婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第29話 名を呼ばない協力

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第29話 名を呼ばない協力

 その集まりは、驚くほど静かに始まった。

 政庁の小会議室。
 用意された椅子は少なく、装飾もない。
 集まったのは、地方貴族連合からの三名と、ミディア・バイエルン、そしてアイロス・アルツハイムのみ。

「……本当に、肩書きを外してくれるとは思いませんでした」

 最年長の男が、苦笑しながら言った。

「条件でしたから」

 ミディアは、淡々と応じる。

「今日は、立場ではなく、経験の話だけをします」

 それだけで、場の空気が変わった。

 誰が上か。
 誰が許可を出すか。
 そういった探りが、最初から存在しない。

「まず、聞かせてください」

 ミディアは、机に手を置く。

「なぜ、ここへ?」

 男たちは、顔を見合わせた。

「……正直に言えば」

 二番目の男が、言葉を選びながら続ける。

「王都を通すと、話が進まないからです」

「進まない、というと?」

「評価と承認で止まる」

 その一言に、ミディアは頷いた。

「こちらでは、どうでしたか」

「話が……生活の話でした」

 三人目が、少し驚いたように言う。

「数字の前に、人の話を聞かれた」

 それは、王都では“無駄”とされる工程だ。

「無駄ではありません」

 ミディアは、静かに否定する。

「前提です」

 会話は、ゆっくりと深まっていった。

 失敗した施策。
 上手くいかなかった改革。
 人が離れた理由。

 どれも、王都では語られない話だ。

「……名を呼ばれない、というのは」

 最年長の男が、ぽつりと言う。

「こんなに、話しやすいものか」

 ミディアは、少しだけ目を細めた。

「名を呼ぶと、役割が先に来ます」

「役割が来ると、正解を言わなければならない」

「ええ」

 だから、名を呼ばない。

 夕方、集まりは自然に終わった。

 合意文書も、覚書もない。
 ただ、それぞれが“持ち帰るもの”があった。

「また、来ても?」

 一人が、控えめに尋ねる。

「いつでも」

 ミディアは、即答する。

「ただし、今日と同じ条件で」

 男たちは、深く頷いた。

 夜、会議室を片付けながら、アイロスが言う。

「……不思議な会合でしたね」

「ええ」

 ミディアは、否定しない。

「でも、これが一番、強い」

「強い?」

「広がりやすい、という意味です」

 命令は、反発を生む。
 制度は、抵抗を生む。

 だが、経験の共有は、自然に広がる。

 執務室に戻り、ミディアは一人、灯りを落とした。

 名を呼ばない協力。
 称号を使わない連携。

 それは、王都の外でしか育たない。

「……もう、戻れませんね」

 小さく呟く。

 だが、その言葉には、迷いはなかった。

 ミディア・バイエルンは、
 王都に代わる中心を作ろうとしているわけではない。

 ただ、中心を必要としない形を、
 静かに増やしているだけだ。

 そしてそれは、
 呼ばれない席よりも、
 ずっと広い場所へとつながっていた。
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