婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第36話 比べられない場所

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第36話 比べられない場所

 朝、政庁の掲示板に貼られた一覧表を見て、誰かが首を傾げた。

「……順位表、なくなってますね」

 以前は、各部署の進捗や成果が、簡単な順位で並んでいた。
 競わせるためではない、という建前はあったが――
 比べられている、という空気は確かにあった。

「外しました」

 ミディア・バイエルンは、事務机の向こうから静かに答える。

「必要ありません」

「でも……」

 若い職員が言葉を探す。

「どこが遅れているか、分かりにくくなりませんか」

「遅れは、順位で見るものではありません」

 ミディアは、淡々と続けた。

「内容で見ます」

 会議では、報告の順番も固定しなかった。
 声の大きい部署が先に話すこともない。
 困っているところから、話す。

「こちらは、雨で作業が止まりました」

「代替案は?」

「隣の地区と、作業日をずらします」

「了解です」

 誰も、評価を求めない。
 誰も、責任を押し付けない。

 ただ、進める。

 昼、政庁の外で、商人同士が話している。

「ここは、他と比べられないな」

「比べようがない」

「悪い意味じゃないぞ」

「分かってる」

 他所の領地では、
 どこが勝っているか、
 どこが遅れているか、
 必ず話題になる。

 だが、ここでは違う。

「……比べられない、というのは」

 午後、アイロス・アルツハイムが言う。

「孤立を意味しませんか」

「いいえ」

 ミディアは、首を振る。

「基準が、外にないだけです」

 基準が外にあれば、
 必ず誰かが、それを振り回す。

「ここでは、昨日と今日を比べます」

 それだけで、十分だ。

 夕方、学校を訪れる。

 成績表はあるが、順位はない。

「前より、書ける字が増えたな」

 教師が、素直に言う。

「はい」

 子どもは、胸を張る。

 誰より上かは、知らない。
 だが、自分が前より進んだことは、分かる。

 夜、執務室で一人、記録をまとめる。

 順位表は、廃止。
 比較表も、最小限。

「……比べられない場所」

 ミディアは、静かに呟いた。

 王都では、
 比べられないものは、
 管理できないとされる。

 だが、ここでは違う。

 比べられないからこそ、
 壊れにくい。

 競争がないわけではない。
 ただ、競争の矛先が、外ではなく内に向いている。

 ――昨日の自分より、少しだけ前へ。

 それが、この場所の唯一の基準だった。

 ミディア・バイエルンは、灯りを落とす。

 比べられない場所は、
 目立たない。

 だが、静かに、人を育てていく。

 それは、王都が最も苦手とする形の、
 確かな前進だった。
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