婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第20話 選ばれなかった席

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第20話 選ばれなかった席

 王都では、その返書が、思った以上の波紋を呼んでいた。

 アルトゥールの私室。
 机の上に置かれた一通の手紙を前に、彼はしばらく動けずにいた。

 丁寧で、礼儀正しい。
 だが、どこにも隙がない。

 ――戻らない。
 ――会わない。
 ――今は、ここにいる。

 それだけが、淡々と書かれている。

「……拒絶、か」

 低く呟いた声は、怒りというより、困惑に近かった。

 これまで、彼の周囲で「選ばない」という選択をした人間はいなかった。
 不満を抱えながらも、最終的には王太子の席へ戻ってくる。
 そういう世界に、彼は慣れすぎていた。

「殿下」

 側近が、慎重に声をかける。

「この件、どう対処なさいますか」

 アルトゥールは、返事をしなかった。
 対処、という言葉が、ひどく場違いに聞こえたからだ。

 ――対処できない。

 その事実を、まだ、受け入れきれていない。

 一方、辺境では。

 ミディア・バイエルンは、朝の打ち合わせを終え、政庁の廊下を歩いていた。
 王都への返書を出した翌日だが、心は驚くほど静かだった。

「……終わりましたね」

 隣を歩くアイロス・アルツハイムが、ぽつりと言う。

「はい」

 ミディアは、頷いた。

「きちんと、区切りをつけられました」

「後悔は?」

「ありません」

 即答だった。

 彼女にとって、返書は決別ではない。
 選択の確認だ。

「今日の議題に戻りましょう」

 ミディアは、歩みを止めずに続ける。

「南側街道の整備、次の段階に入れます」

 アイロスは、わずかに口角を上げた。

「容赦がないですね」

「感情で止まる理由は、もうありませんから」

 会議室では、各担当が揃っていた。
 資料が配られ、議題が進む。

「次は、橋梁部分の補強です」

 ミディアが指示すると、技術担当が即座に応じる。

「工期は?」

「二週間です」

「費用は、当初見積もり内に収まります」

 誰も、王都の話題を口にしない。
 それでいい。

 仕事は、続く。

 昼過ぎ、政庁の外で、若い職員がミディアに声をかけてきた。

「……あの、王都に戻られるのでは、という噂がありましたが」

「戻りません」

 迷いのない答えに、職員は目を見開いた。

「ここには、やるべき仕事があります」

 それだけで、十分だった。

 噂は、すぐに消えた。
 否定されたからではない。

 ――現実が、違うからだ。

 夕方、工事現場を視察する。
 木材の匂い、土の感触、働く人々の声。

「……この橋が完成すれば、冬でも安心ですね」

 現場の男が、誇らしげに言う。

「ええ」

 ミディアは、静かに答えた。

「それが、一番大切です」

 その夜、宿舎に戻ったミディアは、灯りを落とし、窓の外を眺めた。

 王都には、戻らない席がある。
 王太子妃という、かつて用意されていた席。

 だが今、彼女は別の席に座っている。

 ――自分で選んだ席。

 誰かの隣ではない。
 誰かの名の下でもない。

 仕事と責任の前に、ただ座る席。

「……これでいい」

 小さく呟く。

 選ばれなかった席は、もう必要ない。
 ここには、選び続ける場所がある。

 ミディア・バイエルンは、静かに目を閉じた。

 物語は、恋の回収では終わらない。
 それを越えた先で、確かに、人生が動いている。
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