40 / 41
第39話 境界線を引く
しおりを挟む
第39話 境界線を引く
提案は、想像よりも早く、
そして整った形で届いた。
差出人は、
南方交易連合評議部。
前回の視察から、
まだ十日も経っていない。
> 「孤児院制度の一部を、
当連合管理下で試験運用する提案」
> 「指導者の派遣、
運営資金の提供、
人材交流を含む」
> 「成果が確認され次第、
共同制度としての展開を検討」
文面は、
どこまでも丁寧で、
誠実に見えた。
(……“共有”という名の、
切り取りね)
---
「お嬢様」
執事が、
慎重に言葉を選ぶ。
「条件は、
悪くありません」
「ええ」
ノエリアは、
否定しなかった。
「だからこそ、
厄介です」
---
提案内容を、
一つずつ確認する。
資金は十分。
人的支援も手厚い。
表向きの権限は、
共同管理。
だが――
評価基準の最終決定権が、
連合側に寄せられている。
それが、
決定的だった。
---
「……制度は、
測られるでしょうね」
ノエリアは、
静かに言う。
「彼らの物差しで」
執事は、
何も言わなかった。
---
王家にも、
同時に連絡が入っていた。
非公式の場。
クラウスが、
率直に言う。
「受ければ、
国益にはなる」
「拒めば、
角が立つ」
「君なら、
どうする?」
---
「条件を、
変えます」
ノエリアは、
即答した。
「受けるでも、
拒むでもない」
クラウスは、
わずかに笑った。
「……第三の道か」
---
返書は、
三枚に及んだ。
礼節を保ち、
だが曖昧さは排した。
---
> 「協力提案に、
感謝いたします」
> 「ただし、
当制度は
評価・改変・停止の
主導権を
外部に委ねることはできません」
> 「試験運用は、
視察・研究に限り
開放します」
> 「運営権は、
当方に帰属します」
> 「成果は、
共有します」
> 「制度は、
共有しません」
---
読み返して、
ノエリアは一度だけ
筆を止めた。
(……冷たいかしら)
だが、
答えは変わらない。
---
数日後。
南方交易連合から、
返書が届く。
短い。
> 「理解しました」
> 「視察および研究の範囲で、
協力を希望します」
> 「今後の関係が、
建設的であることを願います」
それだけだった。
---
「……引きましたね」
執事が言う。
「ええ」
ノエリアは頷く。
「彼らは、
強引ではありません」
「それが、
一番厄介で」
「一番、
信用できます」
---
だが、
話はそれで終わらなかった。
翌週、
国内から別の声が上がる。
「なぜ、
国外だけに
見せるのか」
「国内にも、
同様の機会を」
不満は、
静かに広がる。
---
「……境界線を
引いた以上」
ノエリアは、
書類を閉じる。
「内にも、
同じ線を引く必要がある」
---
説明会は、
王都で行われた。
貴族、商人、
実務官。
立場は、
ばらばらだ。
---
「国外と、
国内の扱いが違う」
誰かが言う。
「不公平では?」
ノエリアは、
淡々と答えた。
---
「同じです」
「主導権は、
渡しません」
「資金だけでも?」
「渡しません」
「人材交流は?」
「視察までです」
---
「……それでは、
拡大できない」
「ええ」
即答。
「拡大しません」
会場が、
ざわつく。
---
「この制度は」
ノエリアは続ける。
「急拡大を
前提にしていません」
「人を育てる制度は」
「速度を上げるほど、
壊れます」
---
「……利益は?」
「副次的です」
「目的ではありません」
それは、
多くの人にとって
理解し難い言葉だった。
---
説明会の後。
クラウスが、
小声で言う。
「敵を作るぞ」
「ええ」
「でも」
ノエリアは、
小さく笑う。
「従属するより、
健全です」
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちは、
足元で絡み合っている。
「……境界線、
引きすぎたかしら」
猫は、
答えない。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
制度は、
生きている。
だが、
触れられる範囲を
決めなければ、
すぐに形を変えられる。
---
「……私は」
独り言のように呟く。
「選ばれたい
わけじゃない」
「選ばせたい」
条件を。
速度を。
関与の深さを。
---
猫が、
膝に乗る。
子猫たちは、
丸くなって眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
守られている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
次は、
終わりだ。
何かが終わるのではない。
一つの形が、
完成する。
---
第39話の到達点
国外からの正式提案(協力・共同運営)
ノエリアが主導権を渡さず、研究協力のみ許可
国内外に同じ「境界線」を引く決断
次話で「完成形としてのエンディング」へ
提案は、想像よりも早く、
そして整った形で届いた。
差出人は、
南方交易連合評議部。
前回の視察から、
まだ十日も経っていない。
> 「孤児院制度の一部を、
当連合管理下で試験運用する提案」
> 「指導者の派遣、
運営資金の提供、
人材交流を含む」
> 「成果が確認され次第、
共同制度としての展開を検討」
文面は、
どこまでも丁寧で、
誠実に見えた。
(……“共有”という名の、
切り取りね)
---
「お嬢様」
執事が、
慎重に言葉を選ぶ。
「条件は、
悪くありません」
「ええ」
ノエリアは、
否定しなかった。
「だからこそ、
厄介です」
---
提案内容を、
一つずつ確認する。
資金は十分。
人的支援も手厚い。
表向きの権限は、
共同管理。
だが――
評価基準の最終決定権が、
連合側に寄せられている。
それが、
決定的だった。
---
「……制度は、
測られるでしょうね」
ノエリアは、
静かに言う。
「彼らの物差しで」
執事は、
何も言わなかった。
---
王家にも、
同時に連絡が入っていた。
非公式の場。
クラウスが、
率直に言う。
「受ければ、
国益にはなる」
「拒めば、
角が立つ」
「君なら、
どうする?」
---
「条件を、
変えます」
ノエリアは、
即答した。
「受けるでも、
拒むでもない」
クラウスは、
わずかに笑った。
「……第三の道か」
---
返書は、
三枚に及んだ。
礼節を保ち、
だが曖昧さは排した。
---
> 「協力提案に、
感謝いたします」
> 「ただし、
当制度は
評価・改変・停止の
主導権を
外部に委ねることはできません」
> 「試験運用は、
視察・研究に限り
開放します」
> 「運営権は、
当方に帰属します」
> 「成果は、
共有します」
> 「制度は、
共有しません」
---
読み返して、
ノエリアは一度だけ
筆を止めた。
(……冷たいかしら)
だが、
答えは変わらない。
---
数日後。
南方交易連合から、
返書が届く。
短い。
> 「理解しました」
> 「視察および研究の範囲で、
協力を希望します」
> 「今後の関係が、
建設的であることを願います」
それだけだった。
---
「……引きましたね」
執事が言う。
「ええ」
ノエリアは頷く。
「彼らは、
強引ではありません」
「それが、
一番厄介で」
「一番、
信用できます」
---
だが、
話はそれで終わらなかった。
翌週、
国内から別の声が上がる。
「なぜ、
国外だけに
見せるのか」
「国内にも、
同様の機会を」
不満は、
静かに広がる。
---
「……境界線を
引いた以上」
ノエリアは、
書類を閉じる。
「内にも、
同じ線を引く必要がある」
---
説明会は、
王都で行われた。
貴族、商人、
実務官。
立場は、
ばらばらだ。
---
「国外と、
国内の扱いが違う」
誰かが言う。
「不公平では?」
ノエリアは、
淡々と答えた。
---
「同じです」
「主導権は、
渡しません」
「資金だけでも?」
「渡しません」
「人材交流は?」
「視察までです」
---
「……それでは、
拡大できない」
「ええ」
即答。
「拡大しません」
会場が、
ざわつく。
---
「この制度は」
ノエリアは続ける。
「急拡大を
前提にしていません」
「人を育てる制度は」
「速度を上げるほど、
壊れます」
---
「……利益は?」
「副次的です」
「目的ではありません」
それは、
多くの人にとって
理解し難い言葉だった。
---
説明会の後。
クラウスが、
小声で言う。
「敵を作るぞ」
「ええ」
「でも」
ノエリアは、
小さく笑う。
「従属するより、
健全です」
---
屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。
子猫たちは、
足元で絡み合っている。
「……境界線、
引きすぎたかしら」
猫は、
答えない。
---
夜。
ノエリアは、
机に向かう。
制度は、
生きている。
だが、
触れられる範囲を
決めなければ、
すぐに形を変えられる。
---
「……私は」
独り言のように呟く。
「選ばれたい
わけじゃない」
「選ばせたい」
条件を。
速度を。
関与の深さを。
---
猫が、
膝に乗る。
子猫たちは、
丸くなって眠っている。
孤児院は、
今日も回っている。
制度も、
守られている。
---
ノエリアは、
灯りを落とした。
次は、
終わりだ。
何かが終わるのではない。
一つの形が、
完成する。
---
第39話の到達点
国外からの正式提案(協力・共同運営)
ノエリアが主導権を渡さず、研究協力のみ許可
国内外に同じ「境界線」を引く決断
次話で「完成形としてのエンディング」へ
0
あなたにおすすめの小説
【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました
er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。
宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。
絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。
近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました
由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。
巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。
今日も黙々と床を磨いていたら――
「お前の磨いた床は、よく眠れる」
恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。
見た目は完全にラスボス。
中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。
勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。
光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。
戦争よりも、まず床。
征服よりも、まず対話。
これは、世界最強の存在に溺愛されながら
世界平和を“足元から”始める物語。
甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる