婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ

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第四話 血の継承

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第四話 血の継承

 王都の一角、王宮の執務室では、数枚の報告書が机に並べられていた。

 ルーシェ王太子は、そのうちの一枚を手に取る。

「ノーランド公爵領、今年も黒字か」

 淡々とした声音。

 向かいに控える財務官が答える。

「はい。港湾税の再編と灌漑整備が奏功しております。教育予算の増額も将来的な税収増に寄与する見込みです」

「公爵の手腕か?」

 財務官は一瞬だけ言葉を選ぶ。

「いえ……実務は令嬢が担っていると」

 ルーシェは目を細める。

「ナチュか」

 名前を口にすると同時に、別の報告書へ視線を落とす。

 そこには領地視察の記録が記されていた。収穫祭の様子、農民との対話、港での商人との折衝。どれも公爵の姿は後方にあり、中心に立っているのは令嬢だった。

「先代公爵夫人の娘です」

 財務官が静かに付け加える。

「先代夫人は実質的な家督継承者でございました。現公爵は婿養子。改革の基礎は、先代夫人の手によるものです」

 ルーシェは報告書を閉じる。

「血は嘘をつかぬか」

「血というより……思想かと」

 財務官の控えめな訂正に、ルーシェは小さく口元を緩める。

「なるほど」

 彼は椅子にもたれ、窓の外を眺める。王都の屋根が連なり、その向こうに遠くノーランド領の方角がある。

「婚約者として不足はない」

 その言葉は冷静だった。

「むしろ、こちらにとって都合が良い」

 王太子妃とは飾りではない。王家の家計もまた、巨大な帳簿である。国庫の収支、軍備の配分、外交費。感情で動けば、国は揺らぐ。

 ルーシェは指先で机を軽く叩く。

「父上は見目を重んじるが、私は内側を見る」

 財務官は深く頭を下げた。

「賢明なご判断にございます」

 王宮の空気は冷たい。だが、その冷たさは秩序の温度だ。

 一方、ノーランド公爵邸では、執務室に家令と古参の執事が集まっていた。

「やはり、奥様に似ておられる」

 家令がぽつりと呟く。

「先代奥様は帳簿を手放されなかった。現令嬢も同じです」

「旦那様は……」

 執事が言葉を濁す。

「名目は旦那様。実務は令嬢様」

 それは屋敷の者なら誰もが知る事実だった。

 ナチュは窓辺で報告書を読み終え、静かに綴じる。

「南部の水路補修は来月中に完了予定でございます」

「かしこまりました」

 家令が下がると、執務室に静寂が戻る。

 ふと視線を上げると、壁に掛けられた肖像画が目に入る。

 先代公爵夫人――母。

 穏やかな微笑みを浮かべながら、厳しい眼差しを宿している。

「母上……」

 ナチュは小さく息を吐く。

 血を継ぐとは、顔立ちを似せることではない。思想を受け継ぐことだ。

 同じ頃、温室では後妻とコンキュが並んでいた。

「王太子殿下は、やはりあなたの方がお似合いよ」

「そうでしょう? お姉様は数字ばかりでつまらないもの」

 後妻は優雅に頷く。

「あなたは華があるわ。あの家の正統は、あなたでもよいのよ」

 その言葉は甘い。

 だが正統とは、宣言で決まるものではない。

 王宮ではすでに判断が下されつつある。

 公爵家でもまた、静かな評価が固まりつつある。

 血の継承。

 それは名ではなく、積み重ねだ。

 気づかぬ者だけが、肩書きを信じる。

 気づいている者は、帳簿を信じる。

 その差は、やがて婚約という形で表に出ることになる。
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