「人材交流は?」
「視察までです」
---
「……それでは、
拡大できない」
「ええ」
即答。
「拡大しません」
会場が、
ざわつく。
---
「この制度は」
ノエリアは続ける。
「急拡大を
前提にしていません」
「人を育てる制度は」
「速度を上げるほど、
壊れます」
---
「……利益は?」
「副次的です」
「目的ではありません」
それは、
多くの人にとって
理解し難い言葉だった。
---
説明会の後。
クラウスが、
小声で言う。
「敵を作るぞ」
「ええ」
「でも」
ノエリアは、
小さく笑う。
「従属するより、
健全です」
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちは、
足元で絡み合っている。
「……境界線、
引きすぎたかしら」
猫は、
答えない。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
制度は、
生きている。
だが、
触れられる範囲を
決めなければ、
すぐに形を変えられる。
---
「……私は」
独り言のように呟く。
「選ばれたい
わけじゃない」
「選ばせたい」
条件を。
速度を。
関与の深さを。
---
猫が、
膝に乗る。
子猫たちは、
丸くなって眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
守られている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
次は、
終わりだ。
何かが終わるのではない。
一つの形が、
完成する。
---
第39話の到達点
国外からの正式提案(協力・共同運営)
ノエリアが主導権を渡さず、研究協力のみ許可
国内外に同じ「境界線」を引く決断
次話で「完成形としてのエンディング」へ
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