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第33話 評価しない日
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第33話 評価しない日
その日は、何の予定も入っていなかった。
会議もない。
視察もない。
来客の記録も、空白だ。
「……珍しいですね」
朝、補佐官が予定表を見て言った。
「ええ」
ミディア・バイエルンは、穏やかに頷く。
「意図的に、入れていません」
「何か、起きそうだから?」
「いいえ」
彼女は、窓の外を見た。
「何も起きない日を、作るためです」
王都では、“何も起きない日”は失敗とされる。
成果が見えない。
評価できない。
だが、ここでは違う。
午前中、ミディアは政庁を離れ、街を歩いた。
随行はつけない。
市場では、いつもの声が飛び交う。
「この前の豆、良かったよ」
「今週は、少し安くできる」
交渉は、活発だが穏やかだ。
誰も、上を気にしていない。
パン屋の前で、列ができている。
「今日は焼きすぎたかもな」
店主が笑う。
「余ったら、明日に回せばいい」
その会話に、誰も不安を覚えていない。
――評価しなくていい。
それが、この街の空気だった。
昼、簡素な食堂で食事を取る。
「お嬢さん、いつもの?」
「はい」
名を呼ばれない。
肩書きも出ない。
それで、十分だ。
午後、政庁に戻ると、小さな報告が積まれていた。
水路の点検完了。
倉庫の棚、一本補修。
学校、欠席者一名。
どれも、判断を要しない。
ミディアは、目を通し、何も書き加えなかった。
「……確認は、しないのですか」
若い職員が、恐る恐る尋ねる。
「しています」
「では、評価は?」
「しません」
職員は、戸惑った。
「でも、良いか悪いか……」
「良いも悪いも、必要な時だけです」
彼女は、静かに続ける。
「常に評価される環境は、人を疲れさせます」
評価は、刃だ。
使いどころを誤れば、切り傷が増える。
夕方、アイロス・アルツハイムが声をかけた。
「……今日は、不安になりませんか」
「なぜ?」
「成果が、見えない」
「成果は、今日だけで測るものではありません」
ミディアは、即答する。
「続いた、という事実が、成果です」
日が落ちる。
街に灯りがともる。
特別なことは、何も起きなかった。
だが、何も壊れていない。
誰も、疲れ果てていない。
それでいい。
夜、執務室で灯りを落とし、ミディアは一人、記録帳を閉じた。
今日の欄には、短く一行だけ書いた。
――特記事項なし。
それは、誇るべき記録だった。
王都では、評価されない日が恐れられる。
だが、ここでは違う。
評価しない日が、
人を、場所を、長く生かす。
ミディア・バイエルンは、静かに確信していた。
この街は、
誰かに測られなくても、
きちんと、明日へ進んでいる。
その日は、何の予定も入っていなかった。
会議もない。
視察もない。
来客の記録も、空白だ。
「……珍しいですね」
朝、補佐官が予定表を見て言った。
「ええ」
ミディア・バイエルンは、穏やかに頷く。
「意図的に、入れていません」
「何か、起きそうだから?」
「いいえ」
彼女は、窓の外を見た。
「何も起きない日を、作るためです」
王都では、“何も起きない日”は失敗とされる。
成果が見えない。
評価できない。
だが、ここでは違う。
午前中、ミディアは政庁を離れ、街を歩いた。
随行はつけない。
市場では、いつもの声が飛び交う。
「この前の豆、良かったよ」
「今週は、少し安くできる」
交渉は、活発だが穏やかだ。
誰も、上を気にしていない。
パン屋の前で、列ができている。
「今日は焼きすぎたかもな」
店主が笑う。
「余ったら、明日に回せばいい」
その会話に、誰も不安を覚えていない。
――評価しなくていい。
それが、この街の空気だった。
昼、簡素な食堂で食事を取る。
「お嬢さん、いつもの?」
「はい」
名を呼ばれない。
肩書きも出ない。
それで、十分だ。
午後、政庁に戻ると、小さな報告が積まれていた。
水路の点検完了。
倉庫の棚、一本補修。
学校、欠席者一名。
どれも、判断を要しない。
ミディアは、目を通し、何も書き加えなかった。
「……確認は、しないのですか」
若い職員が、恐る恐る尋ねる。
「しています」
「では、評価は?」
「しません」
職員は、戸惑った。
「でも、良いか悪いか……」
「良いも悪いも、必要な時だけです」
彼女は、静かに続ける。
「常に評価される環境は、人を疲れさせます」
評価は、刃だ。
使いどころを誤れば、切り傷が増える。
夕方、アイロス・アルツハイムが声をかけた。
「……今日は、不安になりませんか」
「なぜ?」
「成果が、見えない」
「成果は、今日だけで測るものではありません」
ミディアは、即答する。
「続いた、という事実が、成果です」
日が落ちる。
街に灯りがともる。
特別なことは、何も起きなかった。
だが、何も壊れていない。
誰も、疲れ果てていない。
それでいい。
夜、執務室で灯りを落とし、ミディアは一人、記録帳を閉じた。
今日の欄には、短く一行だけ書いた。
――特記事項なし。
それは、誇るべき記録だった。
王都では、評価されない日が恐れられる。
だが、ここでは違う。
評価しない日が、
人を、場所を、長く生かす。
ミディア・バイエルンは、静かに確信していた。
この街は、
誰かに測られなくても、
きちんと、明日へ進んでいる。
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