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第五話 羨望の芽
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第五話 羨望の芽
ノーランド公爵邸の大広間は、夜の光に満ちていた。
燭台の炎が揺れ、磨き上げられた床がきらめく。楽団の奏でる音色が天井に吸い込まれ、談笑の声がゆるやかに広がっていく。
本日の夜会は、王太子の来訪を想定したものだった。実際に来るかどうかは未定。それでも父は準備を怠らない。いや、怠れない。
「やはりノーランド家は違う」
そんな言葉を引き出すために。
ナチュは壁際から会場を見渡していた。客人の動線、給仕の動き、料理の補充状況。問題はない。
「お姉様」
華やかな香りとともに、コンキュが隣に立つ。淡い色のドレスが光を受けて輝いている。
「本日も見張り役ですの?」
「確認でございます」
コンキュは肩をすくめた。
「お姉様はいつもそう。楽しまれないのね」
「楽しむために整えております」
「整えるのは他の者でよろしいでしょう?」
コンキュの視線は、会場中央へと向けられる。そこでは若い貴族令息たちが談笑している。
「王太子殿下がお越しになったら、わたくしがご挨拶いたしますわ」
「正式なご挨拶は父上がなさいます」
「その後の会話くらい、わたくしでも構いませんでしょう?」
ナチュは答えない。
王太子との婚約は、すでに内々に話が進んでいる。公にはされていないが、王宮とノーランド家の間では合意が形成されつつある。
それを、コンキュは知らない。
あるいは、知っていて認めたくないのか。
「お姉様は……本当に殿下と釣り合っているとお思い?」
その問いは、静かだった。
「釣り合いは感情で決まるものではございません」
「では何で?」
「役割でございます」
コンキュの唇がわずかに歪む。
「役割? わたくしの方が、ずっと華やかでございますわ」
「華やかさは否定いたしません」
「では何が足りないと?」
ナチュは視線を会場へ戻す。
「王太子妃は、国の家計に関わります」
「家計?」
「国庫でございます」
コンキュは一瞬きょとんとする。
「それは官僚の仕事でしょう?」
「最終判断は王家でございます」
「……難しいことをおっしゃいますのね」
コンキュは扇子を軽く振る。
「わたくしは、殿下の隣に立てればそれで十分ですわ」
その言葉は軽い。だが、その軽さこそが問題だ。
「お姉様は数字に強い。それは認めますわ。でも、それだけでは退屈ではございませんこと?」
「退屈ではございません」
「わたくしなら、殿下をもっと楽しませて差し上げられます」
そこにあるのは、羨望。
肩書きへの羨望。
未来への羨望。
コンキュの視線は、いつしか王太子の位置を想像している。
その時、父が近づいてくる。
「コンキュ、今宵はよく似合っておる」
「ありがとうございます、お父様」
父の目は誇らしげだ。
ナチュはそれを見つめる。
父は婿養子。家の正統血統は母から継がれている。だが父は、血よりも今の華やかさを見ている。
「王太子がいらしたら、ぜひ挨拶をなさい」
父のその一言が、静かに流れを変えた。
ナチュは目を伏せる。
芽が出た。
羨望の芽。
それはまだ小さい。だが、放置すれば必ず育つ。
華やかな灯りの下で、静かな分岐が始まっていた。
ノーランド公爵邸の大広間は、夜の光に満ちていた。
燭台の炎が揺れ、磨き上げられた床がきらめく。楽団の奏でる音色が天井に吸い込まれ、談笑の声がゆるやかに広がっていく。
本日の夜会は、王太子の来訪を想定したものだった。実際に来るかどうかは未定。それでも父は準備を怠らない。いや、怠れない。
「やはりノーランド家は違う」
そんな言葉を引き出すために。
ナチュは壁際から会場を見渡していた。客人の動線、給仕の動き、料理の補充状況。問題はない。
「お姉様」
華やかな香りとともに、コンキュが隣に立つ。淡い色のドレスが光を受けて輝いている。
「本日も見張り役ですの?」
「確認でございます」
コンキュは肩をすくめた。
「お姉様はいつもそう。楽しまれないのね」
「楽しむために整えております」
「整えるのは他の者でよろしいでしょう?」
コンキュの視線は、会場中央へと向けられる。そこでは若い貴族令息たちが談笑している。
「王太子殿下がお越しになったら、わたくしがご挨拶いたしますわ」
「正式なご挨拶は父上がなさいます」
「その後の会話くらい、わたくしでも構いませんでしょう?」
ナチュは答えない。
王太子との婚約は、すでに内々に話が進んでいる。公にはされていないが、王宮とノーランド家の間では合意が形成されつつある。
それを、コンキュは知らない。
あるいは、知っていて認めたくないのか。
「お姉様は……本当に殿下と釣り合っているとお思い?」
その問いは、静かだった。
「釣り合いは感情で決まるものではございません」
「では何で?」
「役割でございます」
コンキュの唇がわずかに歪む。
「役割? わたくしの方が、ずっと華やかでございますわ」
「華やかさは否定いたしません」
「では何が足りないと?」
ナチュは視線を会場へ戻す。
「王太子妃は、国の家計に関わります」
「家計?」
「国庫でございます」
コンキュは一瞬きょとんとする。
「それは官僚の仕事でしょう?」
「最終判断は王家でございます」
「……難しいことをおっしゃいますのね」
コンキュは扇子を軽く振る。
「わたくしは、殿下の隣に立てればそれで十分ですわ」
その言葉は軽い。だが、その軽さこそが問題だ。
「お姉様は数字に強い。それは認めますわ。でも、それだけでは退屈ではございませんこと?」
「退屈ではございません」
「わたくしなら、殿下をもっと楽しませて差し上げられます」
そこにあるのは、羨望。
肩書きへの羨望。
未来への羨望。
コンキュの視線は、いつしか王太子の位置を想像している。
その時、父が近づいてくる。
「コンキュ、今宵はよく似合っておる」
「ありがとうございます、お父様」
父の目は誇らしげだ。
ナチュはそれを見つめる。
父は婿養子。家の正統血統は母から継がれている。だが父は、血よりも今の華やかさを見ている。
「王太子がいらしたら、ぜひ挨拶をなさい」
父のその一言が、静かに流れを変えた。
ナチュは目を伏せる。
芽が出た。
羨望の芽。
それはまだ小さい。だが、放置すれば必ず育つ。
華やかな灯りの下で、静かな分岐が始まっていた。
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