『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第40話 日常へ、戻る

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第40話 日常へ、戻る

朝は、静かだった。

特別な予定はない。
呼び出しも、会議も、書簡もない。

ノエリアは、
いつも通りの時間に目を覚まし、
窓を開けた。

冷たい空気が、
ゆっくりと部屋に流れ込む。

「……いい朝ね」

それだけで、
十分だった。


---

机の上には、
一通の報告書が置かれている。

孤児院連合運営局――
今はもう、
ノエリア個人の名前は前面に出ていない。

開かなくても、
内容は分かる。

・今月の収支
・教育進捗
・再配置状況
・問題点と改善案

どれも、
彼女の指示を必要としない。


---

「……回ってる」

独り言のように呟く。

それは、
奇跡でも偉業でもない。

設計通りだ。


---

朝食の席。

猫が、
いつものように足元にいる。

子猫は、
もう四匹ではない。

いつの間にか、
二匹はもらわれていき、
二匹が残った。

「……減ったわね」

猫は、
喉を鳴らす。

文句はないらしい。


---

執事が、
控えめに声をかける。

「本日は、
特にご予定は――」

「ありません」

ノエリアは、
即答した。

「今日は、
“私の日”です」

執事は、
一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに頭を下げた。


---

外出先は、
屋敷から少し離れた街。

孤児院でも、
王城でもない。

小さな書店。

以前から、
気になっていた場所だ。


---

「……静かね」

店主が、
ちらりと顔を上げる。

「ご用件は?」

「本を」

それだけ。


---

棚を眺める。

教育論。
制度設計。
社会史。

だが、
今日はそれらを手に取らない。

指が止まったのは、
物語の棚だった。


---

「……これ」

一冊、
薄い本を抜き取る。

特別な題材ではない。

冒険でも、
恋愛でもない。

誰かの日常を描いた物語だ。


---

会計を済ませ、
外に出る。

誰も、
振り向かない。

声も、
かからない。

それが、
心地よかった。


---

屋敷に戻ると、
中庭で子供たちが遊んでいる。

孤児院出身の、
職員の子供たちだ。

笑い声。

転ぶ音。

泣いて、
すぐに立ち上がる。


---

「……普通ね」

ノエリアは、
小さく笑った。


---

午後。

分院長から、
簡潔な報告が入る。

> 「再教育を終えた者が、
現場に復帰しました」



それだけ。

評価も、
感想もない。

それでいい。


---

夕方。

ノエリアは、
何もせずに過ごした。

書を読む。

紅茶を飲む。

猫を撫でる。

子猫は、
膝の上で眠る。


---

「……終わったのね」

ぽつりと、
呟く。

だが、
達成感はない。

空虚でもない。


---

夜。

窓を開ける。

遠くに、
灯りが見える。

あれは、
孤児院の明かり。

彼女がいなくても、
消えない灯り。


---

思い返す。

婚約破棄。
価値観。
孤児。
制度。
反発。
正論。
失敗。
修正。

どれも、
今は過去だ。


---

「……私は」

静かに言う。

「選ばれなかったわけじゃない」

「選ばせなかっただけ」

それで、
十分だった。


---

猫が、
喉を鳴らす。

子猫が、
身じろぎする。

暖かい。


---

翌朝。

新しい報告が、
一通届く。

南方交易連合から。

> 「貴国制度を参考に、
当方独自の試験制度を開始しました」



> 「貴女の助言を求める予定は、
今のところありません」



ノエリアは、
短く返す。

> 「成功を祈ります」



それ以上、
何も書かない。


---

机の上を片付ける。

書類は、
最小限。

役割は、
残っている。

だが、
主役ではない。


---

「……これで、
いい」

誰に言うでもなく、
そう思った。


---

ノエリアは、
窓辺に立つ。

風が、
髪を揺らす。

遠くで、
誰かが生きている。

それを、
彼女はもう
見張っていない。


---

「私は、
私の時間を生きる」

それは、
逃避でも引退でもない。

完成だった。


---

猫が、
足元で丸くなる。

子猫たちは、
静かに眠っている。

孤児院は、
今日も回っている。

制度も、
生きている。


---

ノエリアは、
灯りを落とした。

物語は、
ここで終わる。

だが、
世界は続く。

それが、
彼女の望んだ結末だった。

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