41 / 41
第40話 日常へ、戻る
しおりを挟む
第40話 日常へ、戻る
朝は、静かだった。
特別な予定はない。
呼び出しも、会議も、書簡もない。
ノエリアは、
いつも通りの時間に目を覚まし、
窓を開けた。
冷たい空気が、
ゆっくりと部屋に流れ込む。
「……いい朝ね」
それだけで、
十分だった。
---
机の上には、
一通の報告書が置かれている。
孤児院連合運営局――
今はもう、
ノエリア個人の名前は前面に出ていない。
開かなくても、
内容は分かる。
・今月の収支
・教育進捗
・再配置状況
・問題点と改善案
どれも、
彼女の指示を必要としない。
---
「……回ってる」
独り言のように呟く。
それは、
奇跡でも偉業でもない。
設計通りだ。
---
朝食の席。
猫が、
いつものように足元にいる。
子猫は、
もう四匹ではない。
いつの間にか、
二匹はもらわれていき、
二匹が残った。
「……減ったわね」
猫は、
喉を鳴らす。
文句はないらしい。
---
執事が、
控えめに声をかける。
「本日は、
特にご予定は――」
「ありません」
ノエリアは、
即答した。
「今日は、
“私の日”です」
執事は、
一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに頭を下げた。
---
外出先は、
屋敷から少し離れた街。
孤児院でも、
王城でもない。
小さな書店。
以前から、
気になっていた場所だ。
---
「……静かね」
店主が、
ちらりと顔を上げる。
「ご用件は?」
「本を」
それだけ。
---
棚を眺める。
教育論。
制度設計。
社会史。
だが、
今日はそれらを手に取らない。
指が止まったのは、
物語の棚だった。
---
「……これ」
一冊、
薄い本を抜き取る。
特別な題材ではない。
冒険でも、
恋愛でもない。
誰かの日常を描いた物語だ。
---
会計を済ませ、
外に出る。
誰も、
振り向かない。
声も、
かからない。
それが、
心地よかった。
---
屋敷に戻ると、
中庭で子供たちが遊んでいる。
孤児院出身の、
職員の子供たちだ。
笑い声。
転ぶ音。
泣いて、
すぐに立ち上がる。
---
「……普通ね」
ノエリアは、
小さく笑った。
---
午後。
分院長から、
簡潔な報告が入る。
> 「再教育を終えた者が、
現場に復帰しました」
それだけ。
評価も、
感想もない。
それでいい。
---
夕方。
ノエリアは、
何もせずに過ごした。
書を読む。
紅茶を飲む。
猫を撫でる。
子猫は、
膝の上で眠る。
---
「……終わったのね」
ぽつりと、
呟く。
だが、
達成感はない。
空虚でもない。
---
夜。
窓を開ける。
遠くに、
灯りが見える。
あれは、
孤児院の明かり。
彼女がいなくても、
消えない灯り。
---
思い返す。
婚約破棄。
価値観。
孤児。
制度。
反発。
正論。
失敗。
修正。
どれも、
今は過去だ。
---
「……私は」
静かに言う。
「選ばれなかったわけじゃない」
「選ばせなかっただけ」
それで、
十分だった。
---
猫が、
喉を鳴らす。
子猫が、
身じろぎする。
暖かい。
---
翌朝。
新しい報告が、
一通届く。
南方交易連合から。
> 「貴国制度を参考に、
当方独自の試験制度を開始しました」
> 「貴女の助言を求める予定は、
今のところありません」
ノエリアは、
短く返す。
> 「成功を祈ります」
それ以上、
何も書かない。
---
机の上を片付ける。
書類は、
最小限。
役割は、
残っている。
だが、
主役ではない。
---
「……これで、
いい」
誰に言うでもなく、
そう思った。
---
ノエリアは、
窓辺に立つ。
風が、
髪を揺らす。
遠くで、
誰かが生きている。
それを、
彼女はもう
見張っていない。
---
「私は、
私の時間を生きる」
それは、
逃避でも引退でもない。
完成だった。
---
猫が、
足元で丸くなる。
子猫たちは、
静かに眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
生きている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
物語は、
ここで終わる。
だが、
世界は続く。
それが、
彼女の望んだ結末だった。
朝は、静かだった。
特別な予定はない。
呼び出しも、会議も、書簡もない。
ノエリアは、
いつも通りの時間に目を覚まし、
窓を開けた。
冷たい空気が、
ゆっくりと部屋に流れ込む。
「……いい朝ね」
それだけで、
十分だった。
---
机の上には、
一通の報告書が置かれている。
孤児院連合運営局――
今はもう、
ノエリア個人の名前は前面に出ていない。
開かなくても、
内容は分かる。
・今月の収支
・教育進捗
・再配置状況
・問題点と改善案
どれも、
彼女の指示を必要としない。
---
「……回ってる」
独り言のように呟く。
それは、
奇跡でも偉業でもない。
設計通りだ。
---
朝食の席。
猫が、
いつものように足元にいる。
子猫は、
もう四匹ではない。
いつの間にか、
二匹はもらわれていき、
二匹が残った。
「……減ったわね」
猫は、
喉を鳴らす。
文句はないらしい。
---
執事が、
控えめに声をかける。
「本日は、
特にご予定は――」
「ありません」
ノエリアは、
即答した。
「今日は、
“私の日”です」
執事は、
一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに頭を下げた。
---
外出先は、
屋敷から少し離れた街。
孤児院でも、
王城でもない。
小さな書店。
以前から、
気になっていた場所だ。
---
「……静かね」
店主が、
ちらりと顔を上げる。
「ご用件は?」
「本を」
それだけ。
---
棚を眺める。
教育論。
制度設計。
社会史。
だが、
今日はそれらを手に取らない。
指が止まったのは、
物語の棚だった。
---
「……これ」
一冊、
薄い本を抜き取る。
特別な題材ではない。
冒険でも、
恋愛でもない。
誰かの日常を描いた物語だ。
---
会計を済ませ、
外に出る。
誰も、
振り向かない。
声も、
かからない。
それが、
心地よかった。
---
屋敷に戻ると、
中庭で子供たちが遊んでいる。
孤児院出身の、
職員の子供たちだ。
笑い声。
転ぶ音。
泣いて、
すぐに立ち上がる。
---
「……普通ね」
ノエリアは、
小さく笑った。
---
午後。
分院長から、
簡潔な報告が入る。
> 「再教育を終えた者が、
現場に復帰しました」
それだけ。
評価も、
感想もない。
それでいい。
---
夕方。
ノエリアは、
何もせずに過ごした。
書を読む。
紅茶を飲む。
猫を撫でる。
子猫は、
膝の上で眠る。
---
「……終わったのね」
ぽつりと、
呟く。
だが、
達成感はない。
空虚でもない。
---
夜。
窓を開ける。
遠くに、
灯りが見える。
あれは、
孤児院の明かり。
彼女がいなくても、
消えない灯り。
---
思い返す。
婚約破棄。
価値観。
孤児。
制度。
反発。
正論。
失敗。
修正。
どれも、
今は過去だ。
---
「……私は」
静かに言う。
「選ばれなかったわけじゃない」
「選ばせなかっただけ」
それで、
十分だった。
---
猫が、
喉を鳴らす。
子猫が、
身じろぎする。
暖かい。
---
翌朝。
新しい報告が、
一通届く。
南方交易連合から。
> 「貴国制度を参考に、
当方独自の試験制度を開始しました」
> 「貴女の助言を求める予定は、
今のところありません」
ノエリアは、
短く返す。
> 「成功を祈ります」
それ以上、
何も書かない。
---
机の上を片付ける。
書類は、
最小限。
役割は、
残っている。
だが、
主役ではない。
---
「……これで、
いい」
誰に言うでもなく、
そう思った。
---
ノエリアは、
窓辺に立つ。
風が、
髪を揺らす。
遠くで、
誰かが生きている。
それを、
彼女はもう
見張っていない。
---
「私は、
私の時間を生きる」
それは、
逃避でも引退でもない。
完成だった。
---
猫が、
足元で丸くなる。
子猫たちは、
静かに眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
生きている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
物語は、
ここで終わる。
だが、
世界は続く。
それが、
彼女の望んだ結末だった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる