婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第28話 距離が生む余白

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第28話 距離が生む余白

 王都と辺境伯領の間にあるのは、道のりだけではない。

 距離だ。
 物理ではなく、判断の距離。
 感情ではなく、生活の距離。

 その距離が、少しずつ“余白”を生み始めていた。

 朝、政庁の中庭では、簡単な打ち合わせが行われている。

「来月の祭りですが、規模は控えめで」

「無理に人を呼ばない方がいいですね」

「警備は最小限で十分でしょう」

 誰も、“王都にどう見えるか”を口にしない。
 それが、今の基準だった。

「決まりですね」

 ミディア・バイエルンが、静かにまとめる。

「派手さより、続けやすさを」

 それは、彼女の合言葉になりつつあった。

 午前、アイロス・アルツハイムが一通の書簡を持ってきた。

「……珍しい差出人です」

「誰からですか」

「地方貴族連合。個人名義で、数名」

 ミディアは、受け取り、目を通した。

 内容は簡素だ。

 ――辺境伯領の運営方法について、意見交換をしたい。
 ――視察ではなく、話を聞きたい。

「……余白が、伝わったようですね」

 アイロスが言う。

「王都を通さずに、ですか」

「はい」

 ミディアは、少しだけ考えた。

「受けましょう。ただし――」

「条件付き?」

「肩書きを持ち込まないこと」

 王都の距離があるからこそ、
 他の場所が、近づいてくる。

 午後、現場の視察を続ける。

 整備された水路沿いで、年配の農夫が声をかけてきた。

「最近は、変に口出しされなくて助かります」

「変に、ですか」

「ええ。前は、誰かの思惑が先に来た」

 ミディアは、黙って頷いた。

 思惑は、距離が近いほど、押し付けになる。

「今は?」

「今は……仕事の話だけです」

 それが、一番難しく、一番ありがたい。

 夕方、政庁に戻ると、補佐官が報告する。

「王都の商会が、直接的な契約条件を見直したいと」

「内容は?」

「長期契約です。短期の利ざやより、安定を」

 ミディアは、即座に頷いた。

「歓迎します」

 距離があるからこそ、
 無理な駆け引きが減る。

 夜、執務室で一人、灯りを落としながら思う。

 かつては、
 一歩離れることが、恐ろしかった。

 離れれば、価値が下がると思っていた。
 席を失うと思っていた。

 だが今は、違う。

「……余白がある方が、息がしやすい」

 距離は、拒絶ではない。
 冷却でもない。

 余計なものを削ぎ落とし、
 本当に必要なものだけを残す。

 王都は、遠くなった。
 だが、その分――見えるものが増えた。

 ミディア・バイエルンは、静かに確信する。

 距離が生んだ余白は、
 これからの選択を、もっと自由にする。

 呼ばれない席の先には、
 まだ、書かれていない余白が広がっていた。

 そして彼女は、
 その余白を埋める義務も、急ぐ理由も、
 もう持っていなかった。
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