婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第21話 王太子の焦燥

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第21話 王太子の焦燥

 王都は、表向きには何も変わっていなかった。

 朝の鐘が鳴り、貴族たちは決まった時刻に集い、決まった言葉を交わす。
 だが、その中心――王太子アルトゥールの周囲だけが、微妙に歪み始めていた。

「……辺境の件、まだ尾を引いているのか」

 執務机の前で、アルトゥールは苛立ちを隠そうともせずに言った。

「はい」

 側近が、慎重に答える。

「商会からも、評議会からも、問い合わせが続いております」

「問い合わせ?」

 アルトゥールは、低く笑った。

「不満だろう。辺境が勝手に動いて、王都の思惑を狂わせている」

「それだけではありません」

 側近は、言葉を選びながら続ける。

「“誰が主導しているのか”という点で、皆、同じ名前を挙げています」

 分かっている。
 聞かなくても、分かっている。

「……ミディア、か」

 名を口にした瞬間、部屋の空気が重くなった。

 かつては、自分の隣にいるのが当然だった存在。
 助言をし、裏方を引き受け、王太子の判断を“形”にしていた女。

 だが今、その女は――王都にいない。

「殿下」

 側近が、恐る恐る進言する。

「このまま放置すれば、“王太子が切り捨てた女に、王都が振り回されている”という見方が広がります」

 アルトゥールは、机を指で叩いた。

「……そんな馬鹿な話があるか」

 吐き捨てるように言う。

「切り捨てたのは、こちらだ」

 だが、その言葉には、確信がなかった。

 切り捨てたはずの存在が、
 なぜ、これほど王都を揺らしている?

「殿下」

 別の側近が、慎重に口を開く。

「もし……もしも、ミディア嬢が“自分の意思で去った”と見なされれば――」

 言葉が、途中で止まる。

「何だ」

「殿下が、選ばれなかった、という見方も……」

 その瞬間、アルトゥールは立ち上がった。

「戯言だ!」

 怒声が、部屋に響く。

「王太子が、選ばれない? そんなことが、あるはずがない!」

 側近たちは、沈黙した。
 否定できる材料を、誰も持っていない。

 ――事実として。

 ミディアは、戻らなかった。
 呼ばれても、誘われても、選ばなかった。

 それは、王都の論理では説明できない行動だった。

 一方、辺境では。

 ミディア・バイエルンは、朝の視察を終え、橋の完成を確認していた。

「これで、冬でも通れますね」

 現場責任者の言葉に、彼女は頷く。

「お疲れさまでした。皆さんのおかげです」

 拍手が起きる。
 誰か一人に向けられたものではない。

 その光景を、少し離れた場所から、アイロス・アルツハイムが見ていた。

「……王都が、焦り始めています」

 視察後、二人きりになった時、彼が言う。

「感じています」

 ミディアは、静かに答えた。

「だから、こちらは変わりません」

「何も、手を打たなくていい?」

「いいえ」

 ミディアは、首を振った。

「“普通に進める”ことが、最大の対策です」

 王都が感情で動くなら、
 こちらは現実で動く。

「……あなたは、残酷ですね」

 アイロスが、半ば冗談めかして言う。

「いいえ」

 ミディアは、少し考えてから答えた。

「対等なだけです」

 夜、王都では、アルトゥールが眠れずにいた。

 あの返書。
 淡々とした言葉。
 感情の欠片も残っていない文章。

 ――自分は、本当に“捨てた”のか。
 それとも――“逃した”のか。

 初めて、その疑問が、胸に刺さる。

 だが、答えは出ない。
 答えは、王都にはない。

 その頃、辺境の夜は静かだった。
 ミディア・バイエルンは、灯りの下で次の計画書に目を通している。

 王太子の焦燥など、知る由もない。
 そして――知る必要もない。

 彼女が選んだ道は、
 もう、王都の感情では揺らがなかった。
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