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第十一話 致命の言葉
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第十一話 致命の言葉
王宮の小会議室には、控えめな緊張が漂っていた。
本日の議題は、王家主催の災害備蓄制度の見直し。
飢饉や疫病に備えるための予算再配分と、地方領との連携強化である。
華やかさはない。
だが、王家の信用を左右する重要案件だ。
ルーシェ王太子は簡潔に開会を告げた。
「本日は備蓄制度の拡充について協議する。地方領の負担軽減も含め、現実的な案を提示してほしい」
官僚たちが資料を配る。
そこへ、コンキュが柔らかく口を挟んだ。
「地方に任せる必要がございますの?」
視線が集まる。
「王家が一括で管理なさればよろしいのでは?」
財務官が慎重に答える。
「備蓄は各領の実情に応じて分散管理されております。中央一括では輸送遅延が発生いたします」
「けれど、王家が主導した方が威厳が保てますわ」
威厳。
その言葉に、室内の空気がわずかに揺れる。
ルーシェは無言で彼女を見る。
「威厳とは、何だ」
「王家の権威ですわ。地方が従う形を明確にすれば、秩序が保たれますでしょう?」
官僚の一人が資料を閉じる。
ルーシェは低く問う。
「地方は従わせる対象か」
コンキュは微笑む。
「王家の下にあるのですもの」
悪意はない。
ただ、前提が違う。
「地方領は王家の支柱だ」
ルーシェの声は静かだが冷たい。
「支柱?」
「共に国を支える者だ」
コンキュは小さく首を傾げる。
「王家が上に立つのでは?」
その瞬間、財務官が視線を伏せた。
ルーシェははっきりと言う。
「王家は上に立つためにあるのではない」
「では何のために?」
素朴な問い。
だが、それこそが問題だった。
「責任を引き受けるためだ」
短い答え。
コンキュはわずかに眉を寄せる。
「責任は地方にもございますでしょう?」
「だからこそ共に担う」
沈黙。
それでも彼女は気づかない。
「けれど、王家の名を掲げれば、地方もより従順になりますわ」
従順。
その語が落ちた瞬間、室内の空気が凍る。
ベルクがわずかに息を止める。
ルーシェの視線が完全に冷えた。
「従順とは、どういう意味だ」
「王家の意向に逆らわぬということですわ」
何の疑問もない声音。
だがそれは、王家を力で押さえつける存在と捉える発想。
共治ではない。
支配。
ルーシェはゆっくり立ち上がる。
「会議はここまでだ」
官僚たちは静かに退室する。
残されたのは、王太子とコンキュのみ。
「殿下?」
彼女は困惑している。
「何が問題でございますの?」
その問いが、決定的だった。
自分の言葉が何を示したのか、理解していない。
「王家は力を示す場ではない」
ルーシェは静かに言う。
「信頼を積み重ねる場だ」
「わたくしは国のためを思って——」
「国とは何だ」
問いが重なる。
「王家と民と地方と、全てだ」
「ならば、その全てを下に置く発想は誤りだ」
コンキュの唇がわずかに震える。
「わたくしは未来の王太子妃ですのよ」
最後の拠り所のように、その言葉を出す。
ルーシェは静かに首を振った。
「未来は確定していない」
その一言が、全てだった。
彼女の肩書は仮。
だが発想は本音。
王家を権威として“使う”。
地方を“従わせる”。
それは王家の理念と根本から違う。
悪意ではない。
だが思想の差は致命的だ。
コンキュは初めて、不安を覚える。
「殿下……?」
ルーシェは答えない。
窓の外に視線を向ける。
遠く、王都を包む灯り。
この国を支えるのは、命令ではない。
積み重ねた信頼だ。
その信頼を理解しない者を、隣に立たせることはできない。
その確信が、彼の中で固まった。
致命だったのは、声の強さでも態度でもない。
無自覚な思想。
“王家は上に立つもの”
その前提こそが、決定打だった。
王宮の小会議室には、控えめな緊張が漂っていた。
本日の議題は、王家主催の災害備蓄制度の見直し。
飢饉や疫病に備えるための予算再配分と、地方領との連携強化である。
華やかさはない。
だが、王家の信用を左右する重要案件だ。
ルーシェ王太子は簡潔に開会を告げた。
「本日は備蓄制度の拡充について協議する。地方領の負担軽減も含め、現実的な案を提示してほしい」
官僚たちが資料を配る。
そこへ、コンキュが柔らかく口を挟んだ。
「地方に任せる必要がございますの?」
視線が集まる。
「王家が一括で管理なさればよろしいのでは?」
財務官が慎重に答える。
「備蓄は各領の実情に応じて分散管理されております。中央一括では輸送遅延が発生いたします」
「けれど、王家が主導した方が威厳が保てますわ」
威厳。
その言葉に、室内の空気がわずかに揺れる。
ルーシェは無言で彼女を見る。
「威厳とは、何だ」
「王家の権威ですわ。地方が従う形を明確にすれば、秩序が保たれますでしょう?」
官僚の一人が資料を閉じる。
ルーシェは低く問う。
「地方は従わせる対象か」
コンキュは微笑む。
「王家の下にあるのですもの」
悪意はない。
ただ、前提が違う。
「地方領は王家の支柱だ」
ルーシェの声は静かだが冷たい。
「支柱?」
「共に国を支える者だ」
コンキュは小さく首を傾げる。
「王家が上に立つのでは?」
その瞬間、財務官が視線を伏せた。
ルーシェははっきりと言う。
「王家は上に立つためにあるのではない」
「では何のために?」
素朴な問い。
だが、それこそが問題だった。
「責任を引き受けるためだ」
短い答え。
コンキュはわずかに眉を寄せる。
「責任は地方にもございますでしょう?」
「だからこそ共に担う」
沈黙。
それでも彼女は気づかない。
「けれど、王家の名を掲げれば、地方もより従順になりますわ」
従順。
その語が落ちた瞬間、室内の空気が凍る。
ベルクがわずかに息を止める。
ルーシェの視線が完全に冷えた。
「従順とは、どういう意味だ」
「王家の意向に逆らわぬということですわ」
何の疑問もない声音。
だがそれは、王家を力で押さえつける存在と捉える発想。
共治ではない。
支配。
ルーシェはゆっくり立ち上がる。
「会議はここまでだ」
官僚たちは静かに退室する。
残されたのは、王太子とコンキュのみ。
「殿下?」
彼女は困惑している。
「何が問題でございますの?」
その問いが、決定的だった。
自分の言葉が何を示したのか、理解していない。
「王家は力を示す場ではない」
ルーシェは静かに言う。
「信頼を積み重ねる場だ」
「わたくしは国のためを思って——」
「国とは何だ」
問いが重なる。
「王家と民と地方と、全てだ」
「ならば、その全てを下に置く発想は誤りだ」
コンキュの唇がわずかに震える。
「わたくしは未来の王太子妃ですのよ」
最後の拠り所のように、その言葉を出す。
ルーシェは静かに首を振った。
「未来は確定していない」
その一言が、全てだった。
彼女の肩書は仮。
だが発想は本音。
王家を権威として“使う”。
地方を“従わせる”。
それは王家の理念と根本から違う。
悪意ではない。
だが思想の差は致命的だ。
コンキュは初めて、不安を覚える。
「殿下……?」
ルーシェは答えない。
窓の外に視線を向ける。
遠く、王都を包む灯り。
この国を支えるのは、命令ではない。
積み重ねた信頼だ。
その信頼を理解しない者を、隣に立たせることはできない。
その確信が、彼の中で固まった。
致命だったのは、声の強さでも態度でもない。
無自覚な思想。
“王家は上に立つもの”
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