婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第13話 噂は、遅れて届く

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第13話 噂は、遅れて届く

 噂というものは、いつも正確ではない。
 だが、完全に間違っていることも、そう多くはない。

 アルツハイム辺境伯領での改革が動き出してから、二週間が過ぎた頃。王都では、ようやくその名が囁かれ始めていた。

 ――ミディア・バイエルンが、辺境で政務に関わっているらしい。
 ――しかも、単なる視察ではなく、実権を伴っているとか。

 それらは、主にサロンや晩餐会の隅で交わされる、半信半疑の話題だった。だが、貴族たちの耳は敏い。数字の動き、商人の往来、街道の改善――変化の兆しは、確かに存在している。

 一方、その中心にいるミディア本人は、噂など意識する余裕もなかった。

「この区間は、予算を抑えられます」

 政庁の執務室で、ミディアは地図を指し示す。

「舗装の全面改修ではなく、排水と補修に限定すれば、耐久性は十分確保できます」

 向かいに座る技術担当が、驚いたように目を見開いた。

「……それなら、工期も短縮できます」

「ええ。人員も分散せずに済みます」

 アイロス・アルツハイムは、腕を組んだまま、そのやり取りを静かに見ていた。

「王都なら、どう判断されますか」

 不意に、彼が尋ねる。

 ミディアは、少し考えてから答えた。

「見た目を優先して、全面改修でしょうね」

「結果は?」

「予算超過。工期延長。現場は疲弊します」

 即答だった。

 アイロスは、短く息を吐く。

「……あなたが、こちらに来てくれてよかった」

 その言葉に、ミディアは一瞬だけ視線を上げた。

「それは、結果が出てから、言ってください」

 冗談めかした返しだったが、アイロスは真面目に頷いた。

「そうします」

 その日の午後、街道沿いの集落から、正式な感謝状が届いた。簡素な紙に、不器用な文字で綴られた言葉。

「……受け取るべきでしょうか」

 事務官が、戸惑いながら尋ねる。

「受け取りましょう」

 ミディアは、迷わず言った。

「ただし、私個人宛ではなく、政庁宛として掲示してください」

「理由は?」

「仕事は、個人ではなく、組織でやっていますから」

 事務官は、深く頷いた。

 ――こうして、評価は、自然と分散されていく。

 それが、ミディアの意図だった。

 夕刻、政庁の外で、数人の村人に呼び止められた。

「……あの、ミディア様」

 遠慮がちに声をかけてきたのは、以前、北側集落で会った女性だった。

「街道の工事、本当に助かっています」

「それは、現場の皆さんのおかげです」

 ミディアは、そう答える。

「いえ……」

 女性は、少し言い淀んだ後、続けた。

「王都から来た方は、すぐ帰ってしまうと思っていました」

 その言葉に、ミディアは静かに微笑んだ。

「私も、最初はそう思われているだろうと、思っていました」

「……でも」

「でも?」

「今は、違います」

 短い言葉だったが、十分だった。

 夜、宿舎に戻ったミディアは、机に向かい、日報をまとめていた。そこへ、アイロスから短い報告が届く。

「王都の商会が、動き始めています」

 噂は、確実に広がっている。

「……遅いですね」

 ミディアは、小さく呟いた。

 王都の反応は、いつも遅れる。
 だが、それは悪いことばかりではない。

 こちらには、先に進む時間がある。

 窓の外で、夜風が吹く。
 辺境の空は、今日も変わらず、広い。

 噂は、やがて形になる。
 そしてその時、選ぶのは――王都ではない。

 ミディア・バイエルンは、ペンを置き、静かに目を閉じた。

 この地で積み上げた現実は、もう、誰にも無視できないところまで来ていた。
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