婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第12話 届かぬ王都

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第12話 届かぬ王都

 その手紙が届いたのは、昼下がりだった。

 政庁の執務室に、いつものように資料が積み上がる中、若い伝令が控えめにノックをする。

「ミディア様、王都からの書簡です」

 差し出された封蝋を見て、ミディアは一瞬だけ指を止めた。
 王家の紋章。見慣れたはずの印が、今はどこか遠いものに感じられる。

「……ありがとうございます」

 静かに受け取り、伝令を下がらせる。
 封を切る前に、ほんの一拍、間を置いた。

 ――来るとは、思っていました。

 だが、早い。

 中身は、予想通りだった。

 形式ばった文言。
 「王太子殿下よりの非公式な要請」。
 「辺境での活動についての確認」。
 そして、遠回しな表現で綴られた――帰還の打診。

「……相変わらずですね」

 ミディアは、感情を込めずに呟いた。

 彼らは、まだ理解していない。
 自分が「追い出された存在」ではなく、「選んでここにいる存在」だということを。

 書簡を机に置き、深く息を吐く。

 その様子を、ちょうど訪れていたアイロス・アルツハイムが目に留めた。

「王都からですか」

 問いではなく、確認だった。

「ええ」

 ミディアは、隠すことなく答える。

「戻るように、とのことです」

 アイロスは、眉をひそめることもなく、ただ一言だけ言った。

「……理由は?」

「辺境での動きが、目に留まったのでしょう」

 皮肉を込めず、事実として告げる。

「問題があると?」

「いいえ。むしろ、その逆です」

 ミディアは、書簡を彼の方へ差し出した。

 アイロスは目を通し、短く息を吐いた。

「都合が良いですね」

「ええ」

 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

「返事は?」

 アイロスが尋ねる。

「……まだです」

 ミディアは、正直に答えた。

「ですが、すぐに分かると思います」

「聞かせてください」

 ミディアは、窓の外を見た。政庁の前では、職員たちが慌ただしく動き、資材が運ばれている。街道整備の準備だ。

「王都は、私を“役割”として見ています」

 静かな声だった。

「ここは、私を“仕事”として見ている」

 アイロスは、その言葉を噛みしめるように、ゆっくり頷いた。

「……それが、答えですね」

「はい」

 ミディアは、書簡を手に取り、折り直した。

「私は、戻りません」

 即断だった。

 午後、簡潔な返書をしたためる。
 感情は書かない。抗議もしない。
 ただ、現状と立場を、事実として記す。

 ――現在、アルツハイム辺境伯領において、領政補佐の任を担っていること。
 ――任務は進行中であり、離任は困難であること。
 ――帰還については、当面、考えていないこと。

 それだけだ。

 書き終えたミディアは、封をし、伝令に渡す。

「よろしくお願いします」

 王都に向かう馬の蹄の音が、遠ざかっていく。

 その日の夕方、政庁の会議室では、街道整備の具体案が詰められていた。人員配置、期間、費用。現実的な数字が並ぶ。

「……王都からの圧は?」

 財務担当が、小声で尋ねてくる。

「今のところ、ありません」

 ミディアは、はっきり答えた。

「仮にあっても、業務には影響させません」

 誰も異を唱えなかった。

 夜、宿舎に戻ったミディアは、机に向かい、今日の出来事を整理する。

 王都からの手紙。
 戻るという選択肢。
 そして、戻らないという決断。

 不思議と、心は静かだった。

 かつては、王都からの呼び出し一つで、胸がざわついた。評価、期待、失望。すべてが絡みついていた。

 だが今は違う。

「……届かないんですね」

 小さく呟く。

 王都の価値観は、ここには届かない。
 そして、ここで積み上げたものは、簡単には揺らがない。

 窓の外で、夜風が吹く。
 遠く、工事の準備をする人々の声が聞こえた。

 ミディア・バイエルンは、もう振り返らなかった。

 王都は、過去になりつつある。
 そして辺境は、確かに、今の彼女の場所だった。
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