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第34話 壊れない沈黙
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第34話 壊れない沈黙
その沈黙は、不安を孕んでいなかった。
報せが来ない。
問い合わせもない。
催促も、称賛も。
王都からの音が、完全に途切れていた。
「……何も来ませんね」
朝の執務室で、補佐官がぽつりと言う。
「はい」
ミディア・バイエルンは、いつも通り資料を整えながら頷いた。
「静かです」
沈黙は、往々にして圧力になる。
だが、ここでは違う。
それは、壊れない沈黙だった。
午前、政庁の前庭で、資材の受け渡しが行われている。
手順は決まっている。
確認も、承認も、滞りない。
「前より、確認が少ないですね」
新任の職員が、周囲に聞こえないように言う。
「減らしたんじゃない」
先輩が答える。
「必要なところだけに、戻した」
その会話に、誰も割り込まない。
昼前、アイロス・アルツハイムが、短い報告を持ってきた。
「地方の連合から、追加の問い合わせが一件」
「内容は?」
「“制度を真似てもいいか”と」
ミディアは、即答しなかった。
少しだけ、考える。
「……“制度”という言い方は、違います」
「訂正を?」
「“考え方”なら、どうぞ」
型を渡すと、依存が生まれる。
考え方を渡せば、各地で育つ。
「返事は、それで」
午後、街の外れで、小さな事故があった。
倉庫の棚が一つ、倒れただけだ。
怪我人はいない。
作業は、すぐに再開された。
「報告を上げますか?」
「簡潔で」
ミディアは、言葉を添える。
「原因と、再発防止だけ」
責任の所在は、書かせない。
夕方、簡単な報告が届く。
原因:固定不足。
対応:補強。
以上。
「……静かですね」
補佐官が言う。
「はい」
「怒鳴る人も、責める人もいない」
「沈黙が、壊れていないからです」
壊れる沈黙は、
不安と恐怖を溜め込む。
壊れない沈黙は、
情報だけを通す。
夜、執務室の灯りの下で、ミディアは記録を閉じた。
王都の沈黙は、
いつか、別の音を連れてくるだろう。
命令か、評価か、
あるいは、焦りか。
だが、ここは揺れない。
「……音がなくても、進める」
小さく呟く。
壊れない沈黙は、
怠慢ではない。
準備が整っている、という証だ。
ミディア・バイエルンは、窓の外の静かな街を見下ろした。
灯りは少ない。
だが、確かに息づいている。
沈黙の中で壊れない場所。
それが、彼女の選んだ答えだった。
その沈黙は、不安を孕んでいなかった。
報せが来ない。
問い合わせもない。
催促も、称賛も。
王都からの音が、完全に途切れていた。
「……何も来ませんね」
朝の執務室で、補佐官がぽつりと言う。
「はい」
ミディア・バイエルンは、いつも通り資料を整えながら頷いた。
「静かです」
沈黙は、往々にして圧力になる。
だが、ここでは違う。
それは、壊れない沈黙だった。
午前、政庁の前庭で、資材の受け渡しが行われている。
手順は決まっている。
確認も、承認も、滞りない。
「前より、確認が少ないですね」
新任の職員が、周囲に聞こえないように言う。
「減らしたんじゃない」
先輩が答える。
「必要なところだけに、戻した」
その会話に、誰も割り込まない。
昼前、アイロス・アルツハイムが、短い報告を持ってきた。
「地方の連合から、追加の問い合わせが一件」
「内容は?」
「“制度を真似てもいいか”と」
ミディアは、即答しなかった。
少しだけ、考える。
「……“制度”という言い方は、違います」
「訂正を?」
「“考え方”なら、どうぞ」
型を渡すと、依存が生まれる。
考え方を渡せば、各地で育つ。
「返事は、それで」
午後、街の外れで、小さな事故があった。
倉庫の棚が一つ、倒れただけだ。
怪我人はいない。
作業は、すぐに再開された。
「報告を上げますか?」
「簡潔で」
ミディアは、言葉を添える。
「原因と、再発防止だけ」
責任の所在は、書かせない。
夕方、簡単な報告が届く。
原因:固定不足。
対応:補強。
以上。
「……静かですね」
補佐官が言う。
「はい」
「怒鳴る人も、責める人もいない」
「沈黙が、壊れていないからです」
壊れる沈黙は、
不安と恐怖を溜め込む。
壊れない沈黙は、
情報だけを通す。
夜、執務室の灯りの下で、ミディアは記録を閉じた。
王都の沈黙は、
いつか、別の音を連れてくるだろう。
命令か、評価か、
あるいは、焦りか。
だが、ここは揺れない。
「……音がなくても、進める」
小さく呟く。
壊れない沈黙は、
怠慢ではない。
準備が整っている、という証だ。
ミディア・バイエルンは、窓の外の静かな街を見下ろした。
灯りは少ない。
だが、確かに息づいている。
沈黙の中で壊れない場所。
それが、彼女の選んだ答えだった。
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